頭が……後頭部が痛い。確かオイラはゲオルグのオッサンに蹴りを放った反動で頭をぶつけた気がするようなしないような……。少しずつ思考と視界が鮮明になってきたオイラは慌てて飛び起きた。するとゲオルグのオッサンとは違う別の男の驚く声が耳に飛び込んだ。
「わああぁっ! いきなりどうした坊主? いや、確かパウルという名前だったな」
オイラが飛び起きたベッドの横では白衣を着た知らない爺さんが椅子に座っている。この人が怪我をしたオイラを治療してくれたのかもしれないから聞いてみよう。
「爺ちゃんがオイラを運んで治療してくれたのか?」
「いや、治療したのはワシじゃが運んだのはゲオルグだ。ふむ、どうやら意識はしっかりしておるようじゃな。一応聞いておくが気分は悪くないか?」
「おう! 問題ないぞ。それより教えてくれ爺ちゃん。ゲオルグのオッサンはどこに行ったんだ?」
「さあ、場所は聞いておらぬが後で戻ってくると言っておったぞ。だからこのままワシの診療所で大人しくしておけ。怪我人であることに変わりはないのだからな」
爺ちゃんは戻ってくると言っているけど、そんな保証はどこにもない。もしかしたら厄介なオイラから離れられたと思って遠くに行ってしまった可能性もある。いや、あのオッサンはなんとなく逃げたりはしない気がするけど、それでもジッとしちゃいられない。
オイラはベッドから飛び降りると扉に向かって走り出す。
「オッサンを探してくる。治療してくれてありがとな爺ちゃん!」
「お、おい、待たんか!」
爺ちゃんの制止をスルーして診療所を出たオイラは周りを見渡す。もう夜になっているけど、ここがどこなのかオイラには分かる。確かすぐ傍に見える橋がオッサンと戦った場所のはずだ。
あの戦いはオッサンの凄さをまざまざと見せつけられた。正直悔しい気持ちでいっぱいだ。
どんなに工夫して攻撃しても全然通じなかった。そのうえ勢いあまって頭をぶつけたり財布を落としたりと散々な目に合って――――
「あっ!」
振り返る中、ついつい大きな声を出したオイラは痛恨のミスを思い出す。オイラは戦いの反動で財布を橋の下にある川へ落としてしまったんだった。
財布に金はあまり入っていないけど昔、とても慕っていた兄貴分からもらった大事なお守りが入っている。絶対に失くすわけにはいかないんだ!
気が付けばオイラは川近くの土手を滑るように降りていた。落としてから時間が経ったから遠くへ流されているかもしれないと不安に思いながら暗い川へと近づく。
そこでオイラは異様な光景を目にする。それは東西の川沿いにとんでもない数の石が雑に積まれていたからだ。石は濡れているものも多く、明らかに人の手で積まれているみたいだ。
財布のことが1番気がかりではあるけど川沿いの石も凄く気になる。積まれている理由を考えていると
「ヨッシャァァッッ! 見つかったぜ!」
突然川の中から大きな水飛沫をあげて半裸の大男が飛び出してきた。暗いこともあり目を擦って大男を確認すると正体はゲオルグのオッサンだった。オッサンはすぐにオイラの存在に気が付くと川沿いへ上がる。
「よう、パウル。目が覚めたみたいだな。今、ちょうどお前が落とした財布を見つけたぞ。流されてなくてよかったな」
「も、もしかしてオッサンは川底の石をめくって外に出してまで財布を探し続けてくれたのか? ざっと数えても何千、いや何万個もあるぞ? どうしてそこまでしてくれたんだ?」
オイラは礼を言うのも忘れ、ただただ理由を尋ねていた。するとオッサンは頭を掻きながら淡々と語る。
「落とした時のパウルの必死さから察するに大事な物なんだろう? 単に大金が入っていただけならまた稼げばいいが、金以外にも大事な物が入っていたらマズいと思ったんだ。だから頑張っただけだ」
「あ、ありがとうオッサン……。だ、だけどどうして敵であるオイラの為にそこまでしてくれるんだ?」
「お前のことは別に敵だとも悪だとも思ってない。いや、たとえ敵だったとしても俺は極力助けるぞ。半人前とはいえ勇者だからな。好き嫌いで助ける相手を選ぶつもりはない」
理想の勇者像を語るだけなら簡単だけど実際に行動しているオッサンは本当に凄い。オイラだったらきっと自分の感情を優先してしまうと思う。オッサンみたいな人間こそが勇者のあるべき姿なのだと思う。
この人ならオイラが聖剣で叶えたかった望みも快く叶えてくれそうな気がする。だからこそこれまでかけてきた迷惑を謝り、勇気を出して頼んでみよう。
「オ、オイラが悪かった。勝負に勝って聖剣を奪おうとするなんて間違ってた。だからもう突っかかったりしない。ただ1つだけオイラのお願いごとを聞いてくれないか?」
「言ってみろ」
「ここから南西に豊穣の地シーワイルと呼ばれている領土があるだろ? そこにある『ジースレイク』という湖が毒沼化しているから聖剣の力で浄化して欲しいんだ」
「ジースレイクか、確か位置的に魔物の領土オルクス・シージのすぐ近くだったよな? もしかしてパウルの家はジースレイク付近にあるのか?」
「……いや、違う。そもそもオイラに家はないし、家族もいない。両親はもう亡くなったし、慕っていた兄貴分も亡くなってしまったんだ」
家族のことを話したのはオッサンが初めてだ。普段からあまり弱みを見せたくないから絶対に打ち明ける事はなかったのにオッサン相手だと意識する間もなく言ってしまう。もう自分でもハッキリ分かる。オイラはオッサンを心底信じていると。
オイラは自分のことを打ち明けた後、財布の中に指を入れてペンダントを取り出した。このペンダントは金に似た高級な金属で出来ているらしく、形が星なのも相まって気に入っている。兄貴分として慕っていた『あの人』から貰った大事な大事なペンダントだ。
オッサンはオイラに家族がいないことを聞いた時も、ペンダントを見た時も詳しく聞いてくることはなかった。本当は湖を浄化する理由を聞きたかったのかもしれないが、その理由を話すとオイラが秘密にしていることも話さなければいけなくなるから正直ありがたい。
オッサンは服を絞って水分を出し終わると「川底から取った石を元に戻すぞ。パウルも手伝え」といい、しばらく2人で石を投げる時間が続いた。
1時間近くかけてようやく石を片付け終わったタイミングでオッサンは告げる。
「まだ返事をしていなかったが、ちゃんと湖は浄化してやるから安心しろ、勿論無料だ」
「ありがとな、オッサン」
「ただし、1つ聞いておきたいことがある。目的の浄化が終わったらパウルは暇か?」
「ん? ああ、特別急ぐ用事はないぞ。まぁ湖のことは別にしても勇者になりたいって気持ちはあるからブラブラ旅をしつつ修行のやり直しだ」
「そうか、ならちょうどいい。パウル、お前は俺と一緒に来い。実は俺、育ての親に『無事、勇者になることができたならシーワイルの発展を手伝え』と言われているんだ。少し俺の仕事を手伝ってもらうことにはなるが同時にパウルのことを鍛えて聖剣を抜けるような立派な人間にしてやる」
湖の浄化のあともオッサンを師事することができるなんて思わなかった。これは凄くラッキーだ。生まれて初めて弟子になりたいと思った人についていけるならこれほど嬉しい事はない。
「本当か! ありがとな、オッサン! 飯が食えて雨風もしのげるならバリバリ働いてやるぜ。いやー、今日はホントについてるぞ」
「よし、決まりだな。もっとも俺は聖剣による浄化は初めてだし、ちゃんとした勇者じゃないから上手くいく保証はないけどな。もし、俺が駄目だったらクレマンに頼むといい」
「クレマンか……実は聖剣の儀が始まる数時間前にオイラはクレマンにお願いしたんだ『もし今日、勇者になったらジースレイクの浄化をして欲しい』ってな」
「クレマンは何て言ったんだ?」
「それがクレマンの野郎『ここからだと湖は遠いし、辺境の湖を浄化したところで見栄えの面でも実績面でもパッとしないから却下だ。僕にメリットが無い』って断りやがったんだ」
「……あの野郎、言い方もさることながら自分へのメリットを言及するところが勇者失格だな。とにかく事情は分かった。とりあえず今晩は俺の泊っている宿屋へ来い」
「分かった! よろしくな師匠、いやオッサン!」
「おい! そこは師匠でいいだろう! フッ、生意気で面倒な子供を拾ってしまったもんだな」
オイラとオッサンは軽口を叩きながら1度診療所へ戻り、エノール爺さんに挨拶を済ませてから宿屋に向かって歩き出した。その道中、オッサンは突然足を止めるとオイラの目を真っすぐ見て問いかける。
「パウルは湖の浄化が終わったあとも勇者を目指すと言っていたな。勇者になりたい理由でもあるのか?」
ちょっと答え辛い質問がきてしまった……。本当は湖の浄化に負けないぐらい聖剣が欲しい理由がオイラにはある。でも、今はまだ部分的に話すだけにしておこう。オッサンを危険な『あの男』に接触させたくはないから。
「実はあと1つだけ叶えたいことがあるんだ。それは三日月の紋章を手に刻んだ男を探して止めることだ」
「止める?」
「うん、三日月の男はなんというかとにかく悪くて強い奴なんだ。そしてオイラとも因縁がある。だから聖剣を持ってパワーアップしてから奴を止めたいんだ」
「きっとその因縁ってやつも相当根深いものなんだろうな。もしそうだとしたら『殺したい』ではなく『止めたい』と宣言するパウルはやっぱり勇者に向いているな。俺が必ず勇者にしてやるから、力を貸して欲しい時は絶対に言えよ。俺たちは将来的に完全な勇者となるコンビなんだからな」
そう告げたオッサンは大きな手で優しくオイラの肩を叩いた。父のような兄のようなゲオルグに会えて本当によかった。最高の居場所が出来た気がする。もうオイラは大事な居場所を失ったりはしない。今度は絶対に大事にしようと思う。