目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話 素晴らしい才能




「ここでいいだろう。さあ、パウル。聖剣が欲しければ殺す気で俺にかかってこい」


 俺は要塞都市ゴレガードの外れにある橋の上でパウルを煽る。パウルは両拳を激しくぶつけて闘争心を高めている。


「随分余裕だなオッサン。言っておくけどオイラはオッサンとクレマンの戦闘を見ても全くビビってないぞ。勝てる見込みはあると思ってる」


「そうか、そいつは楽しみだ。じゃあ、いくぞ!」


 俺の張り上げた声が戦いの鐘代わりとなりパウルは動き出す。パウルは俺から10歩ほど離れたところで停止すると両方の手のひらを俺に向ける。


「喰らえ、アクア・ボール!」


 パウルの手から飛び出したのは高速射出した水の球を敵にぶつける魔術アクア・ボールだった。この魔術自体は初級魔術だから水属性魔術の素養があるならば放てる者は大勢いる。しかし、パウルのアクア・ボールは一味違った。


 その違いは数と威力だ。普通の魔術師なら同時に放つのはせいぜい2,3発程度だが、パウルは一度に6発も発射している。しかも、速度もかなり速く、当たれば結構なダメージになるだろう。


 ただし、ダメージを負うのはあくまで普通の人間だったらの話だ。俺は人生のほとんどを凄まじい特訓につぎ込んできた。故郷の師匠が指示する特訓は本当に厳しかったし、強固な肉体を作る為の食事は本当に不味くて思い出しただけでも眩暈が……いや、今は戦いに集中しなければ。


 俺は飛んで来たアクア・ボール全て左腕一本でガードしてみせた。パウルも流石に予想外だったらしく口を開けて驚いている。


 それでもパウルの目から戦う意思は消えていなかった。やはり相当骨のある少年だ。パウルは顎から汗の雫を落としながらも再び両手に魔力を溜める。


「まだだ、まだやれるぞオイラは! 魔術が駄目なら接近戦だ!」


 一気に距離を詰めてきたパウルはフェイントを交えた拳と蹴りを連続で繰り出す。体術も魔術に負けず劣らずのキレがあり、気を抜いたら顔や急所に一撃もらってしまいそうだ。


 打撃を防ぐ音が50発、100発と続く中、パウル一旦距離を取る。次にパウルは拳に集中していた魔力を肘まで伸ばし、再び接近戦の構えをみせる。


「今度の攻撃は防がせないぜ、オッサン!」


 今日一番の素早い踏込みをみせたパウルは瞬時に俺の懐に入り、低い姿勢から打ち上げるように掌底を放つ。それを俺はさっきまでと同じように左腕でガードした。


 すると、ガードしたはずの打撃が油のように滑り、パウルの手が俺の顔を目掛けて伸びてきた。慌てて俺は首を傾けて避けようとしたが、パウルの手は僅かに俺の頬を掠る。


「ぐっ……」


 たまらず俺は後ろに飛んで距離を稼ぐ、頬から血は出ていないもののパウルの攻撃速度も相まって摩擦熱を感じる。少し楽しくなってきた俺は気が付けば笑っていた。


「面白いな。もしかして腕に粘液のような水属性魔術をかけて攻撃を滑らせたのか? そんな魔術は見たことも聞いたこともない。ワクワクしてきたぞ。さあ、もっと攻撃してこい」


「くっ……相変わらず余裕そうだなオッサン。いいぞ、だったら更に別の攻撃を見せてやる!」


 そう宣言したパウルは再び俺に攻撃を繰り出す。しかし、放ってくる攻撃はさっきまでと変わらなかった。滑る腕は厄介ではあるものの、性質が分かっていればガードではなく回避に専念すればいいだけだからだ。


 何発も何発も回避を続けていると悔し気な表情を浮かべたパウルは両腕をだらんと下に垂らし、こちらに近づき始める。


 どんな攻撃を繰り出してくるのか身構えているとパウルは直線的な攻撃から一転して体を柔軟に回転させながら舞うように打撃を繰り出し始めた。


 まだこんな隠し玉を持っていたのかと喜んだのも束の間、気が付けば俺の体は橋の手すり近くまで追い詰められていた。更にパウルはコンビネーション攻撃から続けて石剣を抜き、頭上に掲げる。


 もしかして剣による攻撃が最強技なのか? と胸を躍らせた俺は防御の為に両腕をクロスさせる。しかし、パウルから放たれた振り下ろしはさっきまでの格闘術とは打って変わって剣術初心者もビックリするほどに下手くそな振り下ろしだった。


 体と連動していない剣は恐れるに足らず、俺は難なく腕で剣を弾く。遠くへ飛んでいった石剣を見つめたパウルは唇を噛みしめる。


「くっ……やっぱり剣術はまだ馴染んでいないかぁ。だ、だけどオイラは絶対に負けられないんだ!」


 これまで以上の気迫を見せたパウルは更に速度を上げた格闘術を披露する。このまま将来有望な少年に戦闘訓練を積ませ続けたいところだが、いい加減終わらせなければ。


 俺は関節を固めて拘束する為に左手でパウルの右腕を掴んだ。今日初めてみせる俺からの攻撃に焦ったのかパウルは大声をあげてジタバタと抵抗する。


 すると次の瞬間、パウルのズボンのポケットから財布のような何かが飛び出してしまい、無情にも財布らしきものは橋の下にある川へと落ちてしまう。


「あ! オイラの財布が……。まずい、すぐに拾いにいかないと! は、離せオッサンッ!」


「いいや、そんなことを言って逃れようとしても無駄だ、俺は離さないぞ。このまま残る腕と足も拘束して完璧な負けを実感させてやる。痛みはないようにしてやるし、後で財布を探すのも手伝ってやるから安心しろ」


「うぅ……お、オイラは負ける訳にはいかないんだよォ!」


 そう叫んだパウルは腕が折れてしまったのではと思う程に拘束された右腕を捩じり、地面を両足で蹴り上げた。全身を180度回転させたパウルは左足を俺の顔面に届かせる――――ことは出来なかった。それは俺が咄嗟に右腕でガードしたからだ。


 その時、事故が起こってしまう。勢いよく弧を描いた蹴りをガードされた反動で下の位置にあったパウルの頭が地面に激しくぶつかってしまったのだ。その影響で気絶してしまったパウルは糸の切られた人形のようにその場で倒れてしまった。




「マズいな……。まさか自分から怪我をしてしまうとは思わなかったぞ。いや、あの状況で押し返すようにガードをした俺にも非はあるのかもしれないな。ハァ……しょうがない。診療所までパウルを運んでやるとするか」


 勝負を挑まれた被害者ではあるのだが、それでも罪悪感が上回る。仕方なく俺はパウルを揺らして刺激しないように背負って診療所を探すことにした。


 パウルが目覚めて落ち着いたらゆっくりと話を聞かせてもらうことにしようと考えながら歩いていると意外にも診療所は橋から1分ほど歩いたところに存在していた。


「エノール診療所……辺鄙な場所にあるけど大丈夫なんだろうか? いや、迷っている暇なんてないよな。中に入ろう」


 少しくたびれた2階建ての診療所に足を踏み入れた俺は医者はいないかと大きな声で呼びかけた。すると2階に繋がる階段から60歳ぐらいの男が降りてきた。男はボサボサの白髪と無精髭、そして丸い眼鏡とダルそうな目が特徴的である。


 男は面倒くさそうに頭を掻くと1階奥にある部屋を指差す。


「そこの背負われているガキを診ればいいのじゃな? 奥の部屋へ運べ」


 ゲオルグは医者と思わしき男の指示に従い奥の部屋のベッドにパウルを寝かせる。男は手に光属性の魔力を練ってパウルの後頭部に当てると治癒魔術を発動させた。


「……まぁこんなものだろう。大きいタンコブは出来ているが明日の朝には目覚めるはずじゃ。診療代は剛剣ゲオルグが払ってくれるのかのぅ?」


「ん? 爺さんは俺のことを知っているのか? あんたは何者なんだ?」


「看板に書いてあった通りだ。エノールという名のただの医者じゃ。お前さんのことはハンターをやっている患者から噂話レベルで聞いておるし、破邪の大岩で王子と戦っていたところも見ておったよ」


「エノールさんも観衆の中にいたのか。力技で聖剣を抜いたところを見られたのはちょっと恥ずかしいな。まぁ恥ずかしさで言えばパウルを怪我させたことの方が上かもしれないが」


「……ゲオルグよ。お前は何故『怪我をさせた』と嘘をつくのじゃ?」


 エノールがいきなり真っすぐな目で問い詰めてきたから俺はびっくりした。まさか怪我の状態をみただけでパウルがドジをしたのだと見抜いたのだろうか?


 見抜いた方法がどうであれパウルが聖剣を奪う為に襲い掛かってきたという噂が広まるのはまずい。ここは否定しておこう。


「いや、違うよ。パウルと戦闘訓練をしていた時に俺が力加減を間違えて叩きつけてしまったんだ」


「あー、ガキを庇う嘘はつかんでいい。ワシは2階からお前らの戦闘を見ていたのだからな」


 嘘があっさりバレてしまった……。確かに橋近くの診療所の2階からなら戦闘を眺めることも可能だ。どうりで俺が診療所に入った時に2階から降りてきていたわけだ。なんとも言えない空気で俺が喋れなくなっているとエノールは口を開く。


「ゲオルグに聞きたいことがある。どうしてお前さんは王子のことを叩きのめさなかった? それにガキの件でも1発ぶん殴って黙らせてやればよかったのではないのか? 随分とお人好しじゃないか」


「ぶん殴るって……医者の言葉とは思えないな。別に大した理由なんてないさ。ただクレマンにはクレマンの事情やプライドがあるだろうから傷つけたくなかっただけだし、パウルの件だって真剣な目をしていたから気持ちを受け止めなきゃいけないと思っただけだ」


「そうか。どっかの勇者よりよっぽど勇者らしいじゃないか。気に入った、治療代をタダにしてやろう。おまけに坊主が目覚めるまで付きっきりで傍に居てやろう。だからお前さんはさっさと宿に戻るなりなんなりするがいい」


「本当か! 実はちょっとやらなきゃいけない事があるから助かるよ。ありがとうエノールさん。パウルが目覚める頃にはまた戻ってくるからよろしく頼む」


 口は悪いが凄く優しいエノールさんに甘えて俺は診療所を後にした。パウルとは色々話したいことがあるし、正直そこそこ気に入っている面もある。だから早く目を覚ましてほしいものだ





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?