「初めましてゲオルグさん。私はゴレガード王国で医者として働いておりましたエミーリア・クレマチスと申します。今日からグリーンベルとシーワイル領の為に一生懸命働きますのでよろしくお願いします」
どうやらゴレガード城から来た美人の医者はエミーリアという名前らしい。俺たちの町で働いてくれるのはありがたい限りだが豊かな労働環境を捨ててまでグリーンベルに来てくれた理由が気になる。聞いておこう。
「よろしくなエミーリア。いきなりだがどうしてグリーンベルに来てくれたんだ? 王城で働けるなら何も不自由はしないだろう?」
「一応、大臣の命令です。完全に聖剣を抜けたわけではないゲオルグさんにサポート役がいた方がいいと大臣は考えようですね、シーワイル領も現状魔物に苦しめられているようですし。それと台座が付いたままの聖剣を観察・調査することも目的です。とは言ってもグリーンベルへの移動を希望した医者は私1人だけですが」
「どうしてエミーリアは希望してくれたんだ?」
「実は私、
俺を信頼してくれているエミーリアの目はとても真っすぐだ。快適なゴレガード暮らしを捨ててまでグリーンベルに来てくれたのだから精一杯応えなければ。
ただ、1つだけ彼女の言葉で気にかかる点がある。それは聖剣による浄化を見てみたかった、という点だ。俺は率直に彼女へ尋ねる。
「俺のことを高く評価してくれて感謝する。だが、浄化に関して言えば俺は素人同然だし、紋章も3分の1しか光らすことができない。だからちゃんとした浄化を目の前で見たいならクレマンに頼んだ方がいいんじゃないか?」
「……クレマン様は他のことで忙しいでしょうから。いえ、そもそもクレマン様は派手に名声を上げられるような仕事にしか取り組んでくれませんよ」
エミーリアはずっと柔和に会話していたのにクレマンの名を出した時だけ少し刺々しさがでている気がする。クレマンはよっぽど城の人間に嫌われているのだろう。民衆受けは良いみたいだからもう少し身内に優しくてしてほしいものだ。
クレマンの話で彼女の気分を落とさせるのも良くないから明るい話題を出すとしよう。
「じゃあエミーリアの仲間入りを祝って早速浄化を見せることにするか。町長、どこかに汚れている池とかないか?」
「それなら以前ゲオルグ様たちに住んでもらおうと思っていた家に行きましょう。家の横に池がありますから。ついでに見物希望の町人も連れて行きますぞ」
町長の指示に従い俺たちは池へと向かった。到着してしばらくすると町人がざっと50人は集まってきており、皆の珍しいもの見たさが伺える。
池はジースレイクに比べれば遥かに綺麗だが、それでも薄汚れている。早速、聖剣を池に浸けて浄化を始めるとエミーリアは鼻息を荒くしながら被りつくように聖剣と池を交互に眺め出す。
「ほうほう、なるほど! 光属性の解毒魔術に似ていますが厳密には違うようですね。どちらかと言えば加熱消毒に近いでしょうか。う~ん、これを応用すれば医療に使えるかもしれませんね。面白くなってきました」
エミーリアのあまりの熱量にパウルですら言葉を失っている。医者であり薬学者でもると言っていたからよっぽど解毒や回復に興味があるのだろう。
俺も正直驚いたけど夢中になれるものがあるのはいいことだ。他の町民たちも初めて見る浄化に喜んでいるようだし町長の計らいは大成功と言えるだろう。
5分ほどかけて浄化を完了させると肌をツヤツヤさせたエミーリアは俺に顔を近づける。
「ありがとうございます、ゲオルグさん! それでは次は聖剣スキルを見せていただけませんか?」
「あ……実は俺、まだ聖剣スキルを開花させられていないんだ。すまない……」
聖剣スキルとはその名の通り聖剣を手に入れた勇者が扱える『魔術・浄化を除いた固有能力』だ。過去の勇者には『刀身を何十倍にも伸ばす聖剣スキル』『剣先を向けた位置に瞬間移動ができる聖剣スキル』など色々なスキルを持った勇者が現れたらしい。
しかし、聖剣スキルは聖剣をちゃんと抜いたにもかかわらず生涯発現しなかった勇者も多くいたらしく、発現するきっかけもよく分かってない。
俺は台座ごと聖剣を抜いてしまったような半人前だから尚更聖剣スキルが発現しにくいのではないかと予想している。
エミーリアは若干聖剣フェチなところがあるから悲しませてしまうかと心配になったけれど彼女はそんな素振りを全くみせず笑顔で頷きを返してくれた。
するとこれまで大人しく話を聞いていたパウルは首を傾げて質問を投げかける。
「なあ、聖剣スキルって何だ?」
パウルのこの一言に集まっているほぼ全ての人間が目を点にして驚いている。驚くのも無理はない。何故なら聖剣スキルという存在は5歳ぐらいの子供でも知っているような常識だからだ。
パウルも場の空気が変になっていることに気が付き、焦った顔できょろきょろしている。しかし、そんな状況でもエミーリアはだけは笑顔を崩さず目線をパウルの高さまで合わせるようにしゃがみこむ。
「聖剣スキルというのは聖剣を手にした勇者が扱える固有能力で――――」
言葉を分かりやすく噛み砕いたエミーリアの説明が続く。まるで学校の先生のように優しく教えてくれるエミーリアにパウルはすっかり懐いている様だった。ある程度聖剣について詳しくなったパウルは何かを思い出すように斜め上を見つめると奇妙なことを口にする。
「じゃあ勉強が足りてないオイラにもう1つだけ教えてくれエミ姉。聖剣は持ち主の魔術も少し強めてくれる効果があるんだよな? 効果を上げてくれる魔術属性ってやつにオイラの得意な水属性も該当するのか?」
「魔術を強めるというよりも勇者の魔力そのものを高める効果があるので6属性全ての魔術を強化してくれますよ。もちろん身に纏う魔力も強くするので物理的な攻撃力・防御力・俊敏性なども上がります」
パウルはより熱心に話を聞き、どこからかメモまで取り出していた。意外と真面目で勉強好きなのかもしれない。勇者候補としての仕事が落ち着いたらパウルを学校に通わせることも考えよう。
パウルはメモを書き終わると珍しくモジモジしながら追加で質問を投げかける。
「そうだったのか。オイラは魔術が6属性に分かれていることすら知らなかったよ。つ、ついでに魔術属性の基礎や仕組みのようなものも教えてもらっていいか? もう1つって言ったばかりで悪いけどさ」
「ふふっ、何でも好きなだけ聞いてください。私も教えられることが嬉しいですから。まず魔術属性は火・水・風・地・光・闇があります。世界の絶対的な法則として自分の持つ魔術素養と反対の属性を持つことはできません。パウルさんですと火属性の魔術は絶対に使えませんね。そして火・風・闇のように複数の素養を持つことも可能です。つまり最大3種類の素養を持てるわけです」
「じゃあ地属性魔術が使えるオッサンは風属性が使えないわけか。勉強になったぞ、ありが――――あれ?」
パウルは言葉の途中でいきなり頭を捻り始めた。エミーリアが「どうかしましたか?」と尋ねるとパウルは奇妙な過去を口にする。
「オイラの兄貴分は雷を操っていたぞ? 雷は何属性になるんだ? ピカピカ光っているから光属性魔術か?」
「えっ? 雷ですか? 雷属性なんてものは存在しませんが……。あっ! もしかしたらパウルさんの知り合いは変異魔術が使える天才なのかもしれませんね」
「変異魔術ってなんだ?」
「魔術をとことん極めた者が稀に魔術を驚異的に進化させるケースがあるのです。風魔術を極めて楽器のように音を操ったり、空気摩擦による電撃を放ったりなど長い歴史の中でほんの僅かですが情報が残っています……ですが」
エミーリアが言い淀むのも無理はない。変異魔術を扱える者は本当に珍しく勇者を見つけるよりもずっと大変だと言われている。沢山の本を読んできた俺でも変異魔術は片手で数えるぐらいしか存在を知らないぐらいだ。
そもそも変異魔術を身に付けるには莫大な時間を要すると言われている。勇者が先天型の天才だとするならば変異魔術を扱える人間は後天型の大賢者だと言えるだろう。
パウルの兄貴分が何歳なのかは知らないがとんでもない強者だ。そしてパウルから変異魔術の話を聞いた以上、絶対に確かめておかなければいけないことがある。俺はパウルだけに聞こえるよう小声で尋ねる。
「パウル、これだけは教えてくれ。お前の兄貴分は亡くなったと言っていたが、もしかして例の三日月の紋章を持つ男に殺されたのか?」
「……」
「頼む、教えてくれ。変異魔術を扱えるぐらい強い兄貴分なんだろう? そんな奴を殺せるような存在なら心構えをして、しっかり準備しなきゃいけないんだ。俺やパウル、そしてブレイブ・トライアングルの人々を守る為にもな」
「……うん、オッサンの言う通りだ。兄貴分は……兄ちゃんは三日月の男に殺された。だからオイラは奴を追っているんだ」
ゴレガードの宿屋で出会った三日月の男あらためルーナス――――驚異的な強さを持つアイツなら頷ける。どうやら俺はとんでもない奴に目を付けられたようだ。ルーナスが俺やクレマンをどうするつもりなのかは分からないが今後ますます気を引き締めていかなければ。
「教えてくれてありがとな、パウル。それじゃあ、そろそろ解散するとするか。明日以降よろしくなエミーリア」
「はい! よろしくお願いします!」
散っていく町民の後ろ姿を見届け、エミーリアを家まで送り届けた俺とパウルは住居である洞窟へ帰宅した。この2日間は湖の浄化、プロト・サハギンとの戦闘、エミーリアとの出会いと色々濃厚だった。
ルーナスのことが不安ではあるけれど俺たちの目の前に広がる課題は多い。まずは勇者としてシーワイル領とグリーンベルを活性化できるよう頑張っていこう。気合を入れた俺は食事もそこそこに眠りにつくことにした。