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第50話 王の資格(クレマン視点)




「お前が大好きなジャスは私が殺した……と、言ったら驚くか?」


 ボルトムは……こいつは今、何て言った? 父親が息子を殺した? しかも、誰よりも善良で勇者らしい勇者だったジャス兄さんを? あり得ない! あり得ていいはずがない!


 扉の前にいた僕は短い距離を走りボルトムの胸倉を掴む。


「笑えない冗談だぞ、ボルトム。国の為なら息子にすら殺されてもいいと言っていたお前がどうしてジャス兄さんを殺すんだ? 矛盾しているじゃないかッ!」


「クックック、面白いぐらいに動揺しているな。本当に私がジャスを殺した理由が分からないのか?」


 ボルトムがジャス兄さんを殺したくなる理由……考えられるのはボルトムとは真逆の生き方をするジャス兄さんがゴレガード家の在り方を変えかねない脅威になると思ったからだろうか?


 ジャス兄さんは亡くなる2年前ぐらいに王政そのものに疑問を抱いていた。特定の代表を持たないことで平等性を確保しているシーワイル領、そして国民投票によって元首を選ぶマナ・カルドロンの方が政治的に正しくて優れているのでは? と繰り返し呟き悩んでいたのを覚えている。


 ジャス兄さんは国民の為なら喜んで王族・貴族としての地位を捨てるだろうし制度そのものも変えてしまう実行力もあった。だからボルトムがジャス兄さんを脅威に感じるのも納得がいく。


 しかし、ジャス兄さんが亡くなったタイミングはオルクス・シージ侵攻中だ。いきなり現れた魔物群との連戦に耐えられず力尽きたと聞いている。


 亡くなった場所もシーワイル領の南西側でゴレガードからは馬で3日近くかかる距離だ。当日にゴレガード城にいたボルトムがジャス兄さんを殺せるとは思えない。やはり僕を挑発する為にデマカセを言っているのではないだろうか? 問い詰めてやる。


「嘘だ! 当時、ジャス兄さんとお前は物理的に距離が離れていたはずだ。それに直接的な死因は魔物の牙による攻撃だったはず。お前にどうこうできるはずはない!」


「言い方が悪かったか。訂正しよう、私は間接的にジャスを殺したのだ。ジャスは当時3つの班を率いて遠征していた。魔物の群れも3班全てが戦えば蹴散らす事は出来ていただろう。しかし、私は3班のうち2班へ事前に伝えていたのだよ。先行するジャスの班が疲弊したタイミングでジャス班を見捨てて逃げろとな」


「なん……だと? 本当に……本当に……お前の指示でジャス兄さんを殺したのか?」


「事実だ。アイツは母親に似て本当に真人間でゴレガードの王に相応しくなかった。大きな力を手に入れて王政を消される前に殺さなければいけなかった。アイツが何の疑いも無く遠征してくれて良かったよ。お人好しの馬鹿で本当に助か――――ぐはっ!」


 これ以上、汚い言葉を聞きたくないと思った僕の右手がボルトムの頬を殴る。呻き声と共にベッドへ血を吐き出したボルトムは顎に血を垂らしながらも薄気味悪く笑っていた。まるで自分と同類だと言わんばかりに。


 そんな奴の顔が更に僕の怒りを増幅させる。2発、3発と殴り続けたことでボルトムはベッドから落ち、両足を震わせながら立ち上がると懐からナイフを取り出して僕の足元へと放り投げる。


「ハァハァ……その調子だ。その勢いで私を殺してみせろ。殺したい人間を殺してこそゴレガード王だ。他人を踏み台にしてこそ覇王だ。憎き私を殺すことで殻を破るのだ!」


「うっ……クソッ!」


 外道なのに死にたがりなんて僕の理解を超えている。何が殻だ! 何が覇王だ! もう、うんざりだ!


 床に落ちたナイフを壁に向かって蹴り飛ばした僕は逃げるように部屋の外へと出て屋上に向かう。




 今はもう誰とも話したくない、誰の顔も見たくない。ただただ夜風を浴びて自分の罪と辛い過去に向き合いたい。僕は地面に座り両膝を抱え込んで顔をうずめた。


 …………僕は何の為に生きているのだろうか? グロリアの家庭を壊し、ゲオルグに散々迷惑をかけ、ジャス兄さんには遠く及ばない半端な勇者になってしまい、知っておくべき過去を知らずにのうのうと生きてきた。


 ジャス兄さんのいない今、ゴレガード家は僕とボルトムだけだ。民衆にはまだ黙っているがボルトムはもって2年の命だ。奴が亡くなれば僕が王になる。


 だけど僕に王の資格なんてない。いや、勇者どころか普通の人間としても生きる価値はない。だから僕は……


「僕は死んだ方がいいのかもしれないな。エミーリアも僕が罪悪感に苛まれて死ねば嬉しいだろう。それに王族が全て消えて王政が崩壊すれば……」



――――クレマン君に死なれると困るなぁ



 ……! 今の声は聞き覚えがある。いや、忘れたくても忘れられない……ルーナスだ!


 立ち上がった僕は声の聞こえた後ろ側へ振り向くと、そこにはやはりルーナスが立っていた。以前よりもやつれて青ざめた顔のルーナスが。


「今は誰とも話したくない、消えろ。そもそも僕とお前は敵同士だろうが」


 僕は睨みつけて拒絶の意思をみせる。しかし、ルーナスは穏やかな顔で首を横に振る。


「放っておく訳にいかないよ。だって君はエミーリア君とボルトム王から真実を告げられて心は既に限界のはずだからね。私は勇者のファンだと何度も言っているだろう?」


 エミーリアとボルトムとのやりとりを当たり前のように盗み聞きしていた事実に腹が立つ。だが今更突っかかっても仕方ないだろう。適当にあしらっておこう。


「じゃあルーナスは僕に何かしてくれるとでも言うのか?」


「クレマン君を救うことはできるよ。かなり回り道にはなるけどね」


「回り道?」


「うん、私の言う通りにしてくれれば時間はかかるけれどブレイブ・トライアングルの腐った部分を取り除くことができる。加えてクレマン君を大活躍させてゲオルグ君を超える勇者にしてあげることも可能だ。どうだい? 素晴らしい計画だろう?」


「腐った部分というのが何を指しているかは分からないが魅力的な誘い文句だな。だが、乗るつもりはない。僕がルーナスの言う事を聞くと思うか?」


 魔物のトップであるルーナスの言うことなんて悪人ですら聞くわけがない。


 1人になりたいのにとんだ邪魔が入ってしまった。本当はすぐにでもルーナスを倒してやりたいが奴はゲオルグと互角の戦いをしていた強者だ。僕1人で戦うのは得策ではない。それに奴は相変わらず僕に攻撃の意思を見せないからサッサと離れた方がいいだろう。


 僕は屋上から城内へと戻る為に早歩きでルーナスの横を通ろうとした。しかし、ルーナスは珍しく僕の肩を掴んでしつこく食い下がる。


「クレマン君が……いや、全人類が私のことを嫌っているのは承知しているよ。でも、私の提案する計画の詳細だけでも聞いていかないかい?」


 ルーナスに関しては未だに謎が多く、ジニアほど本性が露わになっていない。ここは僕が問答して奴に対する情報を集めてゲオルグたちに共有した方がいいかもしれない。


「分かった、聞くだけなら聞いてやる」


「ありがとう、じゃあ話させてもらうよ。実は私の頭の中にはブレイブ・トライアングルの理想形・完成形が描かれているんだ。ブレイブ・トライアングル全体がシーワイル領のように優しく平等に暮らせる絵図がね」


「妄想するのは勝手だが、世の中そんなに単純じゃない。政治だって簡単じゃないんだ」


「いいや、私の計画はシンプルだから政治的な難しさは無いよ。私とクレマン君が組めば容易く実現できるはずだ」


「ルーナスと僕が組む? どういうことだ?」


 僕が尋ねるとルーナスは穏やかな笑顔の中で一瞬だけドス黒い笑みを浮かべ、歓迎するかのように両手を広げて信じられない言葉を口にする。


「簡単な話さ。1度ゴレガードを壊滅させればいいのさ。クレマン君と私が示し合わせて互いの戦力を動かし、魔王軍がゴレガードを一時的に乗っ取るのさ」





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