「オッサン目覚めたみたいだな。起きたばかりで悪いが2人とも落ち着いて聞いてくれ。クレマンが行方不明になったらしい……」
パウルからの報告は俺たちにとっても民衆にとっても最悪の知らせだ。嫌な想像ばかりが膨らんでくる。まさか罪悪感に苛まれて自害したなんてことは……いや、それなら所有者を失った聖剣グラムが破邪の大岩に戻るからもっと大騒ぎになるはずだ。クレマンは確実に生きている。
ボルトムは実質、王の権限をクレマンに渡しているようなものだから奴が何かしたとも考えにくい。となると自ら城を離れたか外部の誰かに攫われたかのどちらかだろう。どちらにしても今、俺たちにできることは限られてくる。情報分析と捜索の協力だ。
「エミーリアは行方不明時の状況を詳しく調べた後、城へ行って捜索の協力を申し出てくれ。シーワイル領からも300人程度なら派遣できるとな。正直、罪悪感があって辛い仕事になるだろうがやれるな?」
「はい、やります! 1度は復讐に手を染めた私を信じてくださってありがとうございます。では行ってきます」
エミーリアは辛そうな表情を浮かべながらも声色はハキハキとしていたから大丈夫だろう。さあ、次はパウルへの指示だ。
「パウルは他の仲間へ状況説明と指示を頼む。それと怪我をした俺をグリーンベルに運ぶ馬車の段取りも頼む。俺は移動中に頑張って傷を治してシーワイルの防衛に回る。本当は俺もクレマンを探したいんだけどな」
「分かった! 早速行ってくるぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれ。パウルにはもう1つやってほしいことがある。ゴレガードを走り回るついでに破邪の大岩に行って聖剣を抜けるかどうか挑戦してくるんだ」
「そうか、3本の聖剣のうち細剣タイプの聖剣はまだ刺さったままだもんな。だけどオイラはオッサンが抜いた聖剣バルムンクを度々握ってるけど未だに紋章を全部光らせられていないぞ? 無理なんじゃないかな?」
「試すだけならタダだ。それに紋章の光具合だって聖剣によって相性があるかもしれないだろ? ダメで元々のつもりで挑戦してみてくれ」
「それもそうだな。うん、行ってくるよ」
こうして俺たちの忙しく不安な日々が始まった。
クレマン失踪の知らせはゴレガードのみならずブレイブ・トライアングル全体を不安にさせることとなった。各国が捜索の為に大人数を割いたものの一向に見つからず時間だけが流れていく。
俺がグリーンベルに戻ってからも時間と体力が許す限り近辺を捜索したものの手掛かりすら見つからなかった。気が付けば行方不明から40日が経過していた。
※
この40日の間には色々なことがありマナ・カルドロンから来た難民との間にも小さなトラブルが頻発して心の休まる日はなかった。
だが、良くも悪くも人間は苦しい状況に慣れてしまうものだ。クレマン失踪の件や難民問題に対する民衆の愚痴は徐々に減ってきていた。
俺は仲間たちの集まっているグリーンベルのギルドで帳簿と新聞を並べて眉間に皺を寄せながら今後のことを考えていた、すると大汗を掻いたアイリスがギルドに駆け込んできて俺の眉間の皺を更に深くする言葉を発する。
「大変です、ゲオルグさん! 今度はゴレガード城周辺が魔物に占拠されてしまいました!」
『マナ・カルドロン敗戦』『クレマン失踪』ときてゴレガードまでやられるとは……。辛い出来事は重なるとよく言われるものだが、いくらなんでも最悪だ。人類の敗北がいよいよ近づいているのでは? とネガティブなことを考えてしまう。
だが、アイリスはゴレガードが占拠されたのではなくゴレガード城周辺と言っているから、まだ希望はあるかもしれない。詳しく聞いてみよう。
「ゴレガード城周辺ということは国全体が占拠された訳じゃないんだな?」
「はい、正確には城を中心にゴレガードの国土の3割が占拠された形になりました」
「3割か、それでも甚大だな。ちなみに死者数はどのくらいだ?」
「それなんですが、奇妙なことにごく少数の貴族を除いて死人は出ていないのです。大量の魔物は突然ゴレガード城へ攻め込んで人々を追い出すように攻撃してから居座った後、動かなくなったのです。とは言っても少しでも占拠されたエリアに足を踏み入れれば攻撃してくるのですが……」
マナ・カルドロンの時も確か中央街を優先的に奪われたはずだ。何か意味があるのだろうか? 拠点という意味で考えればゴレガード城は防衛力に優れているから奪いたくなる気持ちは分かる。だが他のエリアへの侵攻をやめてまで城周辺にこだわる理由が分からない。
いや、1つだけ城周辺にこだわる理由は考えられる、それは破邪の大岩だ。結局、パウルは聖剣を抜く事が出来なかったから最後の聖剣はまだ大岩に刺さったままだ。逆に言えば破邪の大岩を魔物が守り続けさえすれば今後、勇者が増える事はなくなるだろう。
なんとなく魔王ルーナスの狙いが見えてきた気がする。パウルの未来を考えれば破邪の大岩を奪還したいところだが今、最優先で対処しなければいけないのはゴレガードから流れてくる難民の対処だ。
3国の中で1番小さかったシーワイル領が2つの大国から流れてくる難民を支える立場になってしまうとは皮肉なものだ。精神的な疲れが溜まっていた俺は思わず――――
「クレマンがいてくれたら占拠を防げていただろうか?」
と弱音を吐いてしまう。その時、俺は近くにエミーリアがいたことを忘れていて慌てて視線を向ける。エミーリアは気にしていませんよ、と言わんばかりに笑顔を返してくれたものの無理をしているのが分かる。
俺はすぐにエミーリアへ「すまない、思い出したくないことを……」と謝り、頭を下げた。すると同じく近くで話を聞いていたパウルが俺の前に移動して首を横に振る。
「もしもとか、かもしれない的な話は今はやめよう。それを言い出したらクレマンだって心身ともに元気な状態のままルーナスに攫われた可能性だってあるわけだし」
暗い話はキリがないし、ネガティブな事実の中にポジティブな真実が隠れている可能性だってあるんだとパウルは言いたいのだろう。まさにパウルの言う通りだ。町の暮らし・学校・冒険・戦い・緊急事態を経てパウルは本当に頼もしくなった。もう俺より頼りがいのある勇者かもしれない。
「そうだな、ありがとよ、パウル。じゃあ元気に明るく問題に対処していくとしますか。何か意見のある奴はいるか?」
俺が問いかけると各々手を挙げる中、パウルは特に手をピンと伸ばしアピールを始めた。こういうところは子供っぽくてかわいいんだよなぁと思いつつ指名するとパウルは意外な提案を口にする。
「難民の受け入れについてなんだけどさ。難民がグリーンベルに到着するまで、まだ1日半ぐらいはあるよな? よければ歓迎の祭りをしないか? 規模は小さくてもいいからさ」
「歓迎の祭りか……気持ちは分かるが人手も物資も後々厳しくなってくるだろうからなぁ」
「いや、良くも悪くも次に起きる魔物群と人間の戦争で完全決着になると思う。だから長期戦を想定するより短期間の士気を高める方がいいとオイラは思う」
「なるほど、そういう考えもあるか。特にシーワイル民と難民が共に暮らすとなったら最初の印象が大事になるもんな。そこに上手い飯と酒をつぎ込んで騒いで一致団結するのもいいかもしれないな」
「だろ? 実はオイラも少しだけ難民の気持ちが分かるんだ。正直な話、オイラは初めて学校に行く時、同年代の仲間たちと関わる前日まですごく不安だったんだ。だけど皆はびっくりするぐらい元気に明るくもてなしてくれた」
それは洞窟学校を間近で見てきたからよく分かる。先生であるハンドフからも沢山話を聞いているから余計にだ。パウルは更に想いを語る。
「きっと大きな不安がある時ほど、それをぶち壊すぐらいの安心が必要なんだと思う。ましてや難民は自分たちが迷惑をかける側だって負い目もあるからさ。これから一緒に立ち向かう仲間として英気を養ってもらいたいし期待しているんだぞ! ってメッセージを祭りに込めたいんだ」
「パウルの気持ちはよく分かった。俺は賛成だ、皆も構わないか?」
俺はパウルの頭を撫でながらギルド1階にいる全員に呼びかけた。パウルの案に反対する者は1人もおらず全員がパウルを称えている。
ローゲン爺ちゃんとエノールさんとハンドフに至っては少し泣いているぐらいだ。生意気な子供だったパウルが立派になって嬉しいのだろう。年寄りになれば涙腺は脆くなるし尚更だ。
まぁハンドフは俺と同い年だから年寄りではないわけだが。それでも気持ちはよく分かる、俺だってパウルの成長が本当に嬉しいから。
話し合いを終えた俺たちは各々祭りの準備に動き出した。小さいとは言え祭りは祭りだ、町民たちの表情は活き活きとして楽しそうだ。
そんな準備期間はあっという間に過ぎていき、2日後の夕方――――ギルド近くの広場にキャンプファイヤーを灯した俺たちは疲れと不安を抱えたゴレガード難民、そして最近グリーンベルの生活に慣れてきたマナ・カルドロン難民へ盛大に酒と食事を振る舞った。
彼らは最初こそ戸惑っていたものの、やたらと元気な主要メンバーに影響されてすぐに仲良く踊っていた。
そして酒の席では無類の力を誇るメリッサは男性難民から大好評のようで広場の舞台には似つかわしくない妖艶な踊りで場を沸かしている。
途中、鼻の下を伸ばしていた俺の横腹をエミーリアの肘で突かれてしまい、色々な意味でダメージを負ったけれど最高の祭りになったと言っていいだろう。
思えば1人で里を出た旅だったが沢山の仲間に出会えたものだと感慨深くなってくる。
パウル、エミーリア、エノールさん、ヨゼフ、ワイヤー、ログラー、カリー、テンブロル君、メリッサ、アイリス、育ての親のローゲン爺ちゃん、唯一の血の繋がった家族スミル婆ちゃん、そして難民を含めたシーワイル民たち――――全てが俺の宝だ。
皆とならどんなに多くの魔物が現れても戦っていける自信がある。だけど、魔王ルーナスを倒すならやっぱりクレマンの力が必要だ。いや、例えルーナスが弱っていて俺1人で勝てる相手だとしても最後は勇者3人で戦いたい。
その為にも絶対にクレマンを見つけてみせる。決意を込めて拳を握り込んだ俺はキャンプファイヤーと町民に背を向けた。そして、少し東に離れた位置にある監視塔に足を踏み入れて、中にある仮眠室のベッドで横になった。
本当はずっと祭りを見ていたかったけど周囲の警戒を怠る訳にはいかないからだ。だから少しだけ寝たら現在、監視を続けてくれている町民と交代する予定だ。
祭りの心地よい声と楽器の音を子守唄代わりに俺は瞼を閉じる。
※
少し興奮していたからか1時間程度で目覚めてしまった俺は暗い部屋の天井をぼんやりと眺めていた。音を聞く限り祭りはまだまだ盛り上がっているようだ。
「さて、もうひと眠りしておくかな」
小さく呟いた俺は再び瞼を閉じる。すると仮眠室の外から突然、重たい何かがドスンと落ちる音が聞こえてきた。この音は絶対に祭りの音じゃない、人が倒れた音だ!
慌ててベッドから飛び起きた俺はドアノブに手を伸ばす。するとドアノブに触れる直前で扉の向こう側から俺の名を呼ぶ声がする。
「エミーリアに殺されかけた夜以来だな、ゲオルグ。僕はずっとお前に会いたかったよ」