目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 グリーンベル




 ルーナスとの一騒動を経て、眠らされたアイリスを宿屋の主人に預けた俺はパウルの眠っている部屋の扉を開けた。どうやらパウルは扉を開けた音で目を覚ましたらしく挨拶もそこそこに「早く飯食ってシーワイルに行こうぜオッサン!」とやる気満々だ。


 ルーナスと接触した事実を伏せたままパウルとの食事を終えた俺はチェックアウトを済ませて宿屋の外に出てから地図を確認する。


 とりあえず俺たちが次に目指す場所はシーワイル領にある『グリーンベル』という町だ。そこが今後俺たちの拠点になる場所だ。グリーンベルまでは馬宿で馬車を借りて、4つほど馬宿を巡れば丸2日ほどで到着するはずだ。


 俺とパウルは早速宿屋から近い位置にある馬宿で馬車に乗り込み、馭者の運転のもとシーワイルへと移動を始めた。




 平原を進んでいる間、ずっと座っているだけで暇な事もあり俺とパウルは雑談を続けていた。年相応の子供は無邪気だから会話をしていると孤児院にいた頃のチビたちを思い出す。


 楽しい時間はどんどんと過ぎていく。パウルが年齢以上に世間や常識を知らない子供だという情報が得られたものの、パウルは決して自分の過去については語ろうとしなかった。


 まぁいずれパウル自身が語ってくれる時がくるだろう、と考えながら夜になっている外の景色を見つめていたその時、視界が突然揺れて馬車が急停止してしまう。


「あー、これは参ったねぇ」


 馭者の爺さんが何やら頭を抱えている。気になった俺はキャビンから出て地面に足をつけてから馬車全体を見渡す。すると車輪が地面の亀裂に挟まってしまっていて、車輪自体にもヒビが入ってしまっているようだった。


 馭者は申し訳なさそうに頭を掻くと少し先にある馬宿を指差す。


「お兄さん、悪いが運べるのはここまでだ。シーワイル領は街道ですら整備されていないところが多くてね。時々、こういった事故が起きてしまうんだ。だから今日のところはあそこの馬宿に泊まってくれるかい?」


「ああ、それは構わない。だが、シーワイル領に入った途端、一気に街道がボロボロになってしまったな。財政が厳しいのか?」


「そうだねぇ、厳しいのだろうねぇ。他の2国から圧力を掛けられている訳ではないのだが、魔物の被害が大きくて生活基盤の維持が難しいのだろうね」


 到着前から不安になってきたが大丈夫なのだろうか? 施政において街道の整備は極めて重要な要素だ。物流が滞ることはあらゆる面でダメージが大きくなるだろう。


 もっとシーワイルについて聞きたいところだが馭者は相当焦っているようだし、今は彼を助けることに専念しよう。俺は馬車の後部に手をかけて無理やり車輪を浮かせて平坦なところに置いてみせた。すると馭者は目をかっぴらいて驚いており、拍手している。


「す、凄い怪力だなお兄さん。おかげでキャビンを脇に寄せられるよ助かった。礼と言っちゃあなんだが運賃は2割引きにしておくよ」


「お、ホントか、ありがとな。じゃあ、会計を……」


 俺は運賃を払う為に自分の財布を取り出す。するとパウルが腕を俺の前へ水平に差し出して首を横に振る。


「オッサンは払わなくていいぞ。宿屋代と途中までの馬車代は出してもらったからな。今度はオイラが出すぞ、これでも一応勇者候補のドーリョーだからな」


 同僚と言いたいのだろうか? 気持ちはありがたいが流石に子供に支払わせるわけにはいかない。俺が構わず財布に手を入れているとパウルはしたり顔で袋を掲げて小瓶を3本ほど取り出した。その小瓶には高そうな香辛料が入っている。


「馬の爺ちゃん、今回の支払いはコイツで頼む」


「……う~む、確かに価値のありそうな香辛料だが、ワシには正確な価値が分からないねぇ。それに言いにくいのじゃが基本的にブレイブ・トライアングルの法では同系統の物同士でしか物々交換が認められておらんのじゃ。だから硬貨や紙幣を貰えるかい?」


「え、あ、そうなのか……。じゃあオイラにはちょっと厳しいかも……ごめんオッサン」


 まさかパウルが5歳児でも知っているような社会常識を知らないとは思わなかった。パウルの口ぶりから察するにパウルの生きてきた場所ではまかり通っていたのだろう。


 ブレイブ・トライアングルで1番の田舎だと自負している俺の故郷サルキリですら硬貨や紙幣を扱っていたことを考慮するとパウルの生まれ育った場所が全く想像つかない。これは本当に0から社会勉強をさせなければいけないようだ。


 俺は馭者に運賃を払って別れを告げると近くの馬宿でチェックインしてパウルと共に夜を明かした。







 翌朝、俺は馬宿の主人をしている中年男性にグリーンベルまで運んでくれる馬車はいるかと尋ねた。しかし彼は申し訳なさそうに手を合わせる。


「すまない……三聖剣祭の影響で馬車は全て各地に出回っているんだ。あと4日ぐらいすればここから乗せてあげられると思うのだが」


 4日も暇なのは正直辛すぎる……。俺が頭を抱えているとパウルはもっと大袈裟に頭を抱えて愚痴を漏らす。


「どうするんだよぉぉオッサン! オイラ4日もジッとしちゃいられないぜ?」


 ゴレガードからグリーンベルまでの道程はまだ4割ほど残っている。逆に考えればあと4割ほどしか残っていない訳だ。こうなったら力技で移動してもいいかもしれない。俺はパウルに提案する。


「なあ、パウル。お前は船とか馬車とかに酔いやすいタイプか?」


「へっ? 全然そんなことないぞ。むしろグルグル回る遊びをしていた時も全くよろけずに歩けたぐらいだぜ。オイラに負けた兄貴分は悔しそうな顔をしてたよ、へへへっ」


「なら好都合だ。よし、今から俺がパウルをグリーンベルまでおぶっていく。気持ち悪くなったらすぐに言えよ?」


「は? いくらオイラが軽いからってグリーンベルまでどんだけ距離があると思って――――」


 俺はパウルが喋り切る前に片手で抱えてリュックのように背中へ移動させる。困惑するパウルを尻目に馬宿代を払った俺は眩しい太陽で煌めく平原を勢いよく飛び出した。


「うわわあぁぁ、速すぎるだろオッサン! 馬より速いじゃん!」


「馬はキャビンと人を運んでいるから遅いんだよ。俺の脚力なんて大したことないさ」


 そんな会話を続けながら俺はパウルを背負って休憩を挟みながら5時間ほど走り続けた。ずっと変化のない平原を走り続けていたわけだが不思議とパウルは嬉しそうだった。


「なんかよく分かんないけど楽しいなオッサン」


「そうか、おぶってほしければいつでもやってやるよ。あー、でも子持ちだと思われるのは癪だな」


「ハハッ、じゃあ弟ってことでいいさ。ほらほら走れ~、馬兄貴うまあにき―!」


「オッサンの次は馬呼ばわりか、フッ、生意気なガキンチョだな」


 たわいもない会話を続けながら俺はパウルの言う『兄貴分』や『兄貴』という単語を思い返していた。パウルは両親の事については話さないがたまに兄貴分という言葉を発する時がある。


 今後、パウルのことを知っていくには兄貴分という存在を掘り下げていけばいいのかもしれない。もっとも無理に聞き出すつもりはないのだが。




 そんなことを考えているうちに空は茜色に染まり始め、平原ばかりの景色にも少しずつ民家が現れ始めた。


 シーワイルが魔物に苦しめられていると言っていた通り、目に映る民家はダメージを負っている家屋が多い。心配が増す中歩いていると近くの看板に『グリーンベル町長ヨゼフ宅まであと少し』と書かれていた、ゴールは間近だ。


 初めて見る町を前に目をキラキラと輝かせるパウルを尻目に看板から3分ほど街道に沿って走り続けると少し大きな木造の家が現れた。家主を示す木札にもヨゼフと書かれているからここで間違いなさそうだ。


 早速入口をノックすると「どうぞ~応接間にいるので入ってください」と年老いた男性の声が聞こえてきた。


 入口扉を開けて廊下を進み応接間に入ると、そこには雪の様な真っ白な白髪と口髭を携え、丸みのある体格と垂れた糸目が特徴的な70歳ぐらいのお爺さんがソファーに座っていた。彼は穏やかな見た目に負けない温かい笑顔をこちらに向ける。


「おぉ……その大きな体躯は……もしかしてゲオルグ様ですか? ここに来られたということはもしかして無事勇者になられたと?」


「ああ、俺はゲオルグだがちょっと待ってくれ。町長さんは確か俺の親代わりであるローゲン爺さんと知り合いなんだよな? どこまで話が通っているんだ?」


 俺が尋ねると町長ヨゼフは自分がかつてローゲンと同じ兵士を務めていた後輩であること、俺が勇者になればグリーンベルに来ること、俺の大まかな特徴を知っていると話してくれた。


 俺は簡単に自己紹介してパウルのことも紹介すると町長はソファーから立ち上がり喜んで両手で俺の右手を握り、感慨深そうに呟く。


「ワシはこの日をずっと待ちわびておりました。ここまでの道のりで気付かれたとは思いますがグリーンベルは……いやシーワイル領全体が魔物に苦しめられて貧しい思いをしております。ですので勇者様でありローゲン先輩の教え子でもあるゲオルグ様の到着を今か今かと待っていたのです」


「期待してくれるのは嬉しいが俺は施政に関する仕事はしたことがないんだ。だから望み通りの働きができるかどうかは分からないぞ」


「ああ、すみません。ついつい興奮してしまったようで。まずはグリーンベルの現状の説明とゲオルグ様・パウル様の住居について説明するのが先でしたね。ひとまず私のあとについてきてくだされ」


 少し落ち着きを取り戻した町長は家を出て道沿いを歩き出した。俺とパウルが後ろをついていくこと5分――――目の前には悲惨な光景が広がっていた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?