「久しぶりだね、ゲオルグ君」
ルーナスは以前会った時と同じローブを羽織り、飄々とした口調で挨拶する。相変わらずの神出鬼没っぷりに俺は苛立っていた。
「何故お前がここにいる? 何しに来やがった」
「つれない態度だねぇ。別にどこの誰が来てもいい場所だろうグリーンベルは。私がここに来たのは勇者のファンだからさ。だからさっきゲオルグ君の独り言に賛成だと言ったのさ」
胡散臭い態度をとりながらも奴はいつも『敵ではない』と言っている。だが、先日パウルから聞いた情報から察するにルーナスはパウルの兄貴分を殺した男だろうから仲良くなれるはずがない。
ここは警戒を解かずに話を進めてルーナスから出来る限り情報を集めなければ。
「じゃあ勇者ファンだというお前の最終目的は何だ? まさかサインが欲しいだとか、一緒に働きたいだとか言うつもりじゃないだろうな?」
「そんなことは望まないよ。ただ、力になれる範囲でゲオルグ君の力になってあげたいのさ。ゲオルグ王国と言ってもいいシーワイル領は力も数も増えてきている。だけど君の言う通り知識人が少し足りていない」
「その『ゲオルグ王国』って言い方はやめろ、異様に腹が立つ。町人は全員が主役であり脇役なんだ。だから俺だって町の1欠片に過ぎない」
「あー怖い。ゲオルグ君の過去的に『王国という言葉を関連付ける』のは禁句だったかな? ごめんごめん。っで、話を施政に戻そうか。もしグリーンベルに最初から魔物に詳しい人間がいればダークシェロブを自爆させてしまうような失態は犯さなかったはずだと思わないかい?」
ルーナスはさらっととんでもない情報を2つも吐き捨てやがった。1つは俺の過去を知っているということ。そしてもう1つはダークシェロブが自爆して俺たちのパーティーに大打撃を与えた過去を知っているということだ。
後者は旅人に扮して噂を聞いたと考えればギリギリ分からなくもないが、それでも相当低い確率だ。
「何故ルーナスはそこまで俺や町のことを知っているんだ? まるでずっと監視でもしていたかのように」
「さあ、どうしてだろうね? もしかしたら町にスパイや裏切り者でもいるのかもね。私の言う通りだとしたらゲオルグ君はどうする? 勇者らしく真っすぐに『裏切り者なんていない!』と断言してみせるかい?」
今、確信が持てた。ルーナス自身目的があるのかどうかは分からないが、しきりに俺を煽りたがっている。それが分かった以上、煽っても無駄だと返すのが正解なのだろう。だけど不思議と俺は淡々と本心を吐露していた。
「裏切り者がいたら……か。それならそれでいい」
「それでいいだって? どういうことだい?」
「裏切る奴には裏切る理由があるからさ。俺は裏切り者が裏切るのをやめたくなるぐらい楽しい領地生活を提供するだけさ、勇者としてな」
「……随分と自信家な勇者だね」
「別に俺自身の力が凄いとは言ってないさ。ただ、1人や2人裏切り者が現れようが関係ないぐらい強い場所を作れるポテンシャルがある……そう町民を信じているだけだ。あいつらならやれる、絶対にな」
俺が真っすぐ言い返すとルーナスは一瞬目を見開いて驚いた後、すぐに声に出して笑いだす。
「あっはっは、いいね、最高だよゲオルグ君。ホントのことを言っちゃうとシーワイル領に裏切り者はいないよ。まぁ厳密に言えば『爆弾を抱えている人間』はいるけれどね。と言っても、その事実すらゲオルグ君にとっては何の問題もないと言われちゃうのだろうけど」
「だいぶ俺のことが分かってきているじゃないか。もうお前の言葉は何も効かない。口を閉じることをお勧めする」
「あらら、完全に論破されちゃったよ。じゃあ最後に捨て台詞……いや、ヒントを与えていこうかな。ゲオルグ君はよ~~く考える事だ。私がどうして情報を得られたのか……についてね。そうすることで知見を得て、世界の真実に1歩近づけるかもよ?」
「グダグダとうるさいんだよ。何だったら力づくでお前を捕えてから聞いてもいいぞ。不審者扱いでもいいし、パウルの兄貴分を殺した容疑でもいい!」
イライラが頂点に達した俺は気が付けば聖剣バルムンクを構えていた。するとルーナスは邪悪な笑みを浮かべてローブから剣を取り出した。
その剣はフォルムだけをみれば普通の剣だが柄の部分がサイズダウンした人間の頭蓋骨みたいになっている。刀身もまた手足の骨を彷彿とさせる素材をしているが何故か紫色をしていて禍々しさが半端ではない。
そもそも奴は人間なのだろうか? と恐ろしい想像が湧いてくる中、ルーナスは少し上擦った声で剣を両手に構える。
「ゲオルグ君のことは気に入っているけど、ちょっと良い子ちゃん過ぎて鼻についていたんだよね。だから少しだけ喧嘩していくことにするよ」
「そうか、奇遇だな。俺もお前がくさいと思ってたんだよ。ちょっとどころの話じゃないけどなッ!」
俺たちは全力で地面を蹴って飛び出した。こいつ相手に手加減は無用だ。1撃に全てを込めた俺は両腕に血管を浮かべて渾身の力を込めて振り下ろす。
ルーナスもまた俺と同じモーションで不気味な剣を振り下ろす。互いの剣がぶつかった瞬間、地面は円状に抉れ、周囲に落ちている葉っぱが四散し、衝撃音が町中に響き渡る。
2つの刀身がぶつかった威力は凄まじく、不覚にも俺の手から聖剣が離れて後ろへ飛んでしまう。しかし、それはルーナスも同じだったらしく互いに剣を後方50歩ほどの距離まで飛ばしてしまう結果となった。
小さなクレーターには素手の2人が取り残される。これが試合ならば互いに剣を取りに行って仕切り直すのが筋だろう。しかし今、俺たちがやっているのはただの喧嘩だ。俺たちは何も言わずとも拳を構えていた。
「気が合うじゃないかルーナス。本当に剣を取りに行かなくていいのか?」
「ああ、構わないよ。これでも剣術より格闘術の方が得意でね。と言っても拳に氷魔術を纏う形になるから
「なんでもいいさ、さっさと始めよう」
そこからは俺たちの拳が行き交うシンプルな殴り合いが始まった。殴り合いと言っても互いの回避力が高く、4つの拳は30発、40発と延々空を切り続ける。
しかし、決着まで1分もかからなさそうだ。互いに息を切らしており、次の1撃に魔力と速度を込めて決着をつける……と暗黙の了解で分かっていたからだ。
少し距離を置いた俺たちは互いに向かって走り出し、全力の右拳を振り抜いた――――結果、俺たちの拳は寸分狂わぬ正面衝突を果たす。
彫刻のように静止する2人。数秒の沈黙の末、最初に動いたのはルーナスだった。ルーナスは右拳を自身の胸の前まで動かすと残りの左手で覆い始める。覆った左手で抑えきれないぐらい右手から血がドクドクと流れており、堪らずルーナスは両膝をつく。
「くっ……やられたよ。拳を氷の魔術で覆っていたというのにこのザマだ。馬鹿力という言葉はゲオルグ君の為にあるのだろうね」
「剣のみの勝負をしていたらどうなっていたか分からないけどな。とはいえお前の負けだ。牢屋にぶち込まれる前に言い残したことはあるか?」
「悪いけど捕まる気はないよ。それに元々今のままではゲオルグ君には勝てないと分かっていたんだ。そのうえで戦ったのだからね」
「なんだと? どういう意味だ?」
「ハァハァ……私には大事に育てているピースが2つあってね。その1つが勇者ゲオルグだ。君は実に理想的に育っている。だけどもう1つの方が上手くいっていなくてね。度々ちょっかいをかけているのだけど難しいものだ。やはり対となるゲオルグ君に頑張ってもらうのが1番の近道なのだろうね」
「もう、お前の訳の分からない喋りはうんざりだ。続きは牢屋の中で聞いてやる。とにかく俺と一緒に来い!」
「さっきも言った通り捕まる気はないよ。力で勝てない相手でも逃げる手段はあるからね」
血を流しながらでも余裕な態度を貫くルーナスは何故か左の手のひらを俺ではなく自身の斜め後ろに向けてみせた。一体何が狙いなんだと手のひらが向いている方に視線を移すと、そちらには複数の民家があった。
「お前、もしかして近づいたら家ごと町民を殺すと言いたいのか?」
「正解~~。察しがよくて助かるよ。私は人の命なんて何とも思っていない。だけど勇者である君に非情な判断は出来ないはずだ。そういうところが勇者の弱いところだよね。だけど私はどうかそのままの君でいてほしいと思っているよ」
「てめぇ……いい加減に……」
俺は強く睨みつけたがルーナスは楽しそうな笑みを浮かべたままゴレガードの宿屋の時と同様に砂嵐を発して逃げて行ってしまった。
勝ったのに負けたと言うべきか。とにかく悔しさが半端じゃない。
だが、落ち込んでばかりもいられない。ルーナスが相当な危険人物だと分かった以上、今まで以上に自分を鍛え上げ、町を強化し、備えておかなければ。
右拳に鈍痛を抱えたまま俺は一連の出来事を報告する為にギルドへと歩き出した。