ルーナスとの再会・戦闘後――――俺はすぐにギルドへ行きルーナスと2度接触したことをパウル以外の主要メンバーへと伝えた。
多くの人間に伝えてもいいものか迷いがなかったと言えば嘘になる。ルーナスの言っていた『内に爆弾を抱えている人間』がいるからだ。
今のところ情報を伝えた者の中に違和感のある反応を示す者はおらず、全員がルーナスを警戒し、俺の事も心配してくれている。少なくとも俺から見る限り結束はより一層固まっている。
シーワイル領の人間は全員良い奴だ、ルーナスの言葉に惑わされるのもよくない。今は目の前のやれることをやっていこう。気持ちを切り替えた俺は『今後、シーワイル領に招きたい外部の人間は誰か?』という話し合いを進め、この日は解散となった。
そしてルーナスとの再会から3日後の朝――――いつものようにギルドへ顔を出すと俺の来訪に気付いた町長ヨゼフが近寄ってきて俺に1通の手紙を手渡した。
「ゲオルグ様、ゴレガード王国の大臣から手紙が届いています」
「大臣から? 読み上げてみるか」
俺は町人たちに周知する為に手紙の読み上げを始めた。どうやら大臣はゴレガード王国で勇者と貴族を集めた定例会を開きたいらしい。特に半人前勇者の俺と台座がついたままの聖剣バルムンクの経過が気になっているようだ。
開催は4日後だからあまり時間はなさそうだ。本当は早く町人たちと『外部の人間を招く件』について詰めていきたかったのだが仕方ない。少しの間、留守にすると言っておこう。
「……という訳だ。だから移動と定例会を含めて5日ほど俺はいなくなる。社会経験を積ませたいからパウルも連れて行こうと思う。みんな構わないな?」
パウルを含めた町人たちが首を縦に振る中、エミーリアが手を挙げる。
「すいません、良ければ私も連れて行ってもらえませんか? 勇者と偉い貴族様が集まる会議に興味がありまして」
王城の医師として働いていたエミーリアなら偉い人間と沢山接しているものだと思っていたが、そうでもないのだろうか? 旅の仲間が増えるのは嬉しいから賛成しようと思ったけれど、俺が口を開くより先にヨゼフが前に出て首を横に振る。
「申し訳ないがエミーリアさんは町にいてほしい。グリーンベル1番の医者である貴女がいなくなると正直かなり不安でしてね。他の者には薬の調合も難しいですし……」
「そう……ですね。ごめんなさい我儘を言ってしまって。では私は留守を預かることにします。頑張ってきてくださいね、ゲオルグさん、パウルさん!」
エミーリアは結構残念そうにしている。今後の彼女のことを考えると自由な時間を作らせる為に医者の増員も必要になりそうだ。外部の人間を招かなきゃいけない理由がまた1つ増えたわけだ。ゴレガードでそれとなく探ってみよう。
※
手紙を懐にしまい、旅の準備を進めつつ仕事を頑張り続けた俺とパウルはあっという間に出発の日となりグリーンベルを後にする。国から国への移動は以前と違って何のトラブルも起きず順調に進む。
2日後の夕方にゴレガードの宿屋へ着き、同室に荷物を置き、俺とパウルは窓からボーっと外を眺めていた。すると宿屋の前で手を振り合う女児と若い女性の姿が目に入った。
「それじゃあバイバーイ。また明日学校で沢山歴史のお話してね、先生!」
「ええ、走って転ばないようにゆっくり帰るのよ、またね」
どうやら教師と教え子によるごく普通の光景みたいだ。だが、パウルは2人のやりとりを食い入るように見ており彼女たちが見えなくなった後、遠くを見つめながら囁くように呟く。
「オイラより小さい子も学校って場所に行っているんだな。同じ年代、同じ知識量の仲間と一緒の場所で勉強したことなんかないから、いまいちイメージが湧かないなぁ」
「だったらパウルも学校に通ってみるか? その様子だといくらか興味はあるんだろ?」
「え? いいのか? オイラは一応勇者候補だし、バリバリ働かなきゃいけないんじゃ……」
「パウルの力を借りたい場面はいっぱいあるが、パウルにだって自由な時間は必要さ。やりたいことをやって、学びたいことを学ぶ時間は大人になってからだと中々確保できないもんだ。俺らのことは気にせずグリーンベルの学校に行くといい」
「へへっ、そっか。じゃあ定例会から帰ったら町長に相談してみる! ありがとな、オッサン。オイラ、学校に行っても勇者の仕事頑張るから心配しないでくれよ」
「ああ、勇者としても生徒としても期待してるぞ。じゃあ、明日の定例会に備えて今日は早めに食事を済ませて寝てしまおう」
いつか勧めようと思っていた学校にパウル自らの意思で通いたいと言ってくれて正直凄く嬉しい。パウルの中で楽しい事が増えればルーナスへの恨みや力への渇望も薄れるのではないかと期待できるからだ。
いつかパウルが勉強と遊びのことだけを考えられる未来が来ますように……と祈りながら俺は宿屋のベッドで眠りについた。
※
天気の良い朝――――ゴレガードの宿屋で目を覚ました俺は準備を整えてパウルと共にゴレガード城へと向かう。
相変わらず分厚く堅牢そうな城に到着し、城門前で兵士に案内された俺たちは城の会議場へと移動すると既に多くの貴族や国の主要人物たちが集まっているようだった。
奥の席にはクレマンも座っており緊張しているのか険しい顔をしている。
ゴレガードで行われる定例会だからクレマンの父であるボルトム・ゴレガード王も出席しているかもしれないと周りを見渡してみたが、どうやら欠席のようだ。
ゴレガードの王という立場なのに前回の
そんなことを考えているうちに
俺とパウルは自己紹介もそこそこにシーワイル領の現状と聖剣バルムンクの状態を伝えた。それに加えてルーナスのことも全て話してしまいたかったが、パウルを刺激してはよくないと考えた俺は『三日月の紋章』と他の見た目の特徴を伏せたうえでルーナスという危険人物がいると情報を伝えた。
参加者たちは俺と互角に戦うルーナスの存在に驚いており、各自真剣に今後のことを話し合っているようだ。会議というより最早喧噪レベルまで騒がしくなった会議場はあっちこっちで個人の見解をぶつけ合っている。
そんな会議場で飛び交う意見を事細かにまとめた大臣は一拍で騒めきを静めると上半身を俺の方へ向けて申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「勇者ゲオルグよ。そなたの言うルーナスの危険性はよく分かった。ゴレガード王国も出来る範囲で助け船をだそう。ただし、あくまで出来る範囲でだ。ブレイブ・トライアングルには優先しなければいけない課題が他にある」
「ルーナスの対処を最優先にしないのか? 半人前勇者の俺はともかく、クレマンだって狙われる可能性があるんだぞ? 大臣の言う優先すべき課題ってなんだ?」
「クレマン様には最高の警備を付けるからゲオルグが心配しなくともよい。我らが1番優先すべき課題は領土拡大だ。そして2番目に優先すべきはゴレガード王国と魔導都市マナ・カルドロンの間を結ぶ堅牢で安全な街道作りだ」
恐らく大臣はブレイブ・トライアングルを広げれば魔物たちの領土オルクス・シージと物理的な距離を開けられるから防衛力が上がると言いたいのだろう。同様に強国同士を繋ぐ街道を強化することも領土拡大に欠かせない要素だという理屈も理解できる。
だが、それでも納得は出来ない。歴史上現れたことのない異質な存在ルーナス――――奴の対応を疎かにしていいとは思えないからだ。
最悪の事態を想定して動くのが施政の基本だと大臣だって分かっているはずだ。それなのにどうして優先順位を下げるのだろうか……。意図が分からない俺は大臣に尋ねようとしたが、それよりも早く周りの貴族のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「弱小国の人間の呼びかけなんぞ、後回しに決まっておるだろうに」
「ルーナスとやらが化物級に強いなら、こちらも化物ゲオルグをぶつけておればいいのじゃ。それなら勝とうが負けようが我が国にロスはない」
「ルーナスとの戦いでクレマン様を危ない目に合わせる訳にはいかぬだろう」
ようやく理解できた。ゴレガードの貴族もマナ・カルドロンの貴族も自分都合なんだ。そうなるとまず矢面に立たされるのは戦力も発言力も弱いシーワイル領となるのは当然だ。
3国を仮に3人組の人間関係で考えてみれば2人が示し合わせて1人を潰す構図なんていくらでもある……それが今なだけだ。
ここは一旦退いた方が良さそうだ。今にも噛みついていきそうなパウルをなだめて椅子に座った俺は会議が終わるのを待ち続けた。シーワイル領を助けない理屈を聞くだけのくだらない時間はとても長く感じる。