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第11話 ダークシェロブの糸




 何故だろう……いつもより無性に喉が渇く。エミーリアと出会った翌日、重たい瞼を開いた俺は枕元にある懐中時計を手に取った。すると時刻は正午前でかなり眠ってしまっていたようだ。


 どうやら連日の移動が想像以上に堪えていたらしい。目を擦り、背筋を伸ばして頭をスッキリさせた俺は洞窟に作った部屋の入口付近に視線を向ける。そこには座ってジーッと聖剣バルムンクを眺め続けているパウルの姿があった。


「どうしたパウル? 聖剣に何か付いてるのか?」


「おわっ! オ、オッサン起きてたのか、おはよう。別に何も付いてないさ。ただ、昨日色々なことをエミ姉に聞いて思ったんだ。オイラが聖剣を手にしたらどんなスキルを手にするのかなって」


「なるほどな。なのにお前はバルムンクが俺の所有物だから律儀に触らず見つめていた訳か。それなら気にせず触ってみろ。そして触ってみてスキルを得たならば、そのまま聖剣を使うといい」


「は!? オッサン何を言ってるんだよ。勇者の席を譲るっていうのか?」


「単に聖剣を貸すだけの話だ。スキル次第だが使える者がいるならそいつがメインで持った方がいいだろう? それに現状、クレマンを除けば紋章を1番大きく光らせられる勇者候補はパウルだ。スキル開花の可能性は俺より高いかもしれない」


「持ち回りってことか? 貸してくれるってのはありがたいけど、いや、でも、う~ん」


 聖剣の貸し借りに前例がないからかパウルは困惑しているようだ。生意気なガキに見えて意外と真面目なところがあるから経験や知識さえ増えればきっとかなりまともな大人になるだろうと予想できる。


 だが、聖剣という稀有な存在を扱う以上、常識に囚われていてはいけない。もう一押ししておこう。


「そもそも聖剣は3本だけだが聖剣勇者が3人だけだという決まりはない。これまでの歴史で4人以上現れたことがないだけだ。多く現れたなら順番に譲り合って使えばいいのさ。勇者の素養を持つ者は多ければ多いほど良いからな」


 俺の言葉を受けたパウルは口を開けて驚いている。全く浮かばない発想だったのかもしれない。パウルは少し間をおくと薄く微笑む。


「そんな信用しちまっていいのか? 持ち逃げするかもしれないぜ?」


「誰かの為に泉の浄化をしたいと願い、命懸けで俺に戦闘を挑むような奴が持ち逃げなんてするとは思えないけどな」


「へっ! ホントお人好しだよなオッサンは。いいぜ、なら遠慮なく触らせてもらう! 聖剣バルムンクよ、スキルを開花させてくれ!」


 パウルは両手で勢いよく聖剣を握る。勇者の紋章は以前の3分の2よりも更に少し大きく光っている。しかし、完全に光らせることはできず、スキルが芽生えることもなかった。


 パウルが落ち込んでいるかもしれないと思い声を掛けようとした俺だったが、意外にもパウルはケロッとしており、近くに置いてあった鞄を背負う。


「まあ、そのうち開花できるよな! それよりオッサン、さっさと顔洗って町に行こうぜ。なんかエミ姉が見せたいものがあるってさ。町で一番大きい家に来てくれって言ってたぞ」


 パウルが元気なのは良かったが、エミーリアの用件はなんだろうか? 手早く出発の準備を整えてパウルと共にエミーリアの待つ家に向かい入口扉を開けた。すると中には町長ヨゼフとエミーリア、そして他4人の村人が椅子に座っていた。


 町1番の大きな家に初めて入った訳だが、中は意外にもフロアっぽくなっていて行政局のようなカウンターがある。おまけにワインセラーとバーカウンターもあるみたいだ。


 この家はいわゆるお年寄りや重度の怪我人などの支えが必要な者たちを守る為の居住にしているはずだ。なのに集会所みたいなっているのがよく分からない。どういうことなのか町長に聞いてみよう。


「すまない町長。この家は何なんだ? 支えを必要とする者たち守る家にするはずだったよな? 俺の提案は無しになったか?」


「いえいえ、誤解です。むしろ弱者を守る為に今の形にしているのです。まずここが何をする場所なのか順を追って説明しましょう。ワシはこの家の1階と地下をギルドにするつもりなのです。そして2階より上は――――」


 町長の狙いは理にかなっているものだった。まず守るべき対象は2階以上に住んでもらい1階と地下をハンター中心としたギルド……つまり溜まり場にすることで常に強い人間が防備できる場所にするのが狙いらしい。


 人が増えてくれば増築、もしくは隣接した空き地に似た構造の建物を増やしていくことも考えているようだ。


「なるほど、流石は町長だ。俺には思いつけない施策だよ。ところで話は変わるが今日はどうしてこんなに町の人間がギルドに集まっているんだ?」


「それについてはエミーリアさんの方から説明してもらいましょう」


 町長に話を振られたエミーリアは頷きを返すと後ろにある棚から瓶を手に持ち、中から白い半透明の糸を取り出した。


「これを見てくださいゲオルグさん。この糸は蜘蛛の魔物ダークシェロブが生み出す糸なのですが、糸とは思えないぐらい頑丈なんです。なので、畑の上側を糸で覆えば空からの害獣対策になると思うのですがどうでしょうか?」


 俺はエミーリアから糸を渡してもらい実際に頑丈さを確かめてみたら想像以上に頑丈だった。ここまで硬くてなおかつ半透明ならば鳥の魔物にぶつかられても大丈夫だろう。それどころかぶつかった魔物が頭を打って気絶して捕獲することすら可能かもしれない。


「凄く良いと思うぞ。エミーリアも賢いな。ちなみにダークシェロブの糸は簡単に手に入れられる物なのか?」


「いえ、ダークシェロブ自体がそれなりに手強い魔物なので難易度は高いですね。それにダークシェロブは慎重な性格をしていますから1度狩りを行った洞窟には長期間現れないとも言われています。現状、一カ所だけ住処の洞窟を見つけているので1回の侵入で沢山の糸を持ち帰りたいところですね」


「となると戦闘・運搬のことも考えて人集めから始めないとな」


「その点については町長と私に任せてくれませんか? 今日、ここに集まってくれた人たちから選考したり、ツテで外部からの応援も頼もうと思っているので。諸々込みで30日ほど時間をもらえませんか?」


 町長とエミーリアが優秀過ぎる。気が付けば俺が知恵を奮うタイミングがなくなっている、嬉しい誤算だ。もちろん断る理由なんてない。俺は他にもやれることがあるから当日までは別の仕事に励むとしよう。


「分かった、じゃあエミーリアと町長に任せる。ギルドの運営共々これからよろしくな」







 こうして約束を交わした俺はダークシェロブとの接触当日まで町の発展に尽力することとなった


 数少ない長所である体力を活かして水路を掘ったり、畑を耕したり、町を襲う魔物を迎撃したり、防護柵を建てたり…………大忙しの日々が続く。


 その間、エミーリアは頻繁に俺とパウルの住む洞窟に足を運んでくれて3人でどこかへ遊びに行く事もお決まりになってきている。川で釣りをしたり、パウルに勉強を教えたりと傍から見れば親子3人のような空間はとても居心地が良かった。


 とは言っても俺はまだ27歳で。エミーリアにいたっては22歳だからパウルみたいな大きな子供を持つほど成熟した大人ではないわけだが。


 楽しい日々は10日、20日とあっという間に過ぎていく。その中で俺は1つだけ気にかかる点があった。それはグリーンベルを襲う魔物の数だ。


 30日にも満たない期間で俺が倒した魔物はかなり多く。人間より大きい魔物だけに絞っても200体はゆうに超えている。


 俺の故郷サルキリで暮らしていた頃は1日に1~3匹程度しか魔物が来なかったことを思うにシーワイル領はやはり相当魔物に狙われやすい国と言っていいだろう。


 俺がカバーしきれる量と範囲にも限界がある。やはり早急に魔物が侵入し辛い環境を作り、町人の戦闘教育を進めなければいけないだろう。


 町の未来を考えながら過ごす日々は更に流れ、エミーリアと約束した日から33日後――――ついにダークシェロブの住む洞窟へ向かう日が訪れた。




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