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第55話 ティアマト族(ルーナス視点)




 私がゲオルグにルーナスと呼ばれる何百年前だったかな。


 現代のグリーンベルよりずっとずっと西方向のオルクス・シージ――――そこには魔物たちから『天の糸』と呼ばれる塔のごとく不自然に細長い山があってね。今より3割ほど体の小さい幼竜ようりゅうだった私は狭い円状の頂上を巣として母竜パトリシアと2匹で静かに暮らしていたんだ。


 母パトリシアは今の私と姿形・体格こそ似ているものの体の色だけは真逆で白銀と言ってもいい美しい色をしていたっけ。


 漆黒の体を持ち、殺しや悪事に躊躇の無い私とは真逆の存在でね、優しく真面目で争いの嫌いな母だった。私のことをホープと名付けていた点も実に母らしい。今、思うと神様は中々皮肉の効いた親子を作り出したと思うよ。


 そんな母は毎日、朝と夜の時間帯に亡くなった父の墓石に祈りを捧げていたよ。そして祈りが終わった後、時々私に言う言葉があった。


「お父さんは立派な勇者と『継承合体』して最後まで勇敢に戦い散っていったわ。夫として誇りに思う反面、もっと強い勇者と合体して欲しかったと私は思っているの。私はホープが心身共に強い勇者と継承合体して人々の役に立ってくれることを祈っているわ。それが融合竜ティアマト族の使命なのだから」


 竜種ティアマト族は元々オルクス・シージの外からやってきた存在らしい。どのような手段でやってきたのかは分からないがティアマト族の中で父と母だけが、この地へやってきたらしい。


 ティアマト族は生まれた時から全員が三日月の紋章を手に刻んでいる。三日月の紋章は体内の魔力を操作することで聖なる心を持つ人間……つまり、勇者の素養を持つ者をコンパスのように探す事ができ、同時に対象の持つ聖なる心の強さも紋章の光具合で計れる性質がある。


 そんなティアマト族には『継承合体』という固有能力があって意識を完全に人間へ託す代わりに人間と竜の力を合わせた強力な存在が出来あがるんだ。


 融合を解く方法は現状2種類だけ確認されていて1つが勇者の寿命が尽きた時、そしてもう1つが外的なダメージで勇者が殺された時だ。後者は人間と竜の両方が命を失うことになる。つまり私の父は継承合体の果てに戦闘で負けて死に至った訳さ。


 父と母は私を産むずっと前に何度か歴代の勇者と継承合体して人々の役に立ってきたそうだ。母はそれが誇らしかったとよく語っていたし本当は今でも勇者と合体して人の為に働きたいと思っているけど、それはもう叶わない。


 何故ならティアマト族が一生の中で合体できる回数は個体差はあれど決まっているからだ。母はもう融合限界を超えているから私を育てる事に注力していると言っていた。いつか息子が自分たちを超える立派な融合を果たしてくれると信じているのだろう。


 私はそんな両親を心底下らないと思っていたよ。私に善性なんて無いからね。だけど、強い力への憧れはあったから私より強い母のことを越えたいとも思っていたし、一時的とはいえ勇者と融合して強くなっていたであろう両親への憧れはあったよ。


 ティアマト族は強いけど最強という訳じゃない。単体だと私たちより強い魔物も僅かながら存在していたから、なおさら強さには飢えていたね。


 そんな私は毎日母から知識や戦闘技術を叩き込まれつつ穏やかに暮らしていたんだ。ある日、食糧を集める為に天の糸を降りて森でキノコを集めていると1匹の豚人間型魔獣のオークが私に声を掛けてきた。


「よう、ホープ。今日もチマチマとキノコ狩りか? ドラゴンともあろうものがみみっちい食事だな」


「うん、兎や狼を狩ってもいいんだけど私も母も匂いが苦手でね。オークの肉は焼けば美味くなるのかな?」


「おっと、冗談でも笑えないぜ。これでも俺はホープの為を思って声をかけたんだぜ? お前に上手い魚が沢山獲れる湖を教えてやろうと思ってよ。ほら、俺について来いよ」


 私は言われるがままについていき森を抜けると、そこには小さいながらも美しい湖があったんだ。


 その湖は当時だとオルクス・シージの中にあったけど現代ではシーワイル領が管理していてジースレイクと呼ばれているね。確か噂によるとゲオルグ君とパウル君が頑張って浄化した場所らしいね。


 そんなジースレイクは評判通り脂の乗った魚が大量にいたんだ。私は泳げないオークの代わりに沢山の魚を捕まえて水面と水中を行き来したよ。その時に私は湖の違和感に気付いたんだ。この湖は幅の割に妙に深くて底の方に大きな横穴があるってね。


 好奇心旺盛な私はすぐに横穴へ突入したよ。すると驚く事に目の前に小さな遺跡が現れたんだ。遺跡の内部には古代文字が彫られたいくつもの石碑があってね、目的だった魚を忘れて私は夢中で石碑を読み続けたよ。その結果、色々なことが分かったんだ。


 全部説明していたら凄く長くなっちゃうから驚かされた情報だけ話す事にするね。


 私が特に驚かされた情報は3つ、1つ目は聖剣に秘められた性質だ。悪いけどコレに関しては教えられない。私は勇者のファンではあるけど敵でもあるからね。敵に塩は送れない。


 次に2つ目はオルクス・シージと外界を行き来する方法が存在するということ。ただ、残念ながら『方法があるという事実』だけが分かったのみ……具体的な方法については分からなかった。もしかしたら私がもっと古代文字に詳しければ未解明の部分を解き明かして知ることができたのかもね。


 そして3つ目はティアマト族の持つ新たな合体方法についてだった。その合体は『捕食合体』と命名されているらしく、継承合体とは違って意識を人間優位ではなくティアマト優位に出来ると書かれていたんだ。


 私は理想の合体を見つけられた喜びで震えたよ。だけど、またしても具体的な方法は解読できなかったんだ。だから私は未解明部分について母へ尋ねる事に決めたんだ。


 天の糸に戻った私は早速母に聞いたよ。仮に方法は知らなくても古代文字の解読はできるかもしれないと期待しながらね。すると母は質問に質問で返してきたんだ。


「ホープ、貴方はどうして外界に行く方法が知りたいの? どうして捕食合体について知りたいの?」


「そんなの決まってるさ。力を求めているからだよ。外にはオルクス・シージやブレイブ・トライアングルの生物より強い奴がいるかもしれない。もし存在したら脅威になるから倒さないと」


「脅威……ね。まぁいいわ、それじゃあ捕食合体を会得したい理由を教えてちょうだい」


「……僕は意識を勇者に託すより自分が勇者を取り込む方がいいと思っているのさ。勇者は強い存在だというのは分かっているけど、それでも僕が主体となる合体を果たせば歴代勇者に負けない強さを身に付けてみせるよ」


「ホープの考えは分かったわ。悪いけど貴方には何1つ情報を与える気にはならないわ。諦めなさい」


 母は冷たい声で吐き捨てると私に背中を向けた。納得のいかなかった私が詰め寄ると母は目尻を下げて溜息を漏らす。


「ホープが並べた言葉の中には人類のことを思う言葉が全く無かったわ。それに勇者の人生についても何も考えていないわ」


「勇者の人生?」


「ええ、長命なティアマト族とは違って人間の寿命は100年もないわ。なのに貴方は合体後の意識は自分が持つなんて言ってしまっている。私たちと人間では1年の重みがまるで違うのよ。それに勇者の体が寿命で亡くなって合体が解かれれば貴方は再び竜として生きることができる……つまり恵まれた立場なのよ? なのに貴方は自分のことしか考えずに我儘を貫くつもりなのでしょう?」


 母が正論を重ねてきて私は何も言い返せなかった。人を愛し、魔物を憎むという価値観がベースになっている者なら母の言うことは極めて正しいのだろうさ。だけど、私の生は私のものだ、勇者にも人類にも協力する義理はない。


 むしろ私は頂点に立ち、何も恐れるものがない存在になりたいのだ。オルクス・シージを制覇し、ブレイブ・トライアングルを制圧し、外界をも制する……それが私の野望なのだから。


 その為にも絶対に情報を得なければならない。気が付けば私は不意を突く形で自慢の爪を母の腹に貫かせていたよ。


「ガハッ! ホ、ホープ……どうして?」


 私の手から肘に向かってティアマト族特有の紫色をした血が滴り落ちる。どうしてと聞かれても答えは単純だ。


「そんなの決まっているだろう? 母さんに情報を吐かせる為だよ。吐かなければこのまま殺す。生かしておいても持ち前の正義感で僕の邪魔をされたら厄介だからね」


 母は血に塗れた私の腕を両手で掴むと大きく吐血しつつも首を横に振って睨みつける。


「ハァハァ……前からホープには底知れないものを感じていたけれど、まさか躊躇いもなく親を攻撃するなんて。フー、フー、残念だけど情報を渡すつもりはないわ」


「どうして自分の命を捨ててまで情報を守る?」


「貴方みたいな邪悪な竜を外界に解き放つわけにはいかないもの。それに……ハァハァ……勇者を吸収させる訳にはいかないから。歴代のティアマト族と勇者が培ってきた……平和の遺志を守らないと」


 歴史だの遺志だの平和だの――――私は心の底からくだらないと思ったよ。だからもう次の瞬間には


「カハッッ!」


 迷いなく母の首を刎ねていたよ。


 転がった母の頭は同じ墓に入りたいと言わんばかりに父の墓へと転がっていたね。


 血に塗れた死体は臭いから息子のよしみで墓下に埋めてやってもいいけど、前から墓だとかティアマト族の義務だとか鬱陶しいと思っていた私は火炎ブレスで墓と死体を丸ごと焼き払ってやったよ。


 あの時は正直、気持ちよかった。私と力の近い存在……いや不意を突けなければ私でも勝てないほどに強いティアマト族を1匹消すことができたわけだからね。これで私から家族という存在が消滅したわけだけど特に感情は動かなかったよ。





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