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第9話 勇者タッグ




 まさか湖の浄化作業でプロト・サハギンと出会ってしまうとは。古文書レベルの不確かな情報しか知らないが確かプロト・サハギンはかなり強い魔物のはずだ。プロト・サハギンの7割程のサイズしかない普通のサハギンですらそこそこ強い上に水陸で戦える特性がある曲者だ。


 俺は充分に距離を取った方が良いと判断し、パウルにもっと下がらせようとしたが行動に移すのが遅かった。プロト・サハギンは俺には目もくれず一直線にパウルに突進すると手ヒレと足による人間顔負けの連撃を繰り出す。


 なんとか回避とガードで凌いだパウルは少し距離をとって初級魔術アクア・ボールを放つ。しかし、流石は魚系の魔物なだけあってか水の球を上半身で吸収するように防いでしまう。


 パウルとの属性相性が最悪ならば俺が相手だ。俺はアクア・ボールに似た石つぶてを飛ばす魔術ロック・ショットを放った。しかし、プロト・サハギンは滑り気のある体を丸めると石つぶてを見事に滑らせて後方へと受け流してしまう。


 多少、プロト・サハギンの体に擦り傷は入っているもののほとんどダメージになっていない。まさか橋の上でパウルと戦った時と同じような受け流され方をしてしまうとは。


 ならば今度は直接聖剣で叩き潰してやると俺は走り出す。するとプロト・サハギンは興奮気味に息を荒くしながらも湖の中へと戻ってしまった。


 怒っていてもなお冷静に撤退したのだとしたら大したものだ、と心の中で褒めたのも束の間、プロト・サハギンは数秒だけ顔を水中に沈めたかと思うと頬一杯に水を溜め込んでこちらを睨む。


 中々に不細工な顔だが今は笑っている場合じゃない。奴は絶対に何かしてくると嫌な予感を覚えた俺は勘でパウルに指示を出す。


「木の後ろに隠れろ!」


 指示を出した俺も急いで隠れた次の瞬間、プロト・サハギンのいる方向から凄まじい射出音と共に大量の水滴が飛んできた。水滴は矢と間違えてしまいそうなほどの破壊力で俺たちの隠れている木を連続で削っている。連続で喰らえばひとたまりもないだろう。


 顔を出すのも恐ろしい水滴の連撃は水を頬に含む時間を除けば一向に止まる気配がない。このままでは木を折られて身を隠せなくなる可能性もある。どう手を打つべきかパウルと相談しなければ。


「なあパウル、策はあるか? それか水属性以外の魔術を使えるならそれで打開策するのでもいいぞ」


「わりぃオッサン。オイラは水属性魔術しか使えねぇ」


「そうか、ならしょうがない。俺がダメージ覚悟で水滴を受けながら奴に近づいて聖剣を叩き込むしかないな」


「いや、それは駄目だ。いくらオッサンでも水中のプロト・サハギンに剣を当てるのは無理だ。プロト・サハギンは普通のサハギンと違って陸であまり息が続かない代わりに水中での移動速度が半端じゃないんだ。近づくぐらいならダメージ覚悟で距離を取った方がマシだぞ」



 俺はパウルがやけにプロト・サハギンについて詳しいことに驚いていた。俺の師匠でもあるローゲンさんでも知らないような情報を知っているなんて……。何故詳しいのか聞きたいところだが、それは勝ってからでいいだろう。


 俺は木の陰から指をさして呟く。


「最高の情報だ。これで俺たちに負けはない。パウル、次の連射が一瞬止まったらすぐに全力で湖を回るように走れ、木に隠れながらな」


「お、おい! オッサンはオイラに弾受けになれって言うのか!」


「違う、パウルの足の速さを信じているんだ。5秒でいいから時間を稼いでくれたら俺が必ずプロト・サハギンを追い込んでみせる。やれるよな、相棒?」


「相棒……ったく口の上手いオッサンだな!。しょうがない、乗ってやるぜ!」


 鼻の頭を指で擦ったパウルは勢いよく木の陰から飛び出した。プロト・サハギンの水滴弾は走るパウルと同じ水平軌道を辿る。パウルは高速移動の中で緩急をつけながら見事に水滴弾を躱し続けている。


 パウルが湖の周りを走ったことで、ものの数秒でプロト・サハギンの体が70度ほど傾いた。これでプロト・サハギンの意識から幾らか俺の存在が消えたはず……勝利は目前だ。


 俺は足にありったけの魔力を込めて全力で木の陰から飛び出し、聖剣を頭上に構えたまま幅跳びのごとく水面上を飛んだ。


 水滴弾とパウルを追う事に夢中で俺への反応が遅れたプロト・サハギンは1秒後に空中から剣を振り下ろすであろう俺に危機感を覚えたのだろう、堪らず水中へと潜り込む。


 流石は頭の切れる魔物だ。だが、奴は俺の腕力を計算できていない。俺は弓のようにしならせた全身から薪割りのごとき渾身の振り下ろしを水面に叩きつける。


 すると次の瞬間、爆発にも似た水の噴出が起り、同時にプロト・サハギンの体が弧を描いて湖の外にいるパウルの方へと飛んでいった。


 背中から落ちたプロト・サハギンは慌てて起き上がり湖へ戻ろうとするがパウルが両肩を押さえて阻止する。


「戻らせないぜプロトサハギン! ようやくオッサンの考えが分かったぞ、お前を陸にあげて呼吸させなくするのが狙いだったんだってな!」


「ギィィッ!」


 奇声をあげて必死に抵抗するプロト・サハギンだったが態勢の悪さと息苦しさの相乗効果でみるみる力が弱まっていき、そのまま泡を吹いてガクりと首を垂らした。静かな最期になってしまったが間違いなく俺たちの勝利だ。


 勝利の実感を得たパウルはグッと拳を握り込む。


「よっしゃっ! オイラたちの勝利だぞ、オッサン!」


「ああ、よくやったなパウル。これで浄化とフン集めを再開できるな」


「あ……そうか、オイラたちはグレート・パラクーダのフンを集めなきゃいけないんだったな。うぅ、湖底に潜って臭っさいフン探しかぁ。勇者の仕事って華々しいものばかりじゃないんだな」


「良いこと言うじゃないか。クレマンに聞かせてやりたい台詞だな。ほら、肩を落としてないで浄化中の見張りを頼むぞ。浄化とフン集めが終わったら上手いキャンプ飯を食わせてやるからさ」


 渋々納得したパウルを尻目に俺は湖の浄化を再開する。浄化・フン集め共に1時間程度で終わることができた俺たちは綺麗になったばかりの湖で体を洗い、寝袋を置き、魔物に襲われないよう交互に監視しながら眠りについた。







 翌朝、睡眠時間が半分になったこともあって少し眠たいながらも俺たちは大量に集めたフンを箱にしまい、湖を出発する。


 グリーンベルへの帰り道はとくに何事もなく平穏な移動時間だった。途中、パウルに『プロト・サハギンに詳しかったのは何でだ?』と尋ねてみたが、パウルは両親が魔物に詳しかったと簡潔に語るのみだった。結局いつものようにパウルの過去を探ることはできなかったわけだ。


 俺がもっとズカズカと聞ける性格なら楽なのかもしれないが、俺にもパウル程ではないにしろ他人に言い辛いことがあるから掘り下げる事はできない。


 ゆっくりゆっくりパウルとの時間を積み上げていこう、湖の戦いみたいに互いを信頼して協力し合っていけばいつか深く繋がれるはずだから。


 そんなことを考えながら夕方頃にグリーンベルの入口に到着すると道行く町の人たちが何やら騒めいている。もしかして魔物でも現れたのかと一瞬不安になったけれど、よくよく住民の顔を見ていると全員嬉しそうな顔をしている。


 特に男性陣がニヤニヤとしており気になった俺が近くにいる農夫の爺さんに尋ねると爺さんは嬉々として語り始める。


「そっか、ゲオルグは帰ってきたばかりだからまだ知らねぇか。実は町長の家に客人が来ててよ。ゴレガード城で働いていた医者であり薬学者でもあるらしいんだが、若くて凄い美人さんなんだよ。しかも、グリーンベルで働いてくれるらしくてな。男たち……いや、町民全員が盛り上がっているんだよ」


「医者や薬学者が増えるのは喜ばしい限りだが、それにしてもオーバーだなぁ。ハハッ、俺も刺激が少ない田舎育ちだから気持ちは分からないでもないけどさ」


「ぐぬぬ、お前さんは勇者となってゴレガードでチヤホヤされてきたからそんなことが言えるんじゃろうて。まぁいい、とにかくゲオルグもパウルも町長の家に行ってこい、勇者としての挨拶は必要じゃろ」


 女性にチヤホヤなんてされてないし、むしろむさくるしい男ハンターからヒソヒソ話をされるばかりなのだが、言い返してもキリがないし止めておこう。


 俺は爺さんに礼を伝えるとパウルと共に町長の家へと向かった。入口をノックすると2日前と同じように町長の「入ってくだされ」という声が聞こえてきて中に入り、応接間に向かう。すると見知らぬ女性が俺の存在に気が付き、こっちに近づいてきている。


 間違いない、この女性がさっき言っていた医者であり薬学者だ。悔しいが爺さんの言っていた通り女性は本当に美人だった。


 少し垂れた大きな目、薄緑の瞳は透き通るように美しくて一目で優しい人だと判断できる。背中の位置で結んだロングヘア―はさらさらと膨らんだ薄ピンクで少し童顔なのも相まって、より一層優しそうに見える。


 どことなく品もあり背は少し高めでスラっとしているから町民からすれば目に付くだろうし男たちが浮ついているのも頷ける。正直、俺は綺麗な女性に対してあまり免疫がないから緊張しているかもしれない。


 俺が色々と考えている間に手の届く位置まで来ていた女性は笑顔を浮かべて一礼してくれた。


「初めましてゲオルグさん。私はゴレガード王国で医者として働いておりましたエミーリア・クレマチスと申します。今日からグリーンベルとシーワイル領の為に一生懸命働きますのでよろしくお願いします」





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