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第14話 似た者同士




 随分と体が重いし、全身が少し痛い。それにところどころ関節がギシギシと軋んでいるような気がする。そういえば俺はダークシェロブの毒の影響で気を失ったのだったと思い出し、ゆっくりと瞼を開ける。


 俺の視界は夜に染まっており見覚えのあるギルドの天井が映りこむ。どうやら気を失っている間にグリーンベルに運んでもらえたようだ。


 俺以外の仲間は無事なのだろうか? 軋む体に鞭を打って上半身を起こした俺は周りを見渡す。すると俺のベッドの横で椅子に座って寝ているエミーリアの姿があった。エミーリアの両手は何故かボロボロになっていて目の下のクマも凄い事になっている。


 俺は更に周りを見渡すと壁掛けカレンダーの日付が3日進んでおり、机の上にはタオルと氷水を入れた容器が置いてある。それらを見た俺はエミーリアが冷やしたタオルを俺の体に当て続け、不眠不休で治癒魔術もかけ続けてくれていたことを察した。


 エミーリアがここまで頑張ってくれたからこそ俺は痛みで目を覚ますことなく3日間も眠り続けることができたのだろう。もしエミーリアの頑張りがなければ最悪痛みで7日間ぐらい大汗を掻いて苦しみ続けた可能性すらあるだろう。


 感謝の気持ちが心の奥から溢れ出した俺は早くお礼を言いたいと思いながらエミーリアの寝顔を眺め続けていた。すると意外にもエミーリアは5分ほどで目を覚まし、弱々しくも眩しい笑顔を俺に向ける。


「よかった、もう顔色も良いみたいですね、ゲオルグさん」


「ああ、エミーリアのおかげだよ。本当に、本当にありがとな」


「いえいえ、1番頑張ったのはゲオルグさんですから。それより共に遠征に出かけた仲間たちから手紙が届いていますよ。今、お渡しするので少々お待ちください」


 そう言って手紙を渡された俺は仲間たちの手紙を読み続けた。ほとんどが俺への感謝と成功を喜ぶ内容だったが、ワイヤーとログラーだけは末尾に『迷惑をかけて済まなかった。もうちょっと慎重に動くべきだった。これからは職人仕事で恩返しする。仲の悪い奴ともそれなりに協力する』という旨が書かれていた。


 ワイヤーもログラーも真面目だから彼ららしい手紙だと言えるだろう。あの2人が協力し合って仕事をしている様子があまり想像できないが、これから先が楽しみだ。


 俺は大切な手紙の数々をひとつにまとめて棚の上に置くとエミーリアが思案顔で尋ねる。


「1つ教えてください。どうしてゲオルグさんは無茶をしてまでワイヤーさんとログラーさんを助けたのですか? 彼らの毒による皮膚色の変化は紫色にはなっていませんでした。だから命に別状はなかったはずです」


「エミーリアの言う通り放っておいても命は助かっただろうさ。だけどダークシェロブの毒は厄介だ。長ければ15日くらい高熱・頭痛・体の痛みに苦しむ場合もあるんだろ? そんな辛い思いをさせたくなかっただけだよ」


「……その反動がゲオルグさんの苦痛になってもですか?」


「俺は痛みや苦しみに慣れているからいいんだ。それよりも避けたいのが毒に侵された2人にトラウマを植え付けてしまうことだ。長い治療生活がトラウマになったら2人は今後、色々な挑戦に怯えてしまうかもしれない。そうなったら町の発展に大ダメージだ。人生において糧に出来る苦痛なら価値はあるだろうが、トラウマは避けた方がいい」


「ふふっ、ホントにお人好しですね」


 そう告げたエミーリアは薄く笑みを浮かべて俺の左手を両手で優しく包み込んだ。手を触れられたこともそうだが、窓から差す月明りに照らされたエミーリアが凄く綺麗で不覚にもドキドキしてしまった。


 俺は誤魔化すように言葉を返す。


「そういうエミーリアも俺と似たようなことをしているじゃないか。ずっとタオルを絞って、治癒魔術をかけてくれたんだからな。改めて聞かせてくれないか? 勇者でもないエミーリアがどうしてそこまで体を張れるんだ?」


「貴方が頑張る理由と似ていますよ。たった数十日ですが私はグリーンベルが大好きになってしまいましたから。そしてゲオルグさんが眠っている間、町人も凄く寂しそうでしたからね。町人の心をケアするのも医者の仕事です」


「俺らは案外似た者同士なのかもな」


「じゃあパウルさんがゲオルグさんの弟を名乗っているみたいに私もゲオルグさんの妹を名乗りましょうかね……なんちゃって」


「こんなに可愛くて優しい妹なら大歓迎さ。それに俺は孤児院の仲間はいても兄弟はいないから良い気分だ。生意気な弟分パウルをカウントしなければの話だけどな、ハハ」


「私も一人っ子ですよ。父は私が生まれる前に亡くなりましたし母は……」


 エミーリアは話の途中で急に視線を落とす。何か嫌な事でも思い出せてしまったのなら話題を変えた方がいいかと考えたが、何か決心したような表情を浮かべたエミーリアは話を続ける。


「母は……母は今、病気でほとんど寝たきりでしてね。まともに会話もできない状態なんです。だから尚更グリーンベルの温かさが心地いいですし、ゲオルグさんパウルさんとの繋がりが身に染みているのです」


「そうか、大変な人生を歩んでいるのに、それでも勉強を頑張って医者になっているんだから偉いよエミーリアは。ただ体を鍛えて無理やり聖剣を引っこ抜いた俺とは全然違うな」


「えへへ、褒められて気持ちが良いです。ついでに頭を撫でてくれてもいいですよ?」


 疲れておかしくなっているのかエミーリアの甘えっぷりと可愛さが半端じゃない。俺は子猫にでも触れるかのようにそっと手のひらをエミーリアの頭に乗せた。


 ギュッと目を瞑り、少しだけ首をすぼめたエミーリアはすぐに慣れて心地よさそうな気の抜けた笑みを浮かべている。俺の内に湧き上がっている感情が庇護欲なのか、それとも別の何かなのかは分からない。だが今の時間がとても愛おしい。




――――オッサン! 起きてるかァ!?




 突然部屋の扉が開く音が鳴り、一瞬で意識を戻された。この声は間違いなくパウルだ。視線を扉に向けると立っていたのはやはりパウルで、俺とエミーリアを見たパウルは後頭部を掻きながら呟く。


「あー、イチャイチャしてたか。ごめんなオッサン、エミ姉!」


 死ぬほどデリカシーの無い言葉が部屋に響き渡る。エミーリアが頬を染めて俯いてしまっている以上、俺が返事をしなければ。


「どうしたパウル、慌てた様子で。何か事件か?」


「いや、嬉しい知らせだよ。ついさっきダークシェロブの糸を畑の上へ覆わせる作業が終わったところでさ。中々壮観だから1秒でも早く見せてやりたくってさ。細くて半透明の糸だから太陽の光を遮断しないのに鳥の襲撃から守ってくれるんだぜ? ホントにすげえのさ!」


「分かった分かった。今は体が動かないから明日の朝にでも見に行くさ。俺はまた寝るからパウルも夜更かしせずに寝るんだぞ」


「おう、じゃあな2人とも!」


 元気なパウルが去っていくのを見届けたところで眠気が強くなってきた。俺はエミーリアに再度礼を言った後に別れの挨拶をして瞼を閉じた。なんだかんだ順調に事が運んで一安心だ。それにエミーリアの過去を少しだけ知ることができたのも嬉しい。


 エミーリアはパウル程ではないけれど自分の事をあまり喋らないタイプだから、それなりに気を許してもらえたのかもしれない。明日はちゃんと体が動きますように……小さく祈った俺の意識は再び沈んでいく。







 ダークシェロブとの戦い、改め畑の防備完成から早90日が経とうとしていた。畑の防備以外にも川の整備や壊れた石畳の修理などを中心に俺は仕事に励んでいた。


 元々農産物自体の質が良いグリーンベルは畑の防御性能をあげたことで町の産業成果を着実に伸ばしていき評判を上げている。魔物の襲撃が理由で他国に移っていた者たちも少しずつグリーンベルに戻ってきている。シーワイル領の他の畑にも防備対策を普及したことでシーワイル領全体が国力をあげていた。


 結果、シーワイル領の人口も短期間で3000人から3400人まで増え、かつてない成長を見せていると新聞記者アイリスも記事にしてくれていた。まだ要塞都市ゴレガードの人口の1割程度しかいないけれど立派になったものである。


 とはいえまだまだ課題も多い。産業もほとんどが農業・林業に依存しているから他にも強みを増やしていきたいところだ。それに魔物による畑の被害自体は9割以上減らすことができたもののシーワイル領全体としてみればまだまだ魔物の被害は多いのが現状だ。


 これからどうしていくべきか町を散歩しながら考えていた俺は町のはずれにある誰もいない公園に入り、切り株の机にノートを広げて情報を整理していた。


 次に手を打つべきはやはり魔物に対する戦力増強だろう。となると――――


「そろそろ他国との交流を深めて、あわよくば育成のスペシャリストを確保したいところだなぁ」


 俺は気が付けば頭の中で描いていることをひとり言として呟いていた。すると




――――良いと思うよ。私は賛成だね




 町人の誰でもない声がいきなり背後から耳に飛び込む。公園には誰もいなかったはずなのに……それに今の声、町人ではないけれど聞き覚えのある声だ。できれば2度は聞きたくなかったアイツの声だ。


 俺は飛び跳ねるように立ち上がり後ろを振り返る。するとそこに立っていたのはやはりゴレガードの宿屋で出会った男ルーナスだった。


「久しぶりだね、ゲオルグ君」





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