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第17話 勇者の素質




 定例会が始まってから2時間が経ち、ようやく話し合いを終えた俺たちは大臣の挨拶を経て解散となった。


 もう2度来たくないなぁ……と思いながら凝り固まった体を伸ばしていると1人の中年男性貴族が俺に近づいてきた。貴族は体にジャラジャラと宝石を付けてナマズみたいな髭と目をした鼻につく見た目をしている。そんな彼は見た目通りの嫌味を俺に吐き捨てる。


「いや~、残念でしたなぁ勇者ゲオルグ殿。我がキーバット家はゴレガード王に近しい貴族でね。だから本当はもっとシーワイル領を支援してあげたかったのだが」


「……お心遣い感謝する、キーバット殿」


 俺が返答するとキーバットと名乗る貴族は露骨にムッとした表情を浮かべて溜息を漏らす。


「ハァ~。私の言葉の意味を理解できていないようだねぇゲオルグ殿。君はもっと世渡りを勉強した方がいい。君は聖剣を抜いた、あの日から立ち回りを間違えているのだよ」


「聖剣を抜いた日から?」


「考えてもみたまえ。君は勇者になってすぐに国の象徴ともいえるクレマン様を倒し、名誉を傷つけたのだ。加えてシーワイル領では大活躍の日々、鼻につくものも多いだろうねぇ。もしかしたら私の友人たちもシーワイル領との交易を渋り始めるかもしれない」


 つまりコイツは釘を刺し、出しゃばるなと言いたい訳だ。私が交易を渋る……ではなく『私の友人』がという言い回しをすることで圧力をかけつつ保険もかけているところに腹が立つ。


 だが、ここは俺個人の感情を優先する場面ではない。シーワイル領の未来を考えた返答をしなければ。


「クレマンと戦った時は互いに好不調の波があった。だから対等な条件なら自分が負けていただろう。誤解されても困るから新聞にでも書いてもらいたいところだな」


「ほう……ようやく君も自分の立場が分かってきたようだね。勇者ゲオルグ殿の口から直接聞いた言葉だから私が責任をもって新聞社に連絡しておこう。ちなみに……これはひとり言だが交易についてもきっと今まで通りだろうね」


「……ありがとう……ございます」


 俺が頭を下げると貴族は満足そうに笑いながら去っていった。そんな貴族が別の人間のところへ行ったのを見届けたところでパウルが俺に詰め寄る。


「オッサン! なんであんな奴の言うことを聞くんだよ! 今のオッサンの立場は名誉ある勇者なんだぞ? シーワイル領の代表なんだぞ?」


「パウルが怒る気持ちは分かる。だが、勇者とは力と心が強く、人々を助けられる者を指す言葉だ。だから俺が無様に頭を下げるだけでシーワイル領の皆を救えるなら安いもんだ。戦いっていうのは武力のぶつけ合いだけじゃない。言葉や生き様だって勇者の戦いなんだ」


「頭を下げるだけ……勇者の戦い……分かるような分からないような……。めちゃくちゃ腹を立てているオイラには勇者の素質が無いってことなのかな?」


「いや、それは違う。悔しさだったり、筋の通らないことに怒ったりする心は正義を貫く為の燃料になる。忘れちゃいけない気持ちなんだ。ただ大人になって色々な理不尽を経験すれば『頭をクールに、心は熱くする技術』が身につくだけなのさ。とはいえ俺もまだまだ未熟者だけどな」


「……オイラちょっとずつ勉強していくよ。オッサンの後ろ姿や学校の授業を参考にしながら少しずつな」


 なんとかパウルを説得できたようで一安心だ。会議自体は後味の悪いものだったがパウルにとって良い社会経験となっただろう。あとは街を適当にぶらついてパウルに何か好きな物でも買ってやってから宿屋に戻るとしよう。


「じゃあそろそろ城を出るぞ、パウル。気晴らしにどこか遊びに行くぞ」


「やった! どこにいこうかなぁ……ん? オッサン向こうを見てくれ」


 パウルが指差す方に視線を向けるとそこにはボサボサの白髪、無精髭、そして丸い眼鏡をかけたエノール診療所の爺さんことエノールが立っていた。三聖剣祭さんせいけんさい後にパウルが怪我をして世話になった人だ。エノールは俺と目が合うと手を振りながらこちらへ近づいてきた。


三聖剣祭さんせいけんさい以来じゃな、ゲオルグ。隅の方で会議の様子を見ていたぞ」


「エノールさんも呼ばれていたのか! ってことはあんたも国の重要人物扱いされているんだな。恰好悪いところを見られたな」


「いや、数でこられた以上仕方がないじゃろう。とはいえ、いけ好かない貴族共だのぅ。会議の後、ゲオルグに絡んできたキーバットも鬱陶しかったしな。ワシは奴の屋敷に訪問医として丁重に招かれておるから今回の定例会にも呼ばれたんじゃがのぅ。あんな奴を診療していたかと思うと嫌になるわ」


「キーバットとのやりとりまで見られていたのかよ……。まぁいい、それより何か用があるのかエノールさん?」


「うむ、2つほど伝えたいことがある。1つはワシをシーワイル領で働かせてくれんかのぅ?」


「え? 俺らのところに来てくれるのか?」


 びっくりした俺が聞き返すとエノールは理由を語ってくれた。どうやらエノールはシーワイル領の評判を聞いて興味が湧いたらしく、加えて定例会を経て完全にゴレガードの貴族が嫌になったらしい。


 自分が経営している診療所も娘夫婦に預ける良い機会だと語っており決意は固そうだ。もちろん断る理由なんかないから礼を言っておこう。


「ありがとうエノールさん。正直医者が足りてなかったから凄く助かるよ」


「それはよかった。人手が足りていないのならワシのツテで他の人にも声を掛けておいてやろう」


「重ね重ねありがとな。で、もう1つの用件はなんだ?」


「もう1つはゲオルグというよりパウルに関わることだ。パウルもクソッたれな会議でストレスが溜まっておるじゃろ? だからこの機会に世のことわりの1つである『因果応報』を教えてやろうと思ってのぅ。よく見ておれよ、パウル」


「インガオーホー? よく分かんないけど爺ちゃんを見てればいいんだな?」


 首を傾げるパウルを尻目に歩き出したエノールはさっき俺に絡んできたナマズ顔の貴族キーバットの傍へと移動した。すると何を思ったのかエノールは突然近くの椅子の上に立って全員の視線を集め、大きな声で喋り出す。


「やめじゃ! やめじゃ! 腐敗した貴族の元で医者をするぐらいならやめてやるわい。ここにいる貴族共よ、よーく聞け。自分たちのことしか考えていない奴は必ずどこかで綻びが生じる。胸を張って幸せに生きたいなら3国全ての平和を考えることじゃな!」


 年配者とは思えない破天荒さだ。俺が言葉を失っていると顔を真っ赤にしたキーバットが怒鳴りつける。


「エノール! 貴様どういうつもりだ! 我々を散々馬鹿にしおって! 高待遇の仕事を本気で捨てるつもりか?」


「だからそう言っておるじゃろ。特にキーバット、お前の事は好かん。離れられて清々しい気分じゃ。じゃあな、精々長生きしろよ。それとこれ以上不倫をして病気を移されるんじゃないぞ?」


「ふり……き、貴様! もう許さん! 1発ぶん殴ってやる!」


 エノールさんの暴走が止まらない……まさか貴族の不倫をバラすなんて型破りを通り越してメチャクチャだ。当然、堪忍袋の緒が切れたキーバットはエノールに殴りかかる。


 しかし、エノールは右の手の平で拳撃を受け流すと残る左手でキーバットの体を回転させて怪我をさせず瞬く間に仰向けに寝かせてみせた。


 凄まじくテクニカルな体術だ。人体構造を理解している医者だからこそできる技なのだろうか? と言っても元々喧嘩慣れしていないと目と手が追い付かないはずだが。これは医者としてだけではなく戦闘技術の指導員としても働いてもらえるかもしれない。


 そんなことを考えている間にエノールは窓に足を掛け、一瞬パウルにウインクをしてから城の外へ逃げて行ってしまった。


 エノールはよっぽど貴族の事が嫌いだったのだろう。そして悪い奴に必ず報いがあるから心配するなと身をもってパウルに伝えたかったのだと思う、多分。パウルは口を開けたまま暫く呆然とした後、我に返って呟く。


「なるほど、爺ちゃんはド派手に生きろってオイラに伝えたかったんだな!」


 どうやらエノールの真意はあまり伝わってはいないようだ……あとでそれとなくフォローを入れておこう。まぁ色々とあったけれど頼もしい仲間が増えてくれたことは喜ばしい限りだ。


 まだ昼だというのにとても疲れた。パウルと街をぶらぶらしてリフレッシュするとしよう。俺はパウルと共に未だ騒めいている会議場を後にする。すると城門を出て少し進んでところで両腕を組んで待ち構える1人の男がいた。


 その男は眉間に深い皺を寄せたクレマンだった。クレマンはゆっくりとこちらへ近づき口を開く。


「ゲオルグ、2人で話したいことがある。面を貸せ」


「相変わらずデカい態度だな。まぁいい、少しだけここで待っていてくれるかパウル?」


 俺がお願いするとパウルは意外にも二つ返事で了承してくれた。いつもなら『オイラを除け者にするな!』と駄々をこねるところだが、恐らくクレマンがやたら真剣な顔をしているから空気を読んだのだろう。


 パウルが離れていくのを見届けるとクレマンは俺を睨むようにみつめる。


「キーバットとの会話を聞いていたぞ。対等な条件ならゲオルグが負けていただと? 謙遜もいい加減にしろ。どこまで僕をコケにすれば気が済むんだ!」


 あちらを立てればこちらが立たずと言うべきか。本当に貴族と勇者クレマン様は面倒くさい。まぁ、クレマンは家柄で圧力をかけてくるような奴じゃないだろうし単に負けず嫌いを拗らせているだけだろうから言いたいことを言ってやる。


「クレマンが俺にもキーバットにも気を遣わせているお坊ちゃんだから今の状況になっているんだろ? 悔しかったら鍛えるなり実績を上げるなりすればいいじゃないか。優秀な勇者が増えるなら俺だって大歓迎だ」


「チッ……ああ言えばこう言いやがって。まぁいい、そろそろ本題に移るとしよう。確かゲオルグはルーナスと再度接触したと言っていたな。それに一戦交えたとも」


「戦闘と言っても1分程度の短い時間だがな。それがどうかしたか?」


 俺が問いかけるとクレマンは目に取れるほどに表情を暗くして言葉を返す。


「実はゲオルグがゴレガードを離れて以降、僕のところにもルーナスが来ていたんだ。しかも、3回もな」





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