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第23話 ジニア




 空に浮かぶガーゴイルの真下には魔物の大群が広がっている。しかも狼系の魔物の中でも中々手強いダイアウルフ、鋭い牙で敵を対象を捩じ切るワニ型の魔物マンイーターの数が多い。このままこいつらが平原を進んでグリーンベルの中に入ったら厄介だ。


 やはりここは上空にいるボスらしきガーゴイルを倒すのが合理的だろう。俺は聖剣バルムンクの代わりに使っている鉄の大剣を左手に持った。そして右手からは地属性魔術で石を生み出して目の前に放り投げ、全力で大剣を斜め上へと振り抜き、剣の腹に勢いよく石をぶつけた。


「ゲオルグ・ストライク!」


 ダークシェロブに使って以来の遠距離技はガーゴイルとの距離をグングンと詰めていく。技と言っても剣で石を打っているだけなのだが……。


 まだ俺に気が付いていないガーゴイルの後ろ側から不意打ちをする形で打ったから確実に命中するかと思ったが、ガーゴイルはギリギリのところで後ろへ振り向き、両腕をクロスさせて石を防いでみせた。


「ちくしょう……当たったと思ったのになぁ」


 俺が悔しがっているとガーゴイルは石に覆われて瞳の見えない顔をこちらに向けて信じられない行動にでる。


「むぅ……不意打ちですか。勇者とは思えない攻撃方法ですねゲオルグさん。おかげで腕が痺れていますよ」


 なんと魔物にもかかわらず人間の言葉を喋り始めたのだ。人語を使う魔物など歴史資料どころかおとぎ話ですら見たことがない。おまけに奴は俺が勇者ゲオルグだと知っている。


 ガーゴイルは石像化していて目の動きも表情も無いからイマイチ何を考えているのか分かり辛い。それでも奴について調べておかなければ。


「おい! そこのガーゴイル。お前は何者だ? どうして人間の言葉を喋ることができる? どうして魔物の大群を引き連れることができる? 降りてきて近くで話せ」


「ふふ、そう言われて素直に降りると思いますか? 僕は魔王様ほど寛大ではありませんし、勇者の事も好きではありません。故にゲオルグさん、貴方の事も嫌いです。苦しむ顔を見せてください……よっ!」


 そう告げたガーゴイルはいきなり手のひらを斜め下に向けると鋭利な岩の槍を射出した。その槍は俺ではなく俺より少し北側へ飛んでいる。その時、視線を向けた俺はすぐ近くにエミーリアたちが寄ってきていたことに気が付いた。


「みんな危ない! ロック・ウォール!」


 俺は即座に地面へ手を当てて岩壁を作り出す地属性魔術ロック・ウォールを発動させた。エミーリアたちの前に現れた岩壁は背丈の2倍ほどまで隆起し、寸でのところでガーゴイルの岩槍を防ぐことに成功する。砕けた岩槍の破片がパラパラと地面に落ちる。


 あの野郎……躊躇なく俺の仲間を殺しにきやがった。あのルーナスですら脅すだけだったというのに。怒りが満ちてきた俺はガーゴイルを怒鳴りつける。


「いきなり何しやがるんだ、テメェッ!」


「何と言われましても、勇者ゲオルグが大切にしている人たちを殺そうとしただけですよ。そうすれば精神的に追い込むことができると思いましてね。合理的なのですよ、僕は」


「ほう、だったら俺もお前を降ろすために合理的な手段をとらせてもらおうか。今からお前の真下にいる魔物たちを皆殺しにする。そうすればお前も降りずにはいられないだろう?」


「僕は別に魔物たちが死んでもなんとも思いませんよ? ただの駒ですからね。ですが貴方の戦闘には興味があります。もしゲオルグさんが下にいる魔物たちを全て倒すことができれば僕も下に降りて正体の1つでも明かしてあげますよ」


「……分かった、約束は守れよ?」


 俺は一旦ガーゴイルに背を向けてエミーリアたちの元へ駆け寄った。


「みんな怪我はないか?」


 俺が尋ねるとワイヤー、ログラー、エミーリアの3人が頷く。そしてエミーリアはナイフを両手に持って自身を奮い立たせる。


「空飛ぶ魔物との会話は聞いていました。微力ながら私も戦います」


「ありがたいが気持ちだけ受け取っておく。ボスも含めて魔物は全て俺1人でやっつけるから皆は隠れていてくれ」


 そう言って俺は近くの地面に剣を振り下ろして大きな穴を作り、そこへ入るように指示を出した。しかし、エミーリアは首を激しく横に振る。


「待ってください! いくらゲオルグさんでも100匹近い魔物を1人で相手にするのは無茶です。仮に倒せたとしても空を飛んでいるボス級の魔物も残っているんですよ?」


「大丈夫。俺にはサルキリで学んできた技がある。そのうちの1つを使えば魔物の群れなんて大したことはない。だから安心して見ていてくれ。ただし、約束してほしいことがある。俺が許可を出すまで絶対に穴から出ないでくれ。ほんの少し頭を出すのすら絶対にダメだ」


「え? わ、分かりました。とにかく無茶だけはしないでくださいね」


 話し合いを終えた俺は再びガーゴイルの方へと歩き出す。ガーゴイルの指示を待っている魔物の群れは唸りながら俺を睨んでいる。さて、あまり待たせるのもよくない、そろそろ始めてやろうか。


「待たせたなガーゴイル。1対100の喧嘩を始めようぜ!」


「やれやれ、その余裕はどこから来るのでしょうね。まぁそれもすぐに分かること。では、始めましょうか。お前たち! 勇者ゲオルグの四肢を食いちぎれッ!」


 初めて聞くガーゴイルの大声を皮切りに魔物の群れが俺に向かって走り出した。さあ、ここからが本番だ。俺は全神経を鉄の大剣に集中させて大剣を水平に構えた。そして地属性の魔力を刀身に込め、右足を軸に車輪の如く大剣を回転させる。


 すると1回転、2回転と回数を増すごとに大剣へ石や岩がくっ付いていき大剣はみるみるうちにリーチを10倍、20倍と伸ばした岩の大剣へと変貌していく。同時に大剣のサイズアップに比例して遠心力もあがっている。


「これが俺の新・範囲技だ! 喰らえ、巻き込み大回転斬りッッ!」


 名前の通り石や岩を巻き込んだ巨大な刀身は嵐の如き破壊力で魔物を巻き込んでいく。回転の度に5匹、10匹と魔物が吹き飛ぶ。まるで高熱で跳ねる油のように魔物が散っていく。俺の足裏が摩擦で火を噴きそうだし、目も回ってきた。それでも我慢して回転を続け――――


「これで終わりだぁぁ!」


 最後の1回転でガーゴイル以外の全ての魔物を一掃することに成功する。上からぼたぼたと落ちてくる魔物とシンクロするように役目を果たした巨大岩大剣が古いレンガのようにパラパラと音を立てて崩れていく。


 口の渇きと胸の鼓動と腕のだるさが魔物の殲滅を実感させる。これであとはガーゴイルが約束を守るのを待つだけだ。もしガーゴイルが降りてこなかったらどうしようかと若干不安になっていたが奴は約束を守るタイプだったらしい。ゆっくりと俺の前に降りてきた。


 近くで見るとガーゴイルはより石像っぽさが強く、目も人が作った石像のように瞳がなく塗りつぶされている感じだ。だが、ゲオルグ・ストライクをガードした右腕にはヒビが入っており、ヒビの奥には紫色をした人に近い皮膚が見える。もしかしたら体を覆っている石は鎧のような役目を果たしているのかもしれない。


 ガーゴイルは目線の合わない目で俺を見つめると石の手による硬い拍手を贈る。


「素晴らしい、流石は勇者ゲオルグ。魔物より魔物らしい暴れっぷりですね。もはや神獣と言ってもいい」


「ハァハァ……何とでも言え。それより約束は守ったぞ。お前が何者なのか教えてもらうぞ」


「何者……と言えるような肩書はありませんが『ジニア』という名はあります。強いて言えばブレイブ・トライアングルとオルクス・シージに生きる魔物の中で魔王様に次ぐ頂点に近い存在ですね。極端に発達した魔物の中には人語を理解できる魔物もいるのです」


「お前が魔物の中でも突出しているのは分かる。だが、さっきから言っている魔王とはなんだ? 人間の王と同じように大群を指揮できる存在なのか?」


「大群の指揮ならば魔王様の片腕でもある僕にも可能です。恐らく魔王という肩書に正確な定義はないでしょう。単に1番強い魔物が魔王だと僕は解釈しています。魔王様には成し遂げたい目標があり、その為ならば僕や他の魔物も利用する……魔王様とはそういう存在です。今回、僕が指揮をして進軍したのも魔王様の命令ですから」


「ほぅ……なら魔王とやらはどこにいる? 俺に会わせろ」


「ん~、言える範囲で言いますと魔王様は現在お体の調子が良くありません。ですので遠い地で休んでおり、代わりに僕が仕事をしているのです」


「それは残念だな。初めましての挨拶と共に捕まえてやりたかったのだがな」


「安心してください。ゲオルグさんは既に魔王様と会ったことがありますから。と言っても今は貴方から名付けられたルーナスという名前を使っていると思いますがね」


 ジニアはとんでもない情報をサラっと吐き出しやがった。魔物の頂点がルーナスであり、ルーナスとジニアが魔物を群れで操ることができるなんて……。


 前々からルーナスが化け物じみた奴だとは思っていたが魔王だというなら納得もいく。ジニアにグリーンベルを攻めるよう命令している時点でルーナスは100%敵になったと判断して良いだろう。


「そうか、これで躊躇なくルーナスを倒すことができるな。今日は町を攻め込まれて散々な1日だと思ったが、ルーナスと深い繋がりのある魔物に出会えたのはラッキーだった。とりあえず今はお前を捕えて牢屋でゆっくりと話を聞かせてもらうよ。上手くいけばジニアを餌にルーナスを呼び寄せて倒せるかもな」


「……2つ勘違いされているようなので教えてあげましょう。先程も少し言いましたが魔王様は僕も含めた魔物全ての事をどうでもいいと思っています。僕たちは魔王様に憧れ、恐れ、ついていきますが魔王様は目標の為に僕たちを利用しているだけに過ぎないのです」


「へー、そいつは気の毒だな。で、もう1つの勘違いはなんだ?」


「貴方は僕に勝てないということです!」


 瞬時に戦いの声色へと変わったジニアは真っすぐ俺に突っ込んで蹴りをかましてきた。それに対し俺は素手で応戦し、互いに打撃と防御を繰り返す。


 ジニアの打撃は石像の見た目に比例してかなり重たい。だが、動き1つ1つはあまり速くない。これならパウルの方がよっぽど厄介だ。俺は冷静にジニアの拳撃を掻い潜り、ボディーブローを決めた。


「ぐふっ!」


 よろめいたジニアは慌てて後ろに飛んで距離を離す。これなら慎重に戦い続ければ問題なく勝てる……と思った俺だったが、ジニアは殴られた脇腹をさすりながら不敵に微笑む。


「聖剣無しでもこの強さ、流石です。では僕もスピードを上げさせてもらいましょう」


 そう言ってジニアは両足を広げて全身に力を込め始めた。するとジニアの全身を覆っていた石が腹から中心に剥がれていく。そして膝から下と拳以外の肉体をさらけ出してみせた。


 体から剥がれ落ちた石は重く、小さな破片ですら重々しい音を立てて落ちている。露わになった体は半袖の布服に包まれていて、まるで人間の装いだ。だが皮膚の色が濃い紫色で巨大なコウモリ羽と黒い2本の角を有している点が人外であると主張している。


 そして目の部分の石が剥がれたことで初めて瞳を動かしたジニアは鋭い目に自信を宿して微笑む。


「ガーゴイルは自身の体表に石を纏わせることで防御力と破壊力を上昇させることができます。ですが重たいのがネックでしてね。攻撃に使う手足以外は外させてもらいました。これで貴方と互角のスピードになるでしょう」


「そうか、これで退屈せずに済みそうだな。だが、気を付けろよ? 石を纏っていない部分を殴られないようにな」


「貴方も気を付けることです、口の利き方にね!」


 怒りを乗せて前進したジニアはさっきまでとは比べものにならない連撃を繰り出してきた。以前のルーナスに匹敵するスピードは俺の顔から笑みを消す。


 だが、対応できない速度ではないし、修行で強くもなっている。俺は攻撃を掻い潜りながら両手を伸ばしてジニアの両肘を掴んで動きを止めた。


「ぐっ……離しなさい!」


「離せと言われて離すわけないだろう。このまま1撃で沈めてやる」


 俺は両肘を掴んだまま首を後ろに逸らす。とっておきのヘッドバットを決めてやる為だ。ジニアもそれを分かっているのか必死に腕へ力を込めて抵抗しているが無駄だ。


「観念しろ、ジニア! 喰らえっ!」


 俺はバネのように上半身をしならせて全力の頭突きを繰り出す。しかし、ここで予想だにしないことが起きてしまう。なんと頭突きを繰り出している俺の左頬にジニアの足……あらため回し蹴りが炸裂したのだ。


「ぐああ!」


 ここで蹴りがとんでくるなんてありえない。俺は確実に両肘を抑えていたはずだ。百歩譲ってローキックなら分かるが、広がっている腕を抑えつけている以上顔への蹴りは足が届くわけがないからだ。


 俺の唇から出た血が地面に滴り落ちる。チカチカした視界に危機感を覚えて堪らず両肘から手を放した俺は距離を取る。


 若干霞む左目の視界でジニアを見つめるとそこには信じられないことに2人のジニアが立っていた。まさか双子が隠れていたのか? と焦る俺に息を切らしたジニアが語る。


「ふぅふぅ……あまり使いたくなかったのですが仕方がない。この分身は僕のスキル『偽の像フェイク・スタチュー』です。増えた手数で貴方を葬ってあげましょう」




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