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第20話 リーサ




 あの頃のことは今でもハッキリと覚えている。今から20年前――――俺がまだ7歳だった頃、俺は夕陽の差す孤児院の裏庭でローゲン爺ちゃんと投石訓練をしていた。


 20年前から爺ちゃんと呼んでしまうぐらい老けていたローゲン爺ちゃんは今思うと急いで俺に護身術を叩き込んでいたような気がする。俺自身楽しく訓練していたから何も疑問には思わなかったけれど。


「よし、上出来じゃ。もしゲオルグがどうしても戦わなければいけなくなった時は身の回りにある物を武器にしたり投げたりすることを忘れるな? だが、身を守るうえで1番大事なのは危険な人、怪しい人に近づかないこと、そして逃げることじゃ。分かったな?」


「そう毎日毎日同じこと言われなくても分かってるってば。それよりそろそろ夕飯の準備をしようぜ爺ちゃん。僕、お腹ペコペコで力が全然入らな……ん?」


「どうしたゲオルグ?」


 言葉を詰まらせた俺は孤児院の外へ視線を向け、爺ちゃんも釣られて視線を向ける。そこには俺たちを見つめる1人の女性が立っていた。


 あの女性は最近、40日に1回ぐらいの頻度で護衛や荷物運びの人間を数人連れてサルキリに来ている。そして何故か外から1人で俺たちのことを見つめていることが多い謎の人だ。


 サルキリには存在しない長い金髪と海の様な青い瞳がよく目立つ。猫っぽい綺麗な目にまつ毛も長くて体もスラっとしているから村だと嫌でも噂になる容姿だ。


 俺は小さい頃から綺麗な大人の女性が好きな色気づいたガキだった。だから本来ならあの女性に対してもドキドキしているはずなのだが、不思議とあの女性にはそんな感情が湧いてこない。むしろどこか孤児院の仲間に近いものを感じていた。


 それはあの女性が優しい目でこちらを見ていたからかもしれない。気になった俺は爺ちゃんに尋ねていた。


「なあ、爺ちゃん。あの女の人は誰なんだ? よく孤児院を見ていて怪しくないか?」


「あの人はリーサって名前のただの交易商じゃ。お前が気にすることではない」


「サルキリは3国から放置されている自給自足の村だぜ? なのに交易商? ますます怪しく思えてきたぞ。僕、ちょっと聞いてくる!」


 俺は多分爺ちゃんに止められるだろうと思いながら歩き出した。日頃から怪しい人間に近づくなと言っているのだから尚更だ。なのに爺ちゃん意外にも止めようとせず、それどころか背中を押してきた。


「その……あれだ……刺々しい対応はしないよう優しくな。何かお願いごとをされたりしたら出来るだけ聞いてやれ」


 妙に歯切れの悪いアドバイスに首を傾げながら俺はリーサに近づいて声を掛けた。


「はじめまして、リーサさん。僕の名前はゲオルグっていうんだ、よろしくな。リーサさんは交易商をしているんだよな? ローゲン孤児院に何か用か?」


 俺に声をかけられたリーサは目を見開いて驚いたもののすぐにまた優しい笑みを浮かべ、腰をかがめる。


「じろじろと見てしまってごめんなさい。特に用があるという訳ではないのだけど私にはゲオルグ君ぐらいの子供がいたから、ついつい見てしまってね。不快にさせたならごめんなさい」


 若く見えるし声も若いから7歳の子供がいるようには見えないけれど哀愁に満ちた目は子供目線からでも深い人生経験を醸し出しているように見えた。


 当時の俺はリーサを放っておくのはよくないように思えて気が付けば裏庭のベンチに呼んでじっくりと話し込んでいた。


 リーサの仕事の話は正直よく覚えていないけれど彼女には昔、ギオスという名の子供がいて、その子を俺に重ねてしまうと言っていた。その話は7歳の俺からしたら重たい話で凄く心配した記憶がある。


 気が付けば30分以上話し込んでいたらしく空は暗くなっていた。リーサは申し訳なさそうに立ち上がる。


「ごめんなさい長話をしちゃって。じゃあおばさんはそろそろ帰るわね。サルキリには定期的に来るから、その時はまたおばさんと話をしてくれたら嬉しいな」


「うん、僕も外の話が聞けて楽しかったからまた話したい! また来るのを楽しみにしてるよ、リーサさん」


 それから時間は流れ――――初めて会話をした日以降も俺は定期的にリーサとの会話を楽しんでいた。会えるのは40日に1回ぐらいだけどリーサは毎回本当に楽しそうに話してくれていたから俺も凄く嬉しくて彼女が来る日を指折り数えて待つ日々が続いた。


 彼女との会話も10回は超えた頃だろうか。俺はリーサが時々口にするギウスという子供のこと、そしてリーサの夫がどんな人物なのか気になっていた。


 しかし、リーサは以前『ゲオルグ君ぐらいの子供がいたから』という言い方をしていたことから恐らく亡くなっているだろうと推測していた。夫の話を一切しない点からも離婚か死別している可能性が高いだろうと考えて聞くに聞けなかった。


 だけど俺はどうしてもリーサのことを深く知りたかった。せめて情報を集める事はできないかと考えた俺はサルキリに存在する新聞などからリーサのことを調べようと村中を歩き回った。


 交易商ならば時々有名な人もいるし、新聞に宣伝を打っている可能性もあると考えての調査だったのだがリーサの名は見つからず上手くいかなった。


 だが、新聞を調べまわっているうちに俺は交易とは全く関係の無い観光のページを目にし、驚きの事実を知った。それはブレイブ・トライアングルで流行っている子供の命名についての記事だった。


 そこには男の子の名前で人気なものの中に『ギウス』と『ゲオルグ』が入っていたのだ。それだけならまだ偶然と片付けられそうなものだが、2つの名に込められた意味がどちらも『大地を耕す武神ゲオルギウス』から抽出した名前らしいのだ。


 リーサが気に掛ける俺、そしてリーサの子供、その2人の名が同じ由来で、しかもリーサは人口300人もいない辺鄙な村サルキリに度々足を運んでいる。この時点でどうしても色々と考えてしまう。


 気が付けば俺はローゲン爺ちゃんのいる部屋へと入り、リーサについて尋ねていた。


「なあ爺ちゃん、教えてくれ。リーサさんはもしかして僕の母親なのか? リーサさんの子供の名前と僕の名前の由来が同じだし、彼女はいつも優しい表情で僕に構ってくれるから……」


「…………お前は何でもよく調べて頭も切れる子供じゃな。だが考え過ぎじゃ。リーサはただの交易商じゃ。いつも通りほどほどに仲良く接しておればよい」


「爺ちゃんがわざわざ『ほどほどに仲良く』なんて言い方をしているのも僕は気になってたんだ。もしかしてリーサさんは僕やサルキリと深く関われない事情があるんじゃないの?」


 元々ローゲン爺ちゃんは社交的な人間だ。なのにリーサに限っては挨拶や雑談を交わすところをほとんど見たことがない。悪く言えば無関心な態度を貫いている爺ちゃんが子供心に印象的だった。


 そのせいかリーサに関して切り込まれたのがよっぽど都合が悪かったらしく、爺ちゃんは初めて道理の通らない怒鳴り声をあげ、机を叩く。


「いい加減にせんか! ワシの言う事が信じられんのか! 子供は難しい事を考えずに子供らしく遊んでおればよい!」


 正直、爺ちゃんがめちゃくちゃ怖かったけど、逆に言えば爺ちゃんの言動で俺はリーサが母親だと確信を持てた。あとはリーサから直接確かめるだけだ。


 今度リーサと会う時は誰にも邪魔されないよう村から離れた場所にある滝に行き、完全に2人きりの状態にしてから真実を確かめよう。そう決めた俺はリーサが来る日を待ち続けた。







 爺ちゃんに怒鳴られた日から25日後――――リーサの姿を確認した俺は待ちきれないと言わんばかりに彼女へ『村の外にある滝へ一緒に行って欲しい』とお願いした。するとリーサは少し困った表情を浮かべるとすぐに笑顔で頷きを返してくれた。


「何か事情があるみたいね、分かったわ。護衛と荷物運びをしてくれている人たちに少し離れると連絡してくるわね」


 一応、仕事で来ているリーサに対して申し訳ないと思いつつ俺は連絡が終わるのを待っていた。戻ってきたリーサと合流して滝へと出発した俺たちは20分ほどかけて移動し、見上げるほどに大きなサルキリ滝へと到着した。


 2人で大自然の空気を肺に取り込みリラックスしているとリーサが先に口を開く。


「村以上に空気が美味しくて良い場所ね。ゲオルグ君はどうして私をここに連れてきたの?」


 いきなり本題に突っ込まれて少し動揺したけれど、あの日からずっと覚悟は出来ている。俺はリーサの目を真っすぐ見上げながら問いかける。


「正直に教えて。もしかしてリーサさんは僕のお母さんなの?」


 俺は躊躇せずリーサに詰め寄った。今、思うと真実を待ちきれなかったのだろう。


「急に何を言い出すの? ゲオルグ君にギウスの影を重ねていたのは認めるけど私はゲオルグ君の母親じゃないわ」


 当然否定すると思っていた俺は母親だと考えた根拠を順番に伝えていった。俺が話す度にリーサの顔が深刻になっていたけれど、それでも彼女は認めようとしなかった。


「まだ8歳になったばかりなのに色々推測できて偉いわね。でも、男の子に付ける名前として人気だからこそゲオルグ君とギウスは被ってしまっただけよ」


「理由をいくつか並べたけど1番疑いを深めた理由は別にあるんだ」


「……それは何かしら?」


「爺ちゃんの態度だよ。この話をした時に爺ちゃんは怒ったんだけど、いつもと怒り方が全然違ったんだ。僕が悪いことをした時は必ず目線を合わせてくれるし、直すべき点も教えてくれる。なのに今回はそれがなかった。そもそも爺ちゃんは理不尽に怒鳴る人じゃない。誤魔化す為、逃げる為に怒鳴ったんだと思う。俺は爺ちゃんについて詳しいんだ」


「…………」


 リーサは俺の目を見つめたまま黙ってしまった。何て言えばいいのか分からず俺も沈黙しているとリーサは突然頬に涙を伝わらせて俺の事を優しく抱きしめる。


「本当に……本当に人のことを良く見ているわね。優しい子……ローゲンさんの育て方が良かったのね」


「……泣いてるってことはリーサさんを母親だと思っていいの?」


 俺が問いかけると顔の横でリーサの頷く振動が伝わる。この時の俺は血の繋がった母親がいた喜び、今まで放っておかれた寂しさなど、色々な感情が溢れていた。だけど泣いている母さんが心配だったから感情を爆発させはしなかった。


 俺を抱きしめたまま泣いている母さんが落ち着くまで待ち、ようやく抱擁を解いたところで俺は1番聞きたかったことを尋ねる。


「リーサさん……いや、母さんはどうして俺をサルキリの孤児院に預けたの?」


「……貴方を危険な目に合わせたくなかったの」


「え? それってどういう意――――」


 俺が言葉の真意を尋ね返したその時、母さんはいきなり両手にナイフを持って構え、俺の後方を見つめた。何か獣でも現れたのかと俺が振り返るとそこには真っ黒なローブに灰色の仮面をつけた3人の男が立っていた。


 訳の分からない状況に困惑した俺が母さんを見つめると緊張により吹き出たであろう汗を顎から落としている。それだけでローブの男たちが危険な人物なんだと幼い俺でも理解できた。


 特に3人の男の中で真ん中に立っている奴は仮面の中央に黒い太陽の刻印を刻んでおり、立ち姿ひとつとっても強者であることが感じられる、恐らくリーダーなのだろう。


 仮面のリーダーは俺たちのいるところへゆっくりと歩いてくると少し弾んだ声で笑う。


「ようやく見つけましたよ、リーサ殿。いつも護衛を連れていたり、人通りの多いところにいるので襲撃するタイミングがなく苦労しました。あの方にとって汚点となる貴女をやっと消すことができます」





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