「それじゃあ聖剣を貰っていくぜ」
大剣タイプの聖剣バルムンクを台座ごと引き抜いてしまった俺は未だに腰を抜かしている大臣に聖剣を持っていくことを伝えた。すると慌てて立ち上がった大臣は仰々しく咳払いをして落ち着きを取り戻し、聖剣バルムンクを指差す。
「えー、台座ごと聖剣を抜くという歴史上例のない事態となってしまったものの聖剣を持ち運べることには変わりない。ゲオルグを勇者と認めよう。但し、今後聖剣を扱うならば2つほど条件を飲んでもらうぞ」
「条件? それは何だ?」
「1つは定期的に聖剣の状態をゴレガード王国に報告することだ。例外的に聖剣を手にした以上なにかトラブルが起きないとも限らないからな。そして2つ目は聖剣をブレイブ・トライアングルに住む人々の為に役立たせること。お前が現在どんな仕事をしていようが今日からは強制的に『職業勇者』となるわけだ」
ブレイブ・トライアングルはゴレガードを含む近隣3国の通称であり、名前の通り3国の領土を合わせれば正三角形になっているのが特徴だ。大昔に人々を救った3勇者がそれぞれ散らばって国を治めた事から3勇者の地とも呼ばれている。
とは言ってもブレイブ・トライアングルの外側は全て魔物の領土――――通称『オルクス・シージ』と海で出来ているから俺たち人間は三角形の領土を広げることはあっても大きく外に出たことはない。
大昔からずっと包囲攻撃を仕掛けてくる魔物群と領土を広げたい人間たちが戦いを繰り広げてきた訳だ。魔物は言葉こそ話さないが攻撃・逃走の判断が上手く、生態系を大きく乱す事もなく今日まで人々を苦しめ続けている。
これらの歴史から学者の間ではオルクス・シージの中に『魔物の根城』もしくは『魔物を統率する王』のような存在がいるのではと囁かれている。人々が魔物の底知れぬ可能性に怯えているという意味では長らく不在だった勇者の席が一気に2席も埋まったのは景気の良い話なのだろう。
当然、俺も勇者として人々の為に働きたいと思っていたから大臣の条件を拒む理由はない。
「ああ、その条件飲ませてもらう。ゴレガード王国を含めた3国全てに役立てるよう邁進すると約束する」
「うむ、それでよい。私利私欲で聖剣を奮う者がいないとも限らないから一応聞いておいただけだ。ところで早速だがゲオルグはまず最初に聖剣を何処でどのように使うつもりなのだ?」
「実は前々から聖剣を手に入れたら助けに行ってやってほしいと言われている地域があるんだ。だからとりあえず明日になったらそこへ出発しようと思って――――」
――――待て! 半端者!
大臣と話をしている最中に突然男の大声が割り込んだ。少し聞き覚えのある声だと思いながら後ろを振り向くと立っていたのは先ほど勇者になったばかりのクレマン・ゴレガードだった。
眉間に皺を寄せたクレマンは手の届く距離まで近づいてくると聖剣グラムを地面に突き立てる。
「ゲオルグ! お前みたいなメチャクチャな奴が勇者だなんて認められるものか! 派手なパフォーマンスで民衆の心を掴み、さぞ気分が良いかもしれないが真の意味で聖剣を抜けない奴なんて勇者じゃない!」
「ほう、だったら俺はどうやったら認めてもらえるんだ?」
「僕と勝負しろ。ゲオルグが僕より強いことを証明出来たら勇者と認めてやる。ただし、僕が勝ったら勇者を名乗らせないし、歴史書にもお前の名前は記載させない」
さっき大臣に勇者と認められたばかりだというのに面倒くさいことになってきた。大臣は特に止めようともしないから王子には逆らえないのだろう。
おまけに観衆は面白いものが見られると喜んで盛り上がっていて賭けまでしている奴もいる始末だ。どうやら引くに引けない状況らしい。
今日のクレマンの言動を見ただけで奴がプライドと自己顕示欲に満ちた男だということがよく分かる。プライドも自己顕示欲も努力を積み重ねるうえでは良い燃料になる可能性はあるが、俺のことは巻き込まないでほしいものだ。
とはいえ断る訳にはいかない。仕方なく了承した俺は戦いを始める為にクレマンから距離を取る。
大臣はいつの間に俺とクレマンの間に立ち審判のような役目になったらしく両者の顔を確認して右手を掲げる。
「それではいきますぞ……始め!」
大臣が右手を下ろすと同時にクレマンが一直線に走り出す。手にしたばかりの聖剣グラムを胸元に構えたクレマンは走りの勢いを乗せた突きを繰り出す。
放たれた突きは速く、俺はギリギリのところで体を横にして躱してみせた。あの野郎、本気で潰しにきてやがる……。
その後もクレマンは容赦のない斬撃を連続で放ち続けた。全ての太刀筋が鋭く、無駄がない、避けるのも一苦労だ。恐らくゴレガード王国内でもクレマン級の剣士はいないのではなかろうか?
「どうした? 避けるので精一杯か、ゲオルグ?」
調子に乗っているクレマンの顔は活き活きしている。いや、活き活きどころか薄っすら顔色すら良くなっている気がする。
攻撃を避けながら観察を続けていた俺は顔色が良い理由にすぐ気が付いた。それは聖剣グラムを握っている影響で魔力が活性化し、発光しているからだ。
聖剣には持ち主の魔力を向上させる力があり、強い魔力を身に纏うほど攻撃力・防御力・身体能力が向上する性質がある。
紋章を3分の1しか光らせられず聖剣バルムンクを背負った今の俺ですら数%能力が向上している感覚があるから、きっとクレマンは完全に聖剣を抜けた恩恵で普段より数割増しで強くなっているのだろう。
だからこそ勝負に勝つ自信があったのかもしれない。もしそうなら計算高いうえにフェアさにも欠けている。正々堂々を装った小賢しいタイプは正直少し苦手だ。
いや、勝手に性格を決めつけるのはよくない……それに今はクレマンの性格分析をする時じゃない。如何にクレマンを怪我させずに勝利するかを考えるのが俺の務めだ。
だが、攻撃を避け続けるだけなら簡単だが怪我をさせずに勝つとなると途端に難易度があがってしまう。
隙を見て関節技を決めたいところだがクレマンがどんな魔術を使うか分からない以上、手足を拘束したところで別の位置から魔術を放たれて被弾し、例えダメージをほとんど負ってなくても敗北扱いになる可能性もあるから危険だ。
となると打てる手はおのずと限られてくる。一瞬で負けを認めさせる手段はコレしか思いつかない……俺は一度後ろへ大きく跳んで強引に距離を空け、右手に鉄製の小盾を装着する。
小盾を装備した俺を見たクレマンは息を切らしながらも肩をすくめる。
「おいおい、回避ばかりだと思ったら今度は盾か、防御が趣味なのかい? 折角未完成の聖剣バルムンクを手に入れたのだから使えばいいのに。ああ、そうか、台座ごとくっ付いてきちゃったから重くて扱いにくいのだね、ごめんごめん」
「よく口が回る割に的外れだな、クレマン」
「あ? どういう意味だ?」
目に見えて瞼を痙攣させるクレマンに最早爽やかだった第一印象は見当たらない。ようやく本性が見えてきたクレマンに答えを教えてやろう。
「あんなに質量のあるバルムンクで攻撃したらお前を怪我させてしまうだろ? 俺はお前に一切傷を負わせずに勝つ予定だ。だから小盾で充分なんだよ」
「ゲオルグは人を煽る才能があるようだな。いいだろう、僕はその挑発に乗ってやる」
顔の横に剣を構えたクレマンは大きく深呼吸して精神を整えている。多少は自分自身を抑えることができるようだ。俺とクレマンの間に5秒、10秒と沈黙が流れる。
観衆も静まり返り唾をのむ音すら聞こえてきそうな静寂を破ったのはクレマンの突進だった。クレマンは開戦直後とは違い、斬り下ろしを放つ為に聖剣を頭上に構え、ありったけの魔力を腕と聖剣に込めている。
クレマンの聖剣が届く距離まであと3歩、2歩と距離が近づき……。
「これで終わりだ、ゲオルグッ!」
クレマンが渾身の一撃を振り下ろす。
この一振りは今日一番の剣速をほこっている……が、俺には全く問題ない。最高速に到達した聖剣の刀身に対し、俺は割れんばかりに大地を踏みしめ、体を小さく捩じり、真正面から小盾を刀身にぶつける。
聖剣と小盾が衝突し、耳が痛くなるほど甲高い金属音が広場に響き渡る。クレマンの手は振り下ろし終えて腰の位置まで下がり
「なっ……」
声にならない声を出し、握っていたはずの聖剣が手から離れている事実に呆然としている。
あまりに一瞬のことだったからクレマンは気付いていないようだ。聖剣が俺の小盾に吹き飛ばされて後方に飛んでいったことを。
聖剣グラムはクルクルと回転しながら観衆の前へと落下する。地面に落ちた聖剣の音でハッとしたクレマンは背筋を伸ばし事態を把握する。
「ああぁぁ……そんな、僕が負けた?」
まだ現実を受け止めきれていないクレマンに対し、俺は肩へ手を置いて呟く。
「小盾に聖剣を吹き飛ばされているようじゃ逆立ちしたって俺には勝てない。半人前勇者を認めてくれるよな? 一人前勇者のクレマンさんよぉ」