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第47話 クレマチス家の悲劇 その2(エミーリア視点)




 クレマン王子の代わりにお母さんが罪を被り、マナ・カルドロンの牢屋に入れられてから早100日が経過していた。


 新聞の影響で母グロリアが罪人であることはあっという間に3国間に広がってしまう。けれど私は子供ということもあり城から必要最低限の食事と金銭が支給されていた。私は1人で住むには広すぎる家で寂しく暮らすことになってしまい本当に苦しかった。


 城からの支給は生かさず殺さずの僅かな支給だったし、頼れる親戚もいないからいつも腹を空かせて学校に行っていた。学校では罪人グロリアの娘ということで虐められ、殴られたり、唾を吐かれたり、指差して笑われることなんて日常茶飯事だった。


 それでも私が辛うじて正気を保てていたのは定期的にマナ・カルドロンの獄中にいるお母さんと手紙のやり取りができていたからだ。


 お母さんは牢屋の中でもずっと私のことを気遣ってくれていて私も心配をかけたくなかったからずっと『元気に楽しく暮らしているよ』と嘘を返していた。


 そんなある日、ゴレガード城のメイドが私の家を訪れた。メイドは硬貨の入った袋と無料で馬車に乗れる往復チケットを机の上に置いて私に告げる。


「エミーリアちゃんに朗報……と言っていいのかしら。少しの間だけどグロリアさんと会うことができるわよ」


「え? どういうことですか?」


「実はグロリアさんの移送が決まったの。ゴレガードの罪人をいつまでもマナ・カルドロンに預けておく訳にはいかないからってね。その移送用馬車に乗っている間だけでも母娘で会話ができるように大臣が手配してくれたみたいね」


 真相を知っている私からすればこんな事でゴレガードの王族や大臣への怒りが減りはしない。だけど数日だけでもお母さんと会えるのは正直嬉しい。私はメイドに礼を伝えた後、出発の準備を整えて翌日の朝、指定の馬車へと乗り込んだ。







 道中、私は馬車の中でお母さんと何を話そうかずっと考えていた。今も勉強を頑張っているから将来の話をしたいのが本音だ。だけど金銭的な理由で高位の学校に通えないから働ける場所は少なくなるのは確実だ。話題にしない方がいいのかな? などと色々なことが頭を巡る。


 そんなことを考えているうちに移送馬車はマナ・カルドロンに到着し、私はゴレガード兵に連れられて獄舎を訪れる。


 階段を降りて薄暗くジメジメした地下牢の1番奥に囚われていたお母さんは酷く痩せていて目も虚ろだった。それでもお母さんは私を見つけた瞬間、目に光を宿し、大粒の涙を落としながら鉄柵を両手で握る。


「うぅ……エミーリア、ごめんなさい。こんなことになっちゃって……。寂しい思いをさせてごめんなさい」


「ううん、気にしないで。私はお母さんが悪くないって知ってるし、元気に暮らしているから……だから……だから……心配しなくて……」


 久しぶりの再会は笑顔を貫くつもりだったのに私は言葉を詰まらせ、お母さん以上に沢山涙を流してしまっていた。だからきっとお母さんには私が無理していること、苦労していることがバレてしまっていたと思う。


 鉄柵越しに手を伸ばしたお母さんは私の頭を優しく撫でる。その手が楽しかった頃を思い出させて更に私の目から涙がこぼれ落ちる。


 散々泣いたところでマナ・カルドロンの国衛兵の青年が牢の扉を開ける。


「積もる話もあるだろうが続きは移送馬車の中でするといい」


 国衛兵の言うことももっともだ。私とお母さんは頷き、獄舎を出て移送馬車に乗り込んだ。そして馬が1分ほど歩いたところで私は信じられない光景……いや、信じたくない光景を目にする。


 なんと大通りにいる沢山のマナ・カルドロン民が移送馬車に乗っているお母さんに向かって罵声を浴びせ始めたのだ。




「どうせ国宝を盗もうとして落としたんだろ! ゴレガードの女狐め!」


「国宝に手を出す平民なんて百年以上いなかったというのに……人間の屑ね!」


「懲役なんて生ぬるいぞ! さっさと殺しちまえ!」


「母親が屑なら家族も屑なんだろうな! 確かアイツには娘がいるらしいぞ。皆、財布を盗まれないように警戒しとけよ!」




 国宝を壊した罪はこれほど重く、恨まれるものなのだと改めて知る事となった。民衆が思い思いに暴言を吐く様子は今でも目を瞑れば鮮明に思い出せてしまう。


 いや、言葉だけじゃない。人によっては石を投げていたし、指をさして笑う者もいた。記者っぽい格好をした人は新聞のネタができたと言わんばかりにこちらを見てペンを走らせている。


 恐らく記者の人たちが移送馬車の情報を民衆に流したのだと思う。だってあまりにタイミングが良すぎるから。


 目と耳を閉じたくなる地獄がここにはあった。娘の私ですら吐きたくなるほどの辛い状況はお母さんの心を破壊するのに充分だった。移送中、私とお母さんは再会を喜び合う余裕もなくゴレガードへ帰還することとなった。







 マナ・カルドロンで地獄を味わってからはますます周囲の私に対する当たりはきつくなっていった。だけど、それ以上に堪えたのがお母さんの衰弱ぶりだった。


 お母さんがゴレガードの獄舎に入れられてからは50日毎に面会できるようになったけれど会うたびにやつれていって口数も少なくなっていた。今から無実を証明しようにも私とお母さんにできることなんて無く、罪人グロリアの悪名は広まる一方だった。


 そしてゴレガードの獄舎に移って2年が経つ頃、私が面会に行くとお母さんは……



「…………」



 何も喋らず、目も合わせず、私の言葉も届かなくなり、完全に心が壊れてしまっていた。




 あの日、私は声が枯れるほど泣き、同時に復讐を誓う。大臣は1年前に病死してしまったから恨みを晴らす事はできないけどボルトム王とクレマン王子は生きているから復讐することはできる。


 私はどうにか王族に近づく方法はないかと考え続けた。だけど、そんなものは中々見つからなくて時間だけが流れていく。


 そんな日々を過ごし、そろそろ15歳になろうとしていた私の家に突然1人の美しい老齢の女性が現れた。女性は貴族ではないものの平民にしては立派な服を着ていて品があり、他の人たちとは違って優しく温かい笑顔で声を掛けてくれた。


「突然お邪魔してごめんなさい。私の名前はバーバラと言います。実は私、エミーリアさん助けたくてここまで来たの」


「私を助ける? どういうことですか?」


「私の家は代々医者をしていてね。時々、若い子に学費の支援もしているの。特に貴女みたいに辛い環境でも一生懸命勉強している子を支援したくてね。私と夫は貴女を応援したいの」


 これが後に学費・生活費・寮費を支援してくれた大恩人である夫婦との出会いだった。すぐにでも飛びつきたい気持ちだったけど当時の私は人を信じられなくなっていたから疑いの目を向けていた。


 そんな私にすらバーバラさんは笑顔を崩すことなく説得を続ける。


「勝手ながらエミーリアさんのことを色々調べさせてもらったわ。お金や将来のことも不安でしょうけど、それ以上に貴女はお母さんの心と体が心配なのでしょう? 私たちなら……いいえ、立派な医者となったエミーリアさんにならお母さんのことを治してあげられるかもしれないわよ?」


「心が壊れて何も喋らなくなってしまったお母さんを本当に治す事が出来るのですか? 医学の力で?」


 私の問いに対し頷いたバーバラさんは医学の素晴らしさと可能性について語り始めた。どうやら近代の医学では心の疾患に作用する薬が開発されているらしく、私の心はすぐに薬学をメインとした医者の道へと傾いていた。私が何より優先すべきなのはお母さんの復活なのだから。


「バーバラさんが私の事を深く考えたうえで提案してくれことがよく分かりました。いつか必ず受けた恩以上のお返しをします。支援を受けさせて頂きます!」


「ありがとうエミーリアさん。夫ともどもこれからよろしくね」


 私という薬学者が1人増えたところで心の傷を治せる薬を作れる可能性は低いと思う。だけど、可能性が少しでも上がるなら頑張りたいし他人に任せるだけじゃいられない。


 それに薬学を追求することにはもう1つ利点がある。それは毒薬を調合できる点だ。ゴレガード城所属の医者・薬学者となり王族に近づけるようになればいつか憎きボルトム王とクレマン王子に復讐できるかもしれないから。







 光と闇の動機を抱えた私はがむしゃらに頑張った。そして大人になった今、牢獄生活を終えたお母さんとゲオルグさんを前にして動けなくなったクレマンを見下ろしている。ようやく、ようやく……この言葉が言える。



「以上が私の過去です。これでクレマン……貴方を殺すことができます」


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