「小盾に聖剣を吹き飛ばされているようじゃ逆立ちしたって俺には勝てない。半人前勇者を認めてくれるよな? 一人前勇者のクレマンさんよぉ」
俺はようやくクレマンとの決着がついたことで気が付けば皮肉を吐いていた。無駄な戦いをさせられた鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「うぅ……クソッ! クソッ!」
クレマンは負けを認める言葉を発さずにひたすら地面を殴って怒りをぶつけている。負けを認める心を持てなければ俺を超える事なんて到底不可能だと思うが、今の奴に何を言っても効果はないだろうから放っておこう。
観衆は王子が負けたという結果に対し大声で盛り上がることが失礼と思ったのか静かに俺たちを見つめている。しかし、こちらを見つめる顔は緩んでおり笑みを堪えようと必死な様子が伺える……もしかしてクレマンはあまり民衆に好かれていないのだろうか? 山奥育ちで世相に疎い俺には分からない。
少なくとも大臣と観衆に勝利を認めさせることは出来たし、今後クレマンと関わることもそうそうないだろうから宿屋に帰ることにしよう。
俺は地面に置きっぱなしにしていた聖剣バルムンクを持ち、この場を去ろうと歩き出したその時――――観衆の中から10人程の男女が待ってましたと言わんばかりに俺に駆け寄ってきた。
その中でも一際足の速かった栗毛のポニーテールをした眼鏡の女性が丸く大きな瞳をか輝かせて質問を投げかけてくる。
「はじめましてゲオルグさん! わたくし魔導都市マナ・カルドロンのカルドロン新聞社から来ましたアイリスと申します。この度新しく勇者となられたゲオルグさんに色々と取材させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
すぐそばで王子であるクレマンが落ち込んでいるにもかかわらず取材ができるのも他国であるマナ・カルドロンから記者だからというわけだ。正直早く広場から離れたいところではあるけれど勇者として望みに応えないわけにはいかないだろう。
「ああ、構わない。質問はなんだ?」
「まずお聞きしたいのが今後の方針です。聖剣を得たゲオルグさんはどんなことを中心に務めを果たしていくおつもりですか?」
「そうだな、緊急性の高い仕事を除いて自分がやりたいと思っていることは……とりあえず魔物による農業被害を食い止める為に動きたいな。食事は人間の基本にして最も重要な要素だ、筋肉だって適切な食事があってこそだからな」
「食事……筋肉……なるほど。では農業繋がりで教えてください。ゲオルグさんの好きな食べ物は何でしょうか?」
「鶏肉だ。味が好きだというのもあるがそれ以上に肉体形成に優れているからな。筋肉を作るうえでベストな食材と言っても過言ではない」
「ま、また筋肉の話……で、では次に趣味を教えて頂けますか?」
「最近よく取り組んでいることがある。それは健康に良くても味が不味い食べ物を美味しくする方法を調べることだ。食事にしても運動にしても楽しくレベルアップできればベストだからな」
「も……もう筋肉とか健康の話はいいですってば! あ、すみません、原稿のことを考えていたらつい本音が……」
何故か記者のアイリスがプリプリと怒っている。彼女は小柄なうえに顔立ちが幼くて優しいタイプだから怒っていても全然怖くないが取材の成果を与えてあげられていないのなら正直申し訳ない。取材での受け答えについて今後勉強しておくことにしよう。
大きく溜息をついたアイリスは雑念を振り払うように首を激しく横に振るとペンを回し、質問を続ける。
「では次にゲオルグさんのルーツについて聞かせてください。貴方はどこでそれほどのまでの強さを身に付けたのですか?」
「俺は子供の頃からずっと自然豊かな故郷サルキリ村で鍛えていたよ。故郷を出たのもつい最近だから世相にも疎いんだ」
「サルキリ……えーと、確かブレイブ・トライアングル中央の山奥にある村でしたよね? 3国全てに重なる位置にあると言われて……いるんでしたっけ? ごめんなさい、サルキリ村は情報が少なすぎて詳しくなくて」
「ハハッ、気にしないでくれ。辺鄙な場所過ぎて実質3国から放置されているような超田舎だからな」
「もしかして山村を降りて勇者を目指した理由は一旗あげる為なのでしょうか?」
一旗あげる為という気持ちも勿論ある。だが、1番の理由は俺の力を認めさせたい男がいるからだ。いや、もっと正確に言えば俺の力を認めさせることによって『あの男』を後悔させてやりたいという気持ちが腹の底で渦巻いているからだ。
とはいえ、めでたい取材の場で話す事でもないだろう。ここは普通に肯定しておこう。
「ああ、その通りだ。やっぱり夢は大きくなくちゃな。あんたたちも応援してくれよな」
俺が耳障りの良い言葉を発すると記者たちは大いに盛り上がっている。そんな状況の中、質問を投げかけたアイリスは何故か薄く笑みを浮かべつつ肩を震わせ小声で呟いていた。
「良い……凄くイイ! 眩しい英雄様だよ。この人ならアタシの野望を叶えてくれるかも」
怪しげな笑みを浮かべるアイリスは敬語が抜けて一人称も『アタシ』になっている……。少し不気味だけど彼女の言動が気になる。掘り下げてみよう。
「どうしたアイリス? なんか変だぞ? それに野望ってなんだ?」
「いえいえ! なんでもありません。それより次の質問――――キャッ!」
慌てるアイリスが誤魔化すように質問を投げかけようとしたタイミングで突如、俺とアイリスの横を何者かが高速で駆けていった。
驚いた俺はすぐに後ろを振り向き確認すると駆け抜けていったのは見た目的に10歳ぐらいの小柄で細身の少年だった。少年はトゲトゲの黒い短髪、アーモンド形の目と黒曜石のような瞳、猫っぽさを感じる八重歯など特徴的なところは色々とあるが、一際目を引いたのが服装だった。
雑に布を服の形に切っただけのような貧相な服を着ており全体的に汚れていて良く言えば原始的、悪く言えば貧しい格好をしている。石畳とレンガの家々が綺麗なゴレガード王国では正直かなり浮いてしまう格好だ。
観衆の注目を一身に浴びた少年は残る最後の聖剣の前に立つと両手で聖剣を握って叫ぶ。
「たのむ……今度こそオイラに聖剣を抜かせてくれ! うおおおぉぉっ!」
少年の気合に呼応するように聖剣の柄にある紋章は黒一色から徐々に白色へと染まっていく。その輝きは俺より強く見事に円全体の3分の2を光らせてみせた。
素質では俺よりずっと上なわけだ。このまま円全体を光らせて勇者になって欲しいと願った俺だったが想いは届かず少年の挑戦は失敗に終わる。
俺の近くで少年を見つめていた大臣は小さく溜息をもらす。
「ハァ……残念だが今回も駄目だったか。前回の
「ほう、まだ若いのに立派なもんだな。あれだけ紋章を光らせられるということはもしかして勇者の血を守る貴族の子だったりするのか?」
「いや、誰もパウルの出生を知らぬのだ。それどころか
3国のどこから来ているとしても優秀な勇者候補は大歓迎だ。ここはひとつ挨拶でもしておいた方がいいだろう。パウルの元へ歩み寄った俺は握手を求めて右手を差し出す。
「よう、パウル君。惜しかったが素晴らしい挑戦だったぞ。俺の名はゲオルグ、いつかきっと勇者になると信じているぞ。これからよろしくな」
俺は自分なりに精一杯の笑顔を浮かべた。しかし、パウルは俯いたまま肩を震わせたかと思うと突然顔を上げて差し出した俺の右手を勢いよく弾いてしまう。
「先輩風を吹かせやがって! ふ、ふざけるな! オイラはオッサンを勇者だなんて認めてないぞ!」
「おいおい、クレマンに負けず劣らず活きの良いガキンチョだな。お前に認められなかったらどうなるんだ?」
「決まってるだろ! 紋章をより大きく光らせることが出来るオイラの方が勇者に向いているんだ。オッサンの聖剣を奪わせてもらうんだよ!」
そう宣言したパウルは予備動作の少ない踏込みで一気に俺が右手に持っている聖剣バルムンクの柄を両手で掴んで引っ張り始めた。
だが、いくら両手といえど少年に奪われるほど俺はヤワなハンターではない。俺は強引に右手を振り回し、パウルを引き剥がす。
吹っ飛んだパウルは空中で体を捻り、足裏を地面に合わせることで踏ん張り2筋の線を作る。中々の身のこなしなうえに剣を引っ張る力もかなりのものだ。10歳ぐらいの見た目をしているのにクレマン並の腕力を持っているのではなかろうか、大したものだ。
とはいえ人の物を強奪しようとするのは頂けない。ここはひとまず訳を聞いておかなければ。
「パウル、どうしてそこまで聖剣を欲しがるんだ?」
「聖剣が必要な理由? そんなのオッサンに説明するつもりはねぇ。いいから聖剣をよこせよ、オイラは急いでいるんだ」
「理由を説明してくれればお前のやりたいことを代わりに俺がやってもいいと思ったんだがなぁ。まぁいい、じゃあ次の質問だ。パウルはどこから来たんだ? パウルは何者なんだ?」
「質問は何ひとつ答えるつもりはねぇ!」
まさか収穫無しになってしまうとは。このままパウルを無視して走って逃げるのも手だが、こいつの目は真剣だ。クレマンのような自己顕示やプライドが影響しているのではなく、誰かの為に必死になっているように思う。あくまで俺の勘でしかないのだが。
ならば応えてやるのが漢ってものだろう。クレマンと同じような流れになってしまうのは嫌だが俺はパウルという人間を見極めなければならない。
「パウルの必死さは伝わった。だったら力づくで奪いに来るといい。但し、お前が散々わがままを言ったんだから俺からも1つだけ条件を出させてもらう。戦う場所は人気の少ない場所を指定させてもらうぞ」
「おう! それでいいぞ」
相変わらず生意気な口ぶりだが根は素直そうな奴だ。俺は記者たちに『取材は後日にさせてくれ』と伝え、パウルと共に破邪の大岩をあとにする。
人気が少なくて戦っても物を壊しそうにない場所はどこだろうと考えた俺はパウルを連れてゴレガードの西端にある橋に到着した。
この橋は大きい川にかかっている立派な石橋ではあるものの繋がる先は魔物の多い森だけだから1日の間に通る人間はかなり少ない。橋の中央まで歩いた俺は早速拳を構えて戦闘態勢へ移行する。
「ここでいいだろう。さあ、パウル。聖剣が欲しければ殺す気で俺にかかってこい」