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第51話 影の勇者(クレマン視点)




「簡単な話さ。1度ゴレガードを壊滅させればいいのさ。クレマン君と私が示し合わせて互いの戦力を動かし、魔王軍がゴレガードを一時的に乗っ取るのさ」


 魔王ルーナスの提案は想像以上にぶっ飛んだものだった。愛する母国を壊滅させる? 冗談じゃない! こんな提案断るに決まっている。


「論外だ」


「そんなこと言わないでよ。乗っ取るのは一時的だって言っただろう? さっきも言った通り私はブレイブ・トライアングル全体がシーワイル領みたいになるのがベストだと思っている。逆に言えば他2国がシーワイルの元に下れば一色に染まると考えたんだ。実際に今のマナ・カルドロンはほぼ壊滅状態でシーワイルに大きく依存している。これはほとんどシーワイル民になったと言っていいんじゃないかな?」


「マナ・カルドロンを壊滅させたのはお前らだがな。そんな奴らの言う事を信じられると思うか? どれだけのマナ・カルドロン民が殺されたと思っているんだッッ!」


 どこか他人事のように語るルーナスが許せなかった僕は怒鳴りつけていた。しかし、ルーナスは全く意に介していない様子で話を続ける。


「必要な犠牲だったからね。マナ・カルドロンもゴレガードも貴族を中心に腐っている。そのくせ数ばかり増えているからね。1度戦争に負けて適度に人口を減らした後、シーワイル領の世話になってからシーワイル領の素晴らしさを知った方がいい」


「だからルーナスは『私たちが組めばブレイブ・トライアングルの腐った部分を取り除くことができる』と言った訳か。2国を魔物に占拠させたあとにゲオルグたちが逆転勝利することでシーワイル領が統一できるように……と」


「そういうことさ。ブレイブ・トライアングル全土をシーワイル領が掌握し、腐った王も元首もいない真の意味で民主的なブレイブ・トライアングルができる。勇者ゲオルグという最高の象徴もオマケについてくるしね」


 つまりルーナスは僕と組んでマッチポンプしたいわけだ。マナ・カルドロンの民を多く殺したことはもちろん許される事ではないが、奴の言っている理屈だけは理解できる。胸くそ悪くて微塵も賛成できないが。


 そしてルーナスは僕の事を指差すと仰々しい物言いで持論を語る。


「この計画を進めれば大衆から称えられる勇者はゲオルグ君とパウル君だけになるだろう。だけど、勇者の目的は称えられることではない。クレマン君も分かっているはずだ。君は人々の為に陰で動いた影の勇者となるんだ。そしてゴレガード最後の『勇者王子』となればいい」


「影の勇者、それに最後の勇者王子か。物は言いようだな。それじゃあルーナスは後世で何と呼ばれるんだろうな?」


「魔物たちからは多分、人類に寝返った恥知らずの魔王とでも呼ばれるんじゃないかな。フフフ」


 ルーナスは何が面白いのか楽しそうに笑っている。


 これで聞きたいことは大体聞けただろう。計画の為という理由だけで大勢の人間を躊躇なく殺せるような魔王が人類の味方をするとは思えない。奴の言っている事は十中八九ウソだろう。


 だが、嘘をつく者は嘘の中に一部真実を入れる傾向があると聞いたことがある。もしかしたらルーナスには早急にゴレガードを手に入れたい『特別な理由』があるのかもしれない。


 ルーナスのことが幾らか知れただけでもヨシとしよう。話はここで切り上げて帰ってもらおう。今はとにかく1人になって休みたい……。


「仮にゴレガードを占拠させたとしよう。その後ルーナスがゴレガードを拠点に人々を潰しに来ない保証は無い。信用できるわけがない。話は終わりだ、僕は部屋に戻る」


「私が信用されているかなんてどうでもいいさ。大事なのはクレマン君がやりたいかどうかさ」


「……だから僕はやらないと言っているだろう」


「いいや、私にはクレマン君の本心が見えるよ。君が心底疲れていて大きな変革を求めていることを。そして誰かに助けて欲しいと思っていることを」


「うるさい! 何を根拠にそんなことを……はっ!」


 僕が怒りで声を張り上げた直後、ルーナスは右手の甲をこちらへ向ける。奴の手の甲には三日月の紋章が刻まれているが今日はいつもと様子が違っていた。


 なんと三日月の紋章が燃えるように黒く光っているのだ。正確に言えば紋章全体の8割程度が黒く光っており残り2割はいつも通り光ってはいない。まるで聖剣の紋章みたいだ。


 異様に胸騒ぎがする紋章を掲げたままルーナスは黒い三日月について語り出す。


「この紋章はね、心を反映する力が備わっているんだ。クレマン君の場合だと『変革を望む想いの強さ』が三日月を満たそうとしているんだ」


「変革……だと?」


「うん。君はボルトムへの殺意、グロリア親子への罪悪感、ゲオルグへのコンプレックスこの3つを主軸に心の黒き炎を燃やしている。そして黒き心炎しんえんはブレイブ・トライアングルをシーワイル一色に染まる未来を見たいと言っている」


「馬鹿な、でたらめを言うな……」


 どうして奴の言葉はここまで心を逆撫でしてくるんだ……。どうして僕は強く否定できないんだ。何故反論の言葉を並べられないんだ。苦しい、とにかく苦しい。


「声に元気がなくなってきたね? それもそうか、君が君自身の本心を知っているのは当然の事だからね」


「黙れ、もう喋らないでくれ」


「命令口調から懇願に変わっちゃったね。これはもう決まりかな? この調子で紋章を全て黒に染めちゃいなよ。三日月の紋章は嘘をつけない。紋章を黒に染めた君はもう勇者とは呼べないよ」


「うるさい! 黙れ、黙れ、黙れッッ! 僕は勇者クレマン・ゴレガードだ!」


 1対1で戦うべき相手ではないと理屈では分かっていても怒りが僕の手に聖剣グラムを握らせていた。どこまでも不愉快な魔王ルーナスを今、この瞬間葬ってやる! 聖剣グラムを両手で強く握り込んだ僕は頭上に振りかぶった。しかし……。


「う、動かない? な、何故だ?」


 急に体が動かなくなってしまった僕は剣を握る力すら失い聖剣を地面に落としてしまう。すぐに拾わねばと聖剣に視線を向ける。すると、いつもなら円全体を光らせている聖剣の紋章が全く光っていなかった。


「嘘だろ? 聖剣グラムまで僕が勇者じゃないと言うのか?」


「残念だったねクレマン君。残念ついでに君の左手の甲を見てみるといい。少しの間だけ硬直を解いてあげるから」


 そうクレマンが告げた瞬間、僕の体は自由になり言われるがまま僕は自身の左手の甲を見つめる。そこには最悪なことにルーナスと同じ三日月の紋章が刻まれていた。


 僕が確認した直後、ルーナスは右手を掲げて謎の力で再び僕の体を硬直させる。


「私の紋章には面白い能力があってね。三日月を半分以上黒く染めた者を眷属にできるんだ。逆に言えば一瞬でもいいから闇の心を増幅させる必要がある。だからここまで長々と話させてもらったのさ。本当は三日月を全て黒に染めて欲しかったけどまぁいい。8割でも及第点だ」


「眷属だと? じゃあ僕を殺す事が狙いではないのか。いや、元々強いお前ならいつでも僕を殺すことぐらい出来ていたか……。やはりお前はゴレガードとマナ・カルドロンを手に入れてから確実にゲオルグを……シーワイルを潰すのが目的か?」


「さあ、どうだろうね? ああ、でもこれだけは教えてあげるよ。私にはどうしても欲しいものが『2つ』あってね。その為には黒く染まったクレマン君の力が必要なんだ」


「何故、僕が必要なんだ?」


「それはまだ言えない。私はこのまま紋章の力で君を操り人形にすることが可能だ。だけど私としてはできればクレマン君の意思で私の眷属に……いや、仲間になってほしいと思っている。どうかな?」


 結局ルーナスの狙いは分からずじまいだ。奴の言う通り僕が影の勇者になることがブレイブ・トライアングルにとって1番良い未来なのだろうか? いや、奴の言っている事がどこまで本当なのか分かったもんじゃない。


 だが、ルーナスの持つ三日月が示す黒き炎は間違いなく本物だろう。僕は僕が持つ心の汚さと闇を分かっているからだ。


 駄目だ、もう心が壊れそうだ。自分の信じた正義、それに王子としての誇りが沼に飲み込まれていくような感覚だ。


 これから先、勇者としても王としても上手くやっていける自信がない。グロリア親子から恨まれ続けながら生きるのも辛い。そういう意味ではルーナスの誘いに乗り、傀儡となって心を捨てた方が楽なのかもしれない。だって悩まなくていいのだから。




 …………ルーナスはこちらをジッと見つめて待っている。答えを返そう。


「僕の答えは……」





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