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第49話 覇道(クレマン視点)




「む? クレマン様が目覚められたぞ!」


 誰かが僕を呼ぶ声がする。


 気だるさと腕の痛みによってエミーリアから逃げていたこと、そして城の前で気を失ったことを思い出した僕はゆっくりと瞼を開く。すると目の前にはゴレガード城の男性医師が立っており、ベッドで寝ている僕を安堵の表情で見つめている。


「お加減はいかがですか? 城門前で腕から血を流し、毒に侵された状態で倒れていたので心配したのですよ。一体何があったのですか?」


「……いや、腕の傷も毒も全て僕の責任だ。お前たちが気にすることはない。それより僕はどのくらい眠っていたんだ?」


「1時間ぐらいですね。体は動きそうですか?」


 医師に問われた僕は上半身を起こし、腕と足を曲げてみた。疲労感を除けば問題はなさそうだし喋れるようにもなっている。毒の影響はほぼ完全に消えたと言っていいだろう。


 だが、体は無事でも心はグチャグチャだ。グロリア親子の件とゲオルグの母が父上に殺されたという件が強烈過ぎてゲオルグと僕が兄弟だという事実が霞むほどだ。


 まさか僕が10年近くエミーリアに恨まれていたなんて。それに僕はグロリアが廃人状態になっていたなんて知らなかった。子供時代、グロリアがゴレガードの牢に移送されて以降、父上は僕がグロリアと面会・接触することを禁止していたからだ。


 それに僕が父上から聞いていた話とは相違点がある。父上は昔『グロリアは大金を受け取る代わりに牢に入った。つまり今回の件は取引でありクレマンとグロリア双方が得をするものだ。クレマンが気に病むことはない』と言っていた。あれは嘘っぱちだったわけだ。


 今からでもグロリアに謝りに行きたいぐらいだ。でも、エミーリアに殺意を持たれている以上、難しいだろう。


 謝罪と言えば僕は1度だけグロリアに謝りに行ったことがある。と言っても移送が始まる前であり面会・接触が禁止されていない時期……つまりグロリアがまだマナ・カルドロンの牢屋にいる時の話だが。


 あの時、僕は牢の鉄柵越しに『国宝を割った事に関する謝罪』と『代わりに捕まってくれた礼』を精一杯彼女に伝えた。


 僕はきっとグロリアから冷たい目を向けられるだろうと覚悟をしていたけれど予想に反して彼女は


『子供同士の喧嘩ですから仕方がないですよ。それに聡明なクレマン王子がそこまで怒ったのにもきっと理由があるのですよね?』


 と優しく思慮深い言葉を返してくれて救われた記憶がある。


 僕が国宝を割るぐらい怒った理由――――そこに気付きかけていた人間は側近を除けばグロリアだけだったと思う。


「クレマン様? ボーっとされていますが大丈夫ですか?」


 昔の事を思い出していたせいでかなり時間が経っていたようだ。医師を心配させるのもよくない。医務室から出るとしよう。


「すまない、もう大丈夫だ。僕は自分の部屋へ戻るとするよ」


 医師に礼を伝えた僕は5階にある自分の部屋に入り、机の上に置いてある写真立てを手に取った。写真には12年前――――僕と父ボルトム、そして今は亡き母クレアと兄ジャスが写っている。


 懐かしい写真だ。ジャス兄さんとは12歳離れているから今、ようやく兄さんの没年に追いついた訳だ。思えば僕がマナ・カルドロン元首の息子と大喧嘩して国宝を割ったのもジャス兄さんを馬鹿にされて頭に血が昇ったからだ。


 アイツは僕を馬鹿にし、僕が腹違いの弟であることも馬鹿にしてきた。いや、それだけならまだ何とか耐えられていたと思う。僕がどうしても許せなかったのは当時、亡くなってから日の浅いジャス兄さんのことを『王族らしくも勇者らしくもない弱者だ!』と馬鹿にしてきたからだ。


 ジャス兄さんは僕や父上と血が繋がっているとは思えないぐらい真面目で誠実で優しかった。剣にも魔術にも優れていてほとんど非の打ち所がない人だったけど、強いて弱点を挙げるとすれば腰が低いところだったと思う。


 ジャス兄さんはいつもぺこぺこしていた。貴族はもちろんのこと民衆にさえも。逆に言えば民と距離感が近い王子だったと思うけど父上は威厳に欠けている! といつも文句を言っていた。


 父上は僕にジャス兄さんを参考にするな、と口を酸っぱくして言っていたから従わざるを得なかったけど、内心では兄の事が大好きだったし、目指す方向性は違えど尊敬していた。だからこそ馬鹿にされて許せなかった。


 ジャス兄さんが亡くなったのだってオルクス・シージの調査・侵攻の過程で運悪く魔物の大群に襲われたから……つまり、名誉の戦死なんだ。『ジャスは弱い勇者』だとアイツに馬鹿にされる筋合いはない!


 いや、腹の立つ過去を思い出すのはやめよう。それにいくら家族を馬鹿にされたからといって僕が国宝を割っていいわけではない。どれだけ言い訳してもエミーリアからの恨みは消えやしない。


 一生罪を背負い、それでも勇者としての道を進むんだ。血を流してまで僕を逃がしてくれたゲオルグの覚悟に応える為にも。


 そんな僕が今やらなければならないこと……それは勇者として、ボルトム王の息子として真実を追求する事だ。


 夜とはいえ父上はまだ寝ていないはずだ。父上の部屋に行って尋ねよう。『ゲオルグの母リーサ』について、そして『エミーリアたち母娘』について。





 僕は自分の部屋を出ると最上階である6階の奥にある父上の部屋の扉をノックする。


「父上、クレマンです。夜分に失礼いたします。大事な話があるので入ってもよろしいでしょうか?」


「ゴホゴホ……うむ、入れ」


 最近の父上は病で体の調子が悪く、1日の半分以上をベッドの上で過ごしている。医者が言うには余命3年がいいところらしい。咳と声の様子だけで今日も調子が悪いことが分かる。扉を開けて中に入り、父上に視線を向けると予想通り顔色が悪かった。


 認めたくないが父上の見た目は僕によく似ている。金色に輝く髪、少し垂れた大きな目と深い青の瞳は共通しているが、今の父上はやつれている。まだ55歳だが、ここ数年で皺もかなり増えた。


 自分もいつかはこうなるのかと思うとちょっと嫌になる。と言っても老けて見える理由に病が大きく関わっているだろうから病気にならなければもう少し若々しい見た目でいられるとは思うが。


 僕は一言、二言、父上の体調を気遣う言葉をかけた。しかし、父上は礼を言うこともなければ強がる素振りもみせず、いきなり本題に入る。


「クレマンよ、大事な話とはなんだ?」


 相変わらず親子らしい会話が出来ない人だ。まぁいい、お望みなら最初から突っ込んでいこう。


「単刀直入に聞きます。父上はリーサさんを殺しましたね? それにグロリア・クレマチスに取引報酬を払わなかったうえ、事の真相を僕に伏せていましたよね?」


「リーサ……グロリア……お前、どこで情報を手にいれた? 少なくともエミーリアは王城で働いた期間はずっと大人しかったはずだが……。まさか黒陽こくようが漏らしたとでもいうのか?」


「どこだっていいじゃないですか。いいから答えてください……答えろよ、ボルトム!」


 怒りが抑えられなくなった僕は気が付けば父上……ボルトムの胸倉を掴んでいた。ボルトムは荒々しくなった僕を見て驚いていたものの物怖じする様子はなく、僕の腕を弱い握力で掴んで引き離す。


「手を放せクレマン。全て本当の事を話す。リーサの件も、グロリアの件も全て私の指示・決定によるものだ。王家を存続させるうえで障害となるものは取り除き、言う事を聞かないグロリアの様な奴は分からせてやらなければならない」


 あっさりと真実を語るボルトムは全く悪びれる様子がない。僕は更に声を荒げる。


「ふざけるな! リーサさんはお前が無理やり関係を迫ったんだろうがッッ! グロリアのことだって国宝を割った僕が罰を受ければよかったんだ! 自分とゴレガード家の都合しか考えないお前は間違っている!」


「間違っている……か。確かに法の下では間違っているだろうな。だが、王の往く道に法や常識は適応されない。王は弱者を踏み台にし、弱者は王の糧になる。それが先祖代々続くゴレガード家の教えだ。まさか、まだ一王子でしかないお前が王である私の行動にケチをつけるつもりじゃないだろうな? 黒陽こくようたちの権限を移したとはいえ王はまだ、私なのだぞ?」


「ボルトム……前からアンタのことは尊敬できなかったが今日ハッキリ分かった。アンタはゴミ以下だ。これからは今まで以上に僕主導でゴレガードの統治を進めていく。アンタは何もするな、何も喋るな。勝手に病死してくれ」


「ぐっ……お前……」


 本当は殺してやりたいぐらい腹が立つけれど僕を含め誰にも裁く権利は無いし、訴えられる物的証拠もない。悔しいが、もう放っておこう。先の短いボルトムにいまさら悪事を働く元気もないだろう。言葉を詰まらせているのが何よりの証明だ。


 僕がやるべきことはこれからのブレイブ・トライアングルを守ることだ。背中を向けた僕は部屋を出ようとドアノブに手をかける。するとボルトムは不敵に笑う。


「フッ、勝手に病死してくれ……か。お前はジャスに似て本当に甘い。私が邪魔で憎いのならすぐにでも殺すべきだ。歴代のゴレガード王なら躊躇なく出来ていたはずだ」


「……アンタは死にたいのか? それとも僕に殺されたいのか?」


「強いて言うなら後者だな。私の望むゴレガード王家は覇道そのものだ。父である私を殺すぐらいの気概を見せて欲しいというのが本音だ」


 ボルトムは息子が善王になるぐらいなら自分が殺されてでも覇王になってほしいと望んでいるようだ。余命が僅かだからおかしくなっているだけだと思いたいが多分違うだろう。ハッキリ言って狂っている。それだけ上の世代が『国こそ全て、覇王であることが全てである』と強烈な教育をしてきたのだろう。


 きっとゴレガード家ではジャス兄さんと僕が異端なだけなのだ。だが、異端だろうが甘かろうがどうでもいい。僕はゲオルグの様な勇者を目指すだけだ。


「そうか、残念だったな。僕はアンタを殺さない。歴代の覇王には悪いが僕の代でゴレガード王の在り方は変わっていく」


「いいや、まだ私は諦めていない。今から私が話す過去を聞けばクレマンは必ず殺意を抱くはずだ」


「なんだと? まだ何か隠しているのか? 吐け、どんな悪事だろうと半殺しで許してやる」


 どれだけ邪悪で、どれだけ吐き気のする話をされてもいいように覚悟を決めた僕はボルトムに問いかける。するとボルトムは壁に掛けられた地図を見つめながら歪な笑みを浮かべる。


「お前が大好きなジャスは私が殺した……と、言ったら驚くか?」





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