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第13話 毒




「クソったれ……爆発は仲間を呼ぶ為だったのか。撤退を決めた途端ダークシェロブの群れに退路を防がれるとはな……」


 目の前にはダークシェロブが1、2,3……少なくとも7体はいるようだ。毒に侵されている俺が仲間たちを守りつつ敵を蹴散らすことができるのだろうか? ここは一旦パウルに指示して役割分担した方が良さそうだ。


「パウル、今から俺が防御、お前が攻撃担当だ。町人の飛んできた毒針は死んでも俺が叩き落す」


「分かった! 新技ですぐに全滅させるから踏ん張れよオッサン!」


 相変わらず肝の据わった奴だ。パウルは勢いよく前へ走り出すと自身の前に体よりも大きい水球を作り出した。サイズの小さい水球を飛ばす魔術アクア・ボールを放つ訳ではなさそうだ。一体何をするつもりなのかと眺めているとパウルは水球に右手を突っ込んで叫ぶ。


「フロスト・スプラッシュ!」


 パウルが叫ぶと同時に巨大な水球からいくつもの氷柱が高速射出される、あんな魔術は今まで見たことも聞いたこともない。放たれた大量の氷柱は2割程度しかヒットしていないがとにかく数が多い分、ダークシェロブに大ダメージを与えている。


 縦横無尽に逃げ回ることができるダークシェロブも流石に範囲と手数に優れた新技の前には分が悪く、あっという間に4匹のダークシェロブが息絶えた。


 まさかパウルが俺の見えないところで新技開発の為の修練を積んでいるとは思わなかった。これは勇者としての責任感なのか、それともルーナスへの復讐心故なのかは分からない。それでも子供の様な弟分のようなパウルが人知れず努力していたことが凄く嬉しい。


 このままいけば全滅させられる! そう期待を込めて視線を向けるとパウルは大きく呼吸を乱して肩で息をしている。どうやらフロスト・スプラッシュの魔量消費は半端じゃないようだ。


 あと3匹のダークシェロブをどうやっつけるべきか……ここは俺がさっきと同じくゲオルグ・ストライクを放つべきだろうか? だが、毒の影響か視界が霞んで命中させられる自信がない。


 とにかく頭を捻って窮地を脱しなければと必死になっていると今度はエミーリアがパウルの肩に手を置き、全身に魔力を漲らせ始めた。


「お疲れさまでしたパウルさん。後は私が頑張ってみます」


「無茶だ! エミ姉は魔術師でもなければ力だって強くない。オイラのことはいいからオッサンに守ってもらってくれよ!」


「非力なのは否定できませんが、非力な者には非力なりの戦い方がありますから。見ていてください、私の投擲術を」


 そう告げたエミーリアは懐からナイフを取り出すとダークシェロブに投げつけた。ナイフは直線軌道だけではなく風の魔力で弧を描く軌道も実現している。結果、投げたナイフの半分以上を命中させてダークシェロブを1匹やっつけてみせた。


 以前、多少の戦闘の心得があると聞いてはいたがまさかここまでとは思わなかった。魔術の繊細なコントロールという点でいえば俺はもちろんパウルすら超えているだろう。


 しかし、エミーリアはナイフを既に使い切ってしまったらしく。苦い表情を浮かべている。それでも彼女は諦めてはいなかった。すぐに思考を切り替えた彼女はパウルが倒したダークシェロブの死体の近くまで走り寄る。そして地面に転がっているフロスト・スプラッシュの破片を手に取った。


「お借りしますよ、パウルさん!」


 形も大きさもバラバラな氷の破片をエミーリアは迷いなく連投する。ナイフと違い命中率は下がっているが、それでも1本、2本と確実にダークシェロブに命中し、またもや1体撃破してみせた。


 だが、エミーリアもパウルと同様にかなりバテている。ダークシェロブは残り1体だが逃げる様子はないようだ。


 またもやどうするべきかと悩んでいた俺だったが、その悩みはすぐに吹き飛んだ。それは俺、パウル、エミーリアを除く6人の町人たちが矢を放つ役・毒針を防ぐ盾役に分かれてダークシェロブと戦い始めたからだ。


 彼らは『ゲオルグたちだけに良い格好はさせられない! 根性をみせる時だ!』と士気を上げて、勇気を燃やし懸命に矢を放ち続ける。


 天井を移動するダークシェロブに角度と距離感を合わせて矢を放つのは素人にとって本当に難易度が高く中々命中しないようだ。


 それでも諦めず彼は矢を放ち続ける。100本に1本しか当たらないなら100回放てばいいと言わんばかりに。


 そして遂に戦いは終わりを迎える。顎から汗を垂らすワイヤーの渾身の一矢がダークシェロブの目に突き刺さったのだ。天井を掴む力を失い、ドサりと落ちてきたダークシェロブは痙攣しながらゆっくりと息絶えた。俺は両方のこぶしを頭上に掲げる。


「やったぞ! 俺たち全員の勝利だ!」


 俺は珍しく子供のようにはしゃいでしまった。それだけ全員で掴み取った勝利が嬉しかったのだと思う。泣いてしまいそうな目をなんとか乾かした俺は全員に退却の指示を出す。しかし、パウルとエミーリアを除く町人たちは息切れしながら両膝をついてしまった。


 彼らの顔や皮膚はピンク色になっている。まずいダークシェロブの爆発による毒は時間経過で空間全体に広がってしまっていたようだ。加えて仲間たちは戦闘による体力消費と興奮状態で毒が早く回ってしまったのだろう。


 俺と同じタイミングで事態の深刻さに気が付いたエミーリアは俺に駆け寄る。


「このままでは危険です! まずはゲオルグさんの解毒を優先し、回復したゲオルグさんに皆を運んでもらいます。構いませんね?」


「いや、待て、解毒は時間がかかる。エミーリアは解毒より先に洞窟を出ろ。そして洞窟の近くにある村から医者を呼んで入口で待機していてくれ。ハァハァ……1度通った道を戻ればダークシェロブはいないだろうし、走れば30分もかからずに呼べるはずだ。金も後で俺が払う。最悪の被害を想定できなかった俺の落ち度だからな」


「落ち度だなんてそんな……誰もダークシェロブの自爆技なんて知らなかったのですから。それよりも入口で待機するとはどういうことですか? まさか1番毒が進行しているゲオルグさんが皆を運ぶつもりですか?」


「俺だけじゃない、パウルにも運ばせる。幸いパウルは毒がほとんど進んでいないようだしな」


「し、しかし……」


「いいから行け! 時間がないんだ!」


「……分かりました。どうか無茶はしないでくださいね」


 俺の性格を分かってくれているのかエミーリアは眉尻を下げた笑顔を浮かべて走り去っていった。あとは俺とパウルが根性をみせるだけだ。非力なのに勇気をもって立ち向かった町人たちに根性で負けてはいられない。


 パウルは何も言わずに仲間を1人背負った。脱力している人間を背負った経験がないのか足元がふらついている。


「オ、オイラはじめて大人を背負ったけど、脱力している人間ってこんなに運びにくいのか。それを6人も運ぶとなると3往復か……頑張ろうなオッサン」


「いや、2往復だ。俺は片手に1人ずつ抱える。こういう時の為に体を鍛え上げてきたんだからな……ハァハァ……」


「……オッサンには色んな意味で敵わないな。じゃあ行くぞオッサン。オイラに置いて行かれるなよ!」


 ここからの往復は本当に大変だった。普通に歩ければ往復7,8分程度の距離も仲間を抱えて毒にまで侵されている状況では倍以上かかってしまうからだ。


 眩暈と高熱でおかしくなりそうだ。それでも町と町人を守ると約束した勇者なのだから倒れる訳にはいかない。パウルと俺は歯を食いしばって歩き続け……遂に全員を洞窟から出すことに成功した。




 エミーリアは連れてきてくれた医者と共に仲間たちを解毒してくれている。あとは俺を回復してくれる番まで待つだけだ。安心して地面に寝転がっているとエミーリアはワイヤーとログラーの顔を交互に見て頭を抱え始めた。


「まずい……2人の毒が進行しています。皮膚の色がピンクから赤色に……」


 紫色になっていないから命に関わるレベルではないはずだが、それでも赤色になれば10日ほど高熱と痛みで苦しい生活が続く可能性があると俺は事前に聞いている。


 ダークシェロブが爆発した瞬間、近い位置にいたのが影響しているのだろう。俺やパウルぐらい抵抗力や体力がある訳でもないから仕方ないのかもしれないが辛い思いは極力させたくはない。


 俺はなんとかしてやれないかとワイヤー、ログラーの体を見つめた。すると2人の体は毒針に刺されていないにもかかわらず手首の辺りに紫色の膿が出来ている。毒の摂取量が一定にまで達すれば膿ができるのかもしれない。この膿をどうにか出来れば楽になるのではなかろうか?


「なあ、エミーリア。2人の手首にある膿を吸い出せば毒を抑えられないか? 如何にも毒の原因っぽいよな?」


「実は私と他の医者もそう考えてログラーさんの膿に針を刺してみたのですが、何故か普通の膿と違って中身が漏れ出てくれないのです。この場には血や膿を吸える吸引器具もありません。ですから治癒魔術をかけながら近くの村に運ぶしか手がない状況で……」


「吸引できればいいんだな? 俺がやってみよう」


「えっ?」


 戸惑いの声を漏らすエミーリアを尻目に俺はワイヤーの腕を掴んだ。そして膿に自分の口を当ててストローの如く力いっぱい吸い込んでみせた。


 口の中には人生で味わったことのない苦味と臭みが充満している。これこそがダークシェロブの毒なのだろう。俺は口に含んだ毒を地面に吐き捨て、再び毒の吸引を始めた。しかし、エミーリアは俺の肩を掴んで慌てて引き剥がそうとしてくる。


「やめてくださいゲオルグさん! 口の中は皮膚よりも何倍も吸収率が高く危険です! ただでさえゲオルグさんは毒を1番多く浴びているのに!」


「ハァハァハァ……大丈夫だ。俺は誰よりも頑丈だ……。それに体を張るのが勇者ってもんだろ?」


 俺は制止をもろともせず毒の吸引を続けた。結果、予想以上にワイヤーとログラーの皮膚の色が回復していき呼吸も整っている。医療知識の少ない俺にしてはよく頑張った方だろう。


 達成感と安堵感と疲労感から凄まじい眩暈が襲ってくる。視界がぐにゃぐにゃになり目の前のエミーリアの顔すらよく見えなくなってきた。しまいには背中が地面に引っ張られたかのように倒れてしまう。俺は徐々に意識が薄まっていくのを感じていた。


「ゲオルグさん! しっかりしてください! ゲオル……グ……さ……」


 エミーリアが必死に叫んでいるような気がするけれど水中に潜っているみたいに聞こえが悪い。少し疲れ過ぎたようだ。ちょっとだけ眠らせてもらうことにしよう。





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