俺の長い昔話をようやくエミーリアに話し終えた。エミーリアは驚き顔と泣き顔を繰り返し情緒が安定していないようだった。自分のことのように話を聞いてくれているからこそ感情的になっていたのだろう、相変わらず優しい子だ。
「辛い過去を話してくださりありがとうございました。ようやくゲオルグさんが里帰りを避けていた理由、そして村の皆に頼ろうとしなかった理由が分かりました。前者は辛い過去を思い出したくなかったから、後者は自分の運命に村民を巻き込みたくなかったからですね」
エミーリアの言っている事は大体合っている。良くも悪くも勇者として有名になった俺はボルトム王や
世間に注目されている俺がもし監視されているとすれば人里離れたサルキリに戻ることで黒陽に襲われる可能性があるし村を巻き込まれる可能性もある。山奥であるサルキリ周辺ほど暗殺に向いている場所もない。
「ああ、エミーリアの言う通りだよ。だから今日からサルキリを出るまで充分に注意して欲しい。村民もエミーリアもな」
「はい、分かりました。ちなみに今、私に出来ることはゲオルグさんとサルキリの過去を知ったうえで村の皆さんと交流を深めること……そして交流を深めたうえでシーワイル領の魅力を伝え、領地運営を手伝ってくれる同士を探すこと……ぐらいですよね?」
そう告げるとエミーリアは椅子から立ち上がった。もしかして早くも仕事を始める気なのかと焦った俺は彼女を呼び止める。
「ちょっと待ってくれ。移動と昔話で流石に今日は疲れただろう。ゆっくり休んで明日からにしないか?」
俺が提案するとエミーリアはクルリと背中を向けて小声で呟く。
「いえ、仕事に行くつもりではなくて……その、これ以上泣き顔を見られると恥ずかしいので……外で泣いてきます」
エミーリアは理由を告げて逃げるように去っていった。
エミーリアの足音が離れていくのを確認したローゲン爺ちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべて提案する。
「とても良い子じゃな、エミーリア殿は。お前の嫁にどうじゃ?」
「悪い笑顔をしているからそういうことを言うんじゃないかと思ってたよ。エミーリアは確かに良い奴だ。だが、俺なんかじゃ彼女と釣り合えないよ。それに今は恋愛の事とか考えている余裕もない」
「まぁ確かに忙しいか。じゃが、どれだけ忙しくても彼女の事は注意深く見ておいてやるのじゃぞ? あの子は多分……闇を抱えておる」
「闇?」
爺ちゃんは妙なことを言いだすと、額に指を当てて悩み始めた。俺の予想だと多分必死に言葉を選んでいるのだと思う。しばらく考えた後に爺ちゃんは自分なりに見解を口にする。
「上手く説明できないが彼女がゲオルグの話を聞いている時の雰囲気がちょっと普通じゃなかった。普通の人間がゲオルグの過去話を聞いた場合は不憫・怒り・同情・共感……このあたりの気持ちが湧くじゃろう? だが、彼女はそれだけじゃなかったように見える」
「他の感情? 俺にはさっぱり想像がつかないな。なんだそれは?」
「あの子の目にはどこか『悟りと覚悟』が感じられた。さっきも言った通り彼女は絶対に善人じゃ。だが良い人間だからといっておかしな行動をとらないとも限らぬ。だから傍でよく見てあげて欲しいのじゃ」
「多くの人間を見てきた爺ちゃんが言うのなら信憑性が高そうだな。他の人が言っていたら聞き流していたかもだけど。分かった、気に留めておくよ」
「うむ、それじゃあ今日はもう部屋で休むがいい。エミーリア殿の部屋も用意しておくから外に行って呼んでこい」
爺ちゃんの言葉に従って孤児院の外に出た俺はエミーリアを見つける為に周りをうろついていた。すると孤児院の裏側に子供たちが輪を作っており、その中心には瞼をパンパンに腫らしたエミーリアの姿があった。
恐らく号泣しているところに子供たちが集まって心配されているのだろう。人のいないところで泣こうとしたら子供が集まってくるとは。エミーリアは不憫だが、そこが少し可愛く思えた。声を掛けるのはもう少し後にしておこう。
彼女が落ち着くまで待ってから声をかけて部屋に案内した俺は長い1日を終え、久しぶりに孤児院のベッドで横になり、チビたちに囲まれながら眠りについた。
※
サルキリ帰郷2日目以降――――俺とエミーリアとローゲン爺ちゃんは村人を一堂に集めてシーワイル領の現状と人手不足を伝えた。
村人は関心を持つ者から外界を怖がる者まで様々だ。全体周知をしたあとは10日ほどかけて個別に村人の家を尋ねたりしながら有力な人材の確保に動き回った。
郷土愛が強く、やや閉鎖的なところのあるサルキリ民では他領地に誘う事は難しく最初の頃は中々勧誘ができなかった。だけど、ついてくることができない人たちも俺の活動自体には協力的で色々と手伝ってくれて嬉しかった。
特に素晴らしい提案をしてくれたのがローゲン爺ちゃんと同じ年の村長だ。彼は『各分野に長けたサルキリ民を交代制で派遣する仕組み』を提案し、さらに派遣の対価として『子供たちを定期的にシーワイル領の学校で寮生活をさせる』という案を考えてくれたのだ。
村長のおかげで話し合いは一気に加速したからありがたい限りだ。これならパウルに同年代の友達が増えるかもしれない。
結果、俺たちは大人だけで20人もの人材を確保する事に成功した。その内のいくらかはエミーリアの色香に釣られていた気がしないでもないが考えないようにしよう。
子供たちの寮生活については後々詳細を詰めていけばいいから俺とエミーリアの仕事はひとまず終わりでいいだろう。勧誘の仕事をしていない時は爺ちゃんとの訓練にも精を出し、実りの多い帰郷になったと思う。
こうしてサルキリでの12日間を終えた俺は早朝エミーリアと共に村の入口に立ち、爺ちゃんたちに手を振って別れを告げる。
「爺ちゃん! チビたち、村の皆! いろいろありがとな! またな~!」
少し名残惜しさを抱えながら再び馬宿に向けて長い徒歩移動が始まった。往路と違って復路は下り坂だからいくらか楽ではあったが、それでも馬宿までは遠い。結局3日後の昼に馬を預けている馬宿へと到着した。
俺は馬宿主に宿代と馬の預かり賃を渡す手続きを済ませて背筋を大きく伸ばす。
「ふぅ~、疲れたな。まだ昼だが今日はゆっくり休もう。明日も1日中馬に乗ることになるからな」
「そうですね。では先に荷物を片付け――――」
――――おお~~い! ゲオルグゥゥ!
エミーリアの声がかき消されるぐらい大きな男性の声が聞こえてきた。この声は聞き覚えがある。間違いない……武器鍛冶屋のワイヤーだ。
俺が視線を窓に向けると予想通りワイヤーが馬を馬宿に走らせてきており、隣には防具鍛冶屋のログラーもいるようだ。
2人は馬宿横に馬をとめて中にいる俺のところまで駆け寄ってくるとワイヤーが息を切らしながら話し始める。
「大変じゃゲオルグ! グリーンベルが魔物の大群に襲われておるのじゃ!」
「なに? 大群だと? 無事なのかグリーンベルは?」
「うむ、いまのところは大丈夫じゃ。町の者はなんだかんだ頼もしく成長しておるからな。それに最近仲間になったエノールも医者とは思えない身体能力と指揮能力で町を守ってくれておる。1番活躍しておるのはワシの作った武器じゃがな。そうだろログラー?」
「まぁ僕の作った防具の半分程度は活躍していますかね。僕の防具は洗練されたデザインだけではなく耐久力と受け流し性能も高く――――」
2人の鍛冶談義を聞いている暇はない。疲れているエミーリアには悪いがすぐにグリーンベルへ向かわなければ。馬宿主と手続きを改めた俺は3人と一緒に全速力で馬を走らせる。
馬宿から寝る間も惜しんで全力で走ってもグリーンベルに着くのは明日の早朝だ。歯痒いが焦っても仕方がない。それより今は戦況を詳しく聞いておいた方がいいだろう。
「なあログラー、具体的な戦況を教えてくれるか?」
「分かりました。まずグリーンベルを襲った魔物の大群は2つのグループに分かれています。1つは東側から1500匹ほど、もう1つは西側から800匹ほど攻めてきました。いや、正確にいうと少し違うのですが」
「なんだ歯切れの悪い言い方だな。挟み撃ちの形にはならなかったのか?」
「ええ、僕も挟み撃ちにされると思っていました。しかし、奇妙な現象が起きたのです。信じられないかもしれませんが何故か西側の魔物群がグリーンベルを迂回して東側の魔物群と戦い始めたのです」
「はぁ!? 同士討ちってことか? それだと実際は『グリーンベル&西の魔物群』対『東の魔物群』って構図になっている訳か?」
「はい、その通りです。嘘みたいな話ですが……」
ログラーが嘘みたいな話と言いたくなるのも当然だ。魔物同士が争うこと自体は時々あるけれど、それは食物連鎖の関係だったり縄張り争いをしている時ぐらいのものだ。
前者は捕食と抵抗に過ぎない個々の戦いだし、後者はグループ同士の戦いに過ぎないから多くても精々10匹前後の乱戦でおさまる。
だから1000匹を超える魔物同士の戦争なんて本来絶対にありえないのだ。
「訳が分からない状況だな。こういう時はあらゆる最悪の事態が起きると身構えておいた方が良い。皆、覚悟を決めつつ帰還を急ぐぞ!」
3人の頷きを確認して俺は馬を走らせる。普通なら襲ってくるはずの眠気も緊張感で全く眠くない。着々と溜まっていく体の疲労に不安を覚えながら俺たちはグリーンベル周辺を見下ろせる丘に到着した。
眼下の平原には確かに魔物に囲まれたグリーンベルの姿がある。今も西側の魔物はグリーンベルに到着した奴から順番に列となって東側の魔物の元へ向かって戦っているようだ。敵の姿をした味方というのは何ともいえない気持ちが湧いてくる。
とにかく俺たちも合流して東側の魔物を追い払わなければ。本当はすぐにパウルと合流したいところだけどアイツが今、どの辺りにいるのかが分からない。それならば俺は戦闘が激しいポイントに行った方が貢献できるだろう。
再び馬を走らせて近づくと視界一面には大戦争が広がっていた。空には矢が飛び交い、空中の魔物からはブレスが吐かれ、地上にいる人々は大盾や柵や岩でブレスを防いでいる。
中には見知った町民が瀕死になっていたりと目を背けたくなる光景もある。生まれて初めて生で見る戦争の過酷さを痛感することとなった。しかし、落ち込んでいる訳にはいかない。
魔物の大群といえど群れのボス的存在がいる可能性はある。そいつを叩くことができれば戦争を最速で終わらせられるかもしれない。俺は一際多く魔物が集まっている平原のポイントを見つめた。
そこの上空には群れに細かく指を指している1匹の魔物がいた。離れているから正確には見えないがコウモリに似た大きな羽、2本の黒い角、鋭い牙、人型の体、石像のような皮膚を有している……初めて生で見るが恐らくあれはガーゴイル族だ。
あのガーゴイルを止めよう。俺は馬から降り、エミーリアたちを置き去りにする速度でガーゴイルの真下に広がる魔物の群れへと飛び込んだ。