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第6話 三日月の男ルーナス




 パウルと仲間になった俺はゴレガード中央にある宿屋に帰り、パウルの分の部屋代を受付に渡してから眠りについた。翌朝、パウルの部屋にいくとアイツは子供らしい寝顔で泥のように眠っていた。


 怪我をして間もないことに加えて戦闘や旅の疲れもあるのかもしれない。自然に起きるまで寝かせておいてやった方が良いと考えた俺は時間を潰す為に宿の中庭で聖剣を握り、素振りをしていた。


 すると俺の後ろから何者かの足音が近づいてくるのを感じて振り返ってみると立っていたのはクレマンだった。何故王子であるアイツが宿屋の中庭にいる俺へ近づいてきたのか分からず困惑しているとクレマンは鞄から紙の束を取り出して俺に差し出す。


「一応、勇者であるゲオルグに届け物だ。大臣が言っていたように聖剣の状態と勇者としての活動を記録する用紙だ。空欄に必要な情報を書きこんで定期的に書類をゴレガード王国に送れ、分かったな?」


「報告のやり方は分かった。だが、どうしてわざわざ王子であるクレマンが届けにきたんだ? 勇者を廃業して郵便屋でも始めたのか?」


「フッ、開口一番に皮肉を吐くとはな。それだけ僕は嫌われているようだな。まぁいい、さっさと目的を話すとしよう。僕はゲオルグの強さの秘密を知りたくてここにきた。ゲオルグはどうやってそこまで強くなった? そして何故そこまで自分を鍛え上げたんだ? 本当のことを答えろ」


 相変わらず質問を投げる側の人間とは思えない態度の大きさだ。だが、わざわざ足を運んでいる点からも必死なことは伝わってくる。それでも俺には言えることと言えないことがある。


「どうやって強くなったかと言われても新聞記者に答えた内容と変わらないぞ。只々、厳しい特訓と食事に拘っただけだ。それに生まれついて体格に恵まれている運もあるだろうさ。次に鍛えることを決めた本当に理由についてだが、答えるつもりはない」


 自分のことを『認めさせたい男がいる』なんて話せばクレマンは絶対にしつこく食いついてくるだろうから言う必要はないだろう。打ち明けるのはよっぽど信頼している仲間だけでいい。


 俺の答えに不満だったのかクレマンは舌打ちし、更に質問を続ける。


「なら次の質問だ。ゲオルグはこれからどんな活動をしていくつもりだ?」


「これも記者に答えた通りだ。3国で最も魔物の被害に苦しんでいて国力も低いシーワイルを発展させるつもりだ。師匠であり親代わりでもある故郷の孤児院の院長にも頼まれているからな」


「1番大変な場所で人々の為に尽くす……か。勇者として模範的だな。もっと都会的なところで贅沢しながら名声を得たいと思ったことはないのか?」


「俺だって人並に欲はあるさ。ただ、頼まれごとを解決する為に努力し続ける人生の方がずっと楽しいと思っている。だからシーワイルに行くだけの話だ」


「綺麗ごとばかり並べられるとイライラするのは何でだろうな? 今、僕の頭の中はゲオルグを潰すことでいっぱいになってるよ」


 クレマンは瞼を痙攣させて露骨に喧嘩を売ってきている。勇者の風上にもおけないコイツにかける言葉はおのずと限られてくる。


「勇者の仕事は人を潰すことか? 今からでも破邪の大岩に聖剣を返してきたらどうだ?」


「チッ……」


 一層機嫌を悪くしたクレマンが何も言わずに背中を向ける。すると遠くから「ゲオルグさーーん!」と女性の声が聞こえてきた。建物の中から駆けつけてきたのは昨日の記者アイリスだ。


 彼女はクレマンには目もくれずに俺の目の前まで来るとメモ帳を取り出して質問を投げかける。


「朝からすみません。昨日の取材を更に掘り下げたくて来ちゃいました。ゲオルグさんはシーワイルに行くとのことですが、発展の為の第1ステップとしてどんな仕事に取り組むおつもりですか?」


 今日、取材に来たのはアイリスだけのようだ。わざわざ魔導都市マナ・カルドロンから来ているだけあって人一倍熱心らしい。そんな彼女の熱意に極力応えてあげたいと思った俺が返答を熟考していたその時……




――――シーワイルか、自然豊かで良い場所だよね




 小声ながらも不思議と耳にしっかりと残る落ち着いた男の声が真上から聞こえてきた。驚いた俺が真上を見つめると宿屋4階の屋上の端で腰掛け、足をブラブラさせている男の姿が目に入る。


 男は魔力を纏った手の平を俺たちの方へ向けると灰色の霧のようなものを飛ばしてきた。するとアイリスがその場で崩れるように倒れて寝息をたてながら眠ってしまう。


 恐らく闇属性の睡眠魔術『スリープ・ミスト』を発動したのだとは思うが正直アイリスが眠らされたという事実が信じられない。それは状態変化系・回復系の魔術は距離が離れれば効果が激減する性質があるからだ。


 特に睡眠魔術は使用者と対象者の間に大きな体力差・魔力差・魔量差がなければ効かないと言われている。故に魔物や動物を眠らせる時も対象にダメージを与えて弱らせてからじゃないと基本的に眠らせる事なんてできない。


 条件の厳しいスリープ・ミストを遠距離から発動して成功させている時点で奴が凄まじい実力者であることが伺える。アイリスが戦闘に不慣れな、か弱い女性だと計算してもなお奴の魔術は超がつく一級品だ。


 俺とクレマンはすぐに警戒態勢へ移り、聖剣を構える。しかし、屋上の男はなんら恐れる様子はない。男は屋上から飛び降りると音もなく中庭へと着地してみせた。


 男の見た目は20歳そこそこに見えるぐらい若く、漆黒の髪は無造作ながらも艶やかで額にかかっており、鋭い眼と赤い瞳は冷たさを感じる。ローブを羽織っていて出で立ちはどこか上品で威厳がある。只者ではないと確信が持てる。


「何者だ、あんた」


 俺は自分で自分の声が震えているのを感じていた。戦っても勝てる保証がないと思える相手と接触したのは何年ぶりだろうか。俺の問いを受けた男は少し眉尻をさげて呟く。


「う~ん、私に名はないから好きに呼んでくれて構わないよ。私は一目勇者を拝みたくて宿屋にきただけだからね」


 一目拝みたいだけの奴が記者を眠らせるとは思えないが……。それにしても名前が無いとはどういうことだろうか? 俺は正体を探る為に全身を隈なく見つめた。すると奴の右手の甲に黒い三日月の紋章らしきものが浮かんでいるのが目に入った。


 三日月と言えば確かパウルが追っている男の特徴だったはずだ。深掘りしない訳にはいかない。


「好きに呼べか……それじゃあ月の妖精ルーナスプライトにかけてルーナスと呼ばせてもらおう。教えろルーナス。三日月の紋章をした男を探している奴が俺の知り合いにいるんだが身に覚えはあるか?」


「君の知り合いってパウル君のことだろう? 彼は結構前から私を追っているようでね、顔を合わせると興奮しちゃうようだからパウル君がいないタイミングを狙ってここへ来たんだ」


「興奮する理由はあんたが悪人だから……じゃないだろうな? 俺視点だとルーナスは怪しくてたまらないぞ。お前はどうして勇者を見に来たんだ?」


「詳しいことは秘密だけど、とりあえず勇者の強さを計りにきたとだけ言っておくよ」


「ほう、それでお前の目から見て俺たちはどうなんだ?」


「3人とも素晴らしいよ。さっき寝ているパウル君の魔力も間近で見させてもらったけど、勇者になれる素質は充分だ。クレマン君だってゲオルグ君が凄すぎて目立たなくなっちゃったけど、歴代勇者と比較すれば上位に位置すると思うよ」


「…………」


 一応クレマンは褒められてはいるが、ルーナスの迫力を前にしているせいか何も言えなくなってあぶら汗を掻いている。俺ですらルーナスに対し底知れぬ怖さを感じているのだから仕方がない。


 そしてルーナスは最後に俺の目を見つめて呟く。


「最後にゲオルグ君は……超がつくほど素晴らしい勇者だと思うよ。歴史上、君ほどの勇者はいなかったんじゃないかな?」


「俺は聖剣の紋章を3分の1しか光らせることが出来なかった半端者だが、褒めて頂き光栄だ。だが、ルーナスの言葉は少し引っ掛かるな。お前はどうしてそこまで勇者に詳しい? 勇者なんてポンポン現れるものじゃないだろ。意外と高齢なのか?」


「さあ? どうだろうね。まぁとにかくこれで私の目的は果たせたから帰ろうかな。ただ、帰る前に一言だけクレマン君に言っておきたいことがある」


「僕に? なんだ?」


 問い返されたルーナスはクレマンの横まで移動して肩に手を置くと優しい声色で囁く。


「凄く汗をかいているようだけど恐れを抱きすぎるのは良くないよ。クレマン君はもっと自分に自信を持った方が良い。確かにゲオルグ君は優秀だ、だけどクレマン君にしか出せない強味だってあるんだからね」


「う、うるさい! 黙れっ!」


 感情を逆撫でされたクレマンは肩に乗せられた手を払いのけようと力を入れる。しかし、ルーナスの力が強いのかクレマンは驚きの顔で腕を動かせず硬直している。


 数秒の沈黙後ようやくクレマンの肩から手を離したルーナスは俺たちに背を向ける。


「じゃあ目的は果たしたことだし帰ることにするよ。お仕事頑張ってね、三勇者」


 そう告げたルーナスは自身の周囲に砂嵐を起こし、姿を消してしまった。今の砂嵐も睡眠魔術も腕力も全てが半端ない。結局俺はルーナスの情報を大して得られなかったから正直悔しい。だがクレマンはもっと悔しそうだ。


「クソったれ! なんなんだアイツは……。ゲオルグ1人だけでも目障りだっていうのに……あんなやつまで現れやがって」


 もうクレマンの心はボロボロだ。俺が声をかけても火に油を注ぐようなものだろう、放っておこう。それよりも気になるのがルーナスがパウルの事を知っていた件だ。


 幸いルーナス自身がパウルを避けてくれているぶん接触する危険は少なそうだが、それでもどんな拍子で2人が出会ってしまうかも分からない。パウルの事は常によく見ておいた方が良さそうだ。それに今日の出来事も伏せておいた方がいいだろう。


 まだ朝だというのにドッと疲れた俺は記者アイリスを宿屋の主人にあずけ、パウルが目を覚ましているか確認しに行くことにした。





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