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第18話 ゲオルグの家族




「実はゲオルグがゴレガードを離れて以降、僕のところにもルーナスが来ていたんだ。しかも、3回もな」


 クレマンは定例会では明かしていないとんでもない情報を暴露する。驚いた俺は質問を重ねる。


「3回もだと? 奴は何のために近づいてきた? クレマンとも戦ったのか? いつ接触してきたんだ?」


「ちゃんと答えるから落ち着け。まず僕とルーナスは戦っていない。奴は30日ほどの間隔で僕に接触してきては褒めたり煽ったりを繰り返すだけだった」


「褒めたり煽ったり? どういうことだ?」


「褒めるに関してはそのままの意味だ。勇者としての素質は高いからこのまま体術と魔術を鍛えて聖剣スキルの練度も上げていってほしい、期待しているよ……ってな」


「勇者ファンを自称しているルーナスらしいと言えばらしいが。ん? ちょっと待て、クレマンはもう聖剣スキルを開花させているのか?」


 俺が声を裏返して驚いたのが嬉しかったのかクレマンはこれ以上ないしたり顔で語り始める。


「フン、当たり前だ。ゲオルグやパウルとは出来が違う。僕は唯一の完全な勇者だからな。三聖剣祭さんせいけんさいで聖剣グラムを抜いた時、既にスキルを会得していたぞ」


「良かったな、おめでとうクレマン! ちなみにどんなスキルなんだ?」


「クソッ、ちょっとは悔しがれ、何がおめでとうだ。スキルが無くても僕より上だと言いたい訳か? 気に喰わん。まぁどっちみちお前にスキルを教えるつもりはない」


 露骨に機嫌が悪くなりやがった。もはやクレマンが俺を超えない限り永遠に仏頂面を眺めなきゃいけないのかもしれない。


 クレマンはスキルを教えないと言っているが、そもそも歴代勇者たちはスキルが判明したら世間に公表したうえで世のため人の為に役立てるのが通例だ。


 もしかしてよっぽど役立たないスキルなのだろうか? もしそうなら三聖剣祭さんせいけんさいで俺相手にスキルを使わなかった理由にも説明がつくわけだが。


 これ以上、掘り下げるのはやめておいてやろう。


「じゃあ聖剣スキルの話はおしまいだ。次はルーナスの煽りとやらを聞かせてくれ」


「……思い出すのも不愉快だが、ルーナスはひたすらゲオルグに比べて僕が劣っていると煽ってきたんだ。ゴレガードの宿屋で初めて会った時は『クレマン君はクレマン君なりに研鑽を積めばいい』と言っていたのにな。奴の考えがさっぱり分からない」


 まるで飴と鞭だ。俺はルーナスが『大事に育てている2つのピースがある』と言っていたことを思い出していた。1つは俺だと言っていたけど、もう1つはクレマンなのではないだろうか?


 今のところ敵にしか思えないルーナスが何故俺やクレマンを育てたいのかが本当に分からない。やはりもっと情報が欲しいところだが今はこれが限界だろう。またルーナスと接触した時はクレマンと情報交換するのが良さそうだ。


「色々教えてくれてありがとな。よかったら今後もルーナスと接触することがあれば情報交換しないか? クレマンがルーナスと接触したことは内緒にしておくからよ」


「いいだろう。じゃあこれで話は終わりだ」


「ああ、じゃあな」


 俺は背を向けてパウルが待っている方へと歩き出す。するとクレマンの足音が止まり、呼び止められた。


「待て、ゲオルグ。1つ言い忘れていた。お前がシーワイル領に行ってから町の人口が増え、多くの町民が慕ってくれているだろう?」


「ああ、おかげさまでな。だが、それがどうかしたか?」


「いいか? 町民はゲオルグが勇者だからついてきているだけだ。勇者と聖剣はブランドなんだよ。お前も肝に銘じておけ」


「……足を止めて損したよ、じゃあな」


「チッ……」


 クレマンとの別れはいつも後味が悪くなる。奴は単に俺が嫌いだから噛みつきたかっただけかもしれない。だが言っていること自体は一理あるかもしれない。思えばグリーンベルに行った初日から大歓迎ムードだったし、俺に敵意を向ける町民は1人もいないからだ。


 そしてクレマンの言葉にはもう1つ説得力を上げている要素がある。それは『お前も肝に銘じておけ』という部分だ。


 お前『も』……なんて言い方をしている時点でクレマンが勇者という称号に引け目を感じていたり、周りがクレマン自身を見てくれていないことを示唆している。


 あいつはあいつで大変なのだろう。次に会う時はもう少し寄り添えるように頑張ってみよう。勇者を救うのも勇者の仕事だ。そんなことを考えながらパウルと合流し、以降は街を歩き回って観光を楽しんだ。







 定例会から3日後の夕方――――グリーンベルのギルドに戻ってきた俺はパウルがルーナスと接触したという情報以外、全てを仲間たちに報告した。


 診療所のエノールが後日仲間入りし、もしかしたらエノールが他に仲間を連れてきてくれるかもしれないという報告は町民たちに元気と希望を与えられたと思う。


 馬車移動や会議で体は全然動かしていないのに妙に疲れた俺は少し早めにギルドから抜けさせてもらい、ボーっと川沿いを歩いていた。


 すると後ろから誰かが駆けてくる音が聞こえて振り返ると、そこには息を切らしたエミーリアが立っていた。


「よかった、追いつけましたね」


「ん? どうかしたかエミーリア?」


「いえ、用事というよりは……その、なんだかゲオルグさんが元気ないように見えて。もし、何かあったのなら私に話してみませんか?」


「ああ、悩みって程じゃないんだが実は――――」


 何故だろうか、俺は気が付けば『町民はゲオルグが勇者だからついてきているだけだ』と言ったクレマンの言葉について色々と考えてしまっている現状をエミーリアに伝えていた。


 自己分析をするならばきっと俺はまだ自分に自信が持てていない……のだと思う。腕っぷしが強いだけで聖剣も完全には抜けていないし、紋章に至っては3人の中で1番光らせられていない現実があるからなおさらだ。


 だが、悩んでいる俺とは裏腹にエミーリアは吹き出すように笑う。


「あはは! 勇者だからついていってる訳ないじゃないですか! みんなゲオルグさんが好きだから一緒にいるに決まってるじゃないですか」


「え? そんなに笑うことか?」


「それは笑いますよ。周りからの好意に鈍感すぎますから。じゃあ王様とゲオルグさんで比較して考えてみましょう。世の王様は恐れ多くて失礼なことを言えない立場ですし、ガチガチに礼儀をわきまえないといけませんよね?」


「まぁ、そうだな」


「でもゲオルグさんはそんな扱いをされていますか? お年寄りからは孫扱い、幼児からはパパ扱い、服屋さんからは手作りセーターをプレゼントされ、酒場では町民から肩を組まれて酒を飲んでいます。そんな人が『勇者だからついてこられているだけの存在』に該当しますかね?」


「そう言われたらそんな気がしてきたな。ありがとう、自分を見つめ直して町人の心を知る良い機会になったよ。俺には頼り、頼られる町民がいるから大丈夫だな」


「その通りですよ。だから下ではなく上を向いてお散歩を続けましょう」


 優しく明るいエミーリアのおかげで心がスッと楽になった。その後俺たちは目的もなく川沿いを歩き雑談を続けていた。


 若干エミーリアがクレマンへの怒りを露わにしていて俺がなだめる流れになったりもしたけれど楽しい時間は過ぎていき、空も夜に染まり出していた。


 そろそろエミーリアを家に送った方がよさそうだ。俺はギルドの近くにあるエミーリアの家……改め診療所まで送って別れの挨拶をするとエミーリアが呼び止める。


「ちょっといいですか? 明日以降ゲオルグさんはどう動かれるつもりですか? エノールさんと同様にまた他国の人間に力を貸して欲しいと要請に行かれるのですか?」


「そうだな、暫く外向きの仕事が増えると思う。町民の素晴らしさを噛みしめたところでシーワイル外の仕事が増えるのは寂しいし残念だな。とはいえ町民は各々の仕事で忙しいし、勇者は国交の象徴でもあるから1人で頑張ってくるよ」


「1人で……ですか。その件についてお聞きしたいことがあります。思い切ってゲオルグさんの家族に力を借りてみるのはいかがでしょう?」


「提案してくれたのに申し訳ないが俺には家族がいないんだ。ずっと孤児院育ちで兄弟もいなくてな」


「家族は血の繋がった者だけを指す言葉ではないですよ。育ての親も孤児院で共に育った仲間もゲオルグさんにとって家族です。独自の発展を遂げて狩猟技術に長けたサルキリの人々ならきっと強い力になると思いますし、ゲオルグさんが頼めばついてきてくれると思うのです」


 エミーリアの言うことはもっともだ。だが、それでも俺は故郷の力を借りることに抵抗がある。故郷の人たちは皆優しくて頼りになるから俺は大好きだけれど、同時にサルキリを俺の運命に巻き込むのが怖い……。19年前に起きた事件を思い出すと未だに辛く――――


「どうかしましたかゲオルグさん? 少し顔色が悪いような」


「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていてな」


「なら良かったです。もし私の提案で何か不快な思いをさせてしまっていたらどうしようかと。実はこの提案をした理由は私の子供時代にも関係があるのです。以前、私の母が病気で寝たきりになっていると言っていたのを覚えていますか?」


「ああ、もちろん覚えてるよ。家庭が大変でも医者になれたエミーリアに対して一層尊敬が深まったエピソードだからな」


「恐縮です。医者になることができた理由の1つなのですが、実は私の学力を買ってくれたお金持ちのオジ様がいましてね。教育費や寮費などを払ってもらえた過去があるのです」


「粋な金持ちもいたもんだな。保身ばかりの貴族に聞かせてやりたいぜ」


「ええ、私も凄く感動しました。この経験があるから私は血の繋がりのない家族や絆に着目したのです。支援してくれたオジ様はこの話を一切口外しないので私も基本的には黙っていたのですが、ゲオルグさんの助けになりたいので話させていただきました」


 あまり過去を語らないエミーリアがここまでしてくれているのなら俺も腹をくくるべきなのかもしれない。


 もう、うだうだ考えるのはよそう。そしてサルキリへはエミーリアにも同行してもらって俺の昔話を故郷の仲間たちを交えて聞いてもらうことにしよう。それが勇者として俺が踏むべき次のステップだ。


「ありがとうエミーリア。決めたよ、俺はサルキリに行って故郷の人たちに力を貸して欲しいと頼んでみる。それで1つお願いがあるんだが、エミーリアもついてきてくれないか? 1人で行くより説得できる確率が上がるだろうし、俺の故郷も見てもらいたいからさ」


「はい! 喜んで! ではエノールさんがグリーンベルに来て、医者の仕事をある程度シェアできるようになり次第サルキリに向かいましょう」


「ああ、よろしく頼む。それじゃあ今日はありがとな。おやすみ」


 俺は手を振りエミーリアと別れて自分の家である洞窟へと戻って横になった。


 明日からはサルキリに行く準備を進めるとしよう。孤児院の皆は、故郷の皆は元気にしているだろうか? まだ離れて1年も経っていないのに故郷が恋しくなってきた気がする。そんなことを考えているうちに瞼が重くなってきた――――





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