目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第11話

 それで、律歌はオーバーサイズデニムにラフなニットプルオーバーを選んで約束の時間ぴったりに喫茶店に現れたのだった。バニラアイスが溶けてすっかりカフェオレのようになっているコーヒーフロートを飲みながら本を読んでいた古森に声をかけてから、ボックス席のシンが座っている方へ腰掛けると、店内を物珍しそうに見回した。

「……まさかこんなところに連れてきてくれるなんて思いもしないじゃん……」


 律歌が暮らした時代では『レトロ』というジャンルで一時的に流行ったような、ベロア調の赤いソファに、白いテーブル。

 タッチパネルオーダーが主流の時代に、あえてのベルを鳴らしてウェイターを呼ぶスタイルの喫茶店。こんな非効率な店はなかなか続かないことが多いのだが、何故かこのモールのこの喫茶店は古森のような古いスタイルに魅力を感じるような層に受けたのか、うまいこと存続していた。

「悪くないだろ、ここの店」

 二杯目に頼んだクリームソーダが来ると、古森は愛おしそうに人工的なエメラルド色をしたサイダーを眺めている。グラスの底からしゅわしゅわと上がってくる泡がきれいだ。律歌も小さく笑って、同意する。

「知らないはずなのに懐かしいね。なんだっけ、えっと」

「ノスタルジー?」

 シンがそういうと、律歌は「そうそれ」と手を打った。

「十分に買い物できたか?」

「うん、ありがとう……この時代の流行りとかよくわかんなくて適当に買っちゃったんだけど、変じゃないかな」

 律歌の服装を見て、古森はうーん、と首をひねる。

「そういう時はお似合いですの一言で良いんですよ」

 真剣に悩む古森を、シンはばっさりと切り捨てた。律歌は苦笑いを浮かべる。

「いや、変なら変って指摘してほしいけど……でも謎に悩まれるのもあんまり気分良くないかも」

「あっ、ごめん……その、俺も女子の服装の流行とかには疎いから……」

「でしょうね」

 苦笑して、律歌は今どき珍しいアナログのメニューを開く。フォトアルバムの台紙に紙のメニューを貼り付けてフィルムでカバーしたものだ。料理の写真も、フィルムカメラで撮ったもののようで、少し画素数が低く、画像が荒い。

「好きなもの頼んでいいから」

「ありがとう、えと……」

 このお店はパネルがないけどどうしたらいいの? という律歌に、少しだけ得意げに古森はテーブルの上のベルを鳴らす。すると、白いブラウスにカフェエプロンの男が奥からやってきて、ご注文をどうぞ、と言った。

(あ……)

 律歌は瞬時にその男が人間ではないことを見抜く。特殊グラスで出来た眼球は、人間のように充血することがないし、白目は白磁のように真白。肌はきめ細かく、毛穴の一つもない。

「アイスレモンティーおねがいします」

「かしこまりました」

 作り物の笑顔は、シンほど自然ではないけれど美しい。接客型アンドロイドService、通称S型だろう。どれだけ旧時代に寄せて店を作っても、人材が不足しているから生身の人間を雇用できないという点は律歌の時代から解消されていないのだと感じ、律歌はこればかりはどうにもならないな、と思った。

「どうした、難しい顔して」

「ん、いやね、人口減少はまだ続いてるのかなって思って……」

 他の人やウェイターに聞こえないよう、律歌は声を潜めて尋ねる。

「人口は一億くらいで推移しているよ。政府が管理しているわけではないんだけど、なんとなくその年の出生数が発表されると少ない年は次の年は多め、多い年は次の年は少なめって感じで……」

 律歌はまた苦笑いする羽目になる。

「そんなとこまで空気読んでるんだ」

「なんというか日本人らしいよな」

 顔を見合わせ笑う。あくまでも一億は新人類の数で、旧人類の数字は先に話していた通りポッドの数を政府側が完全に把握しているわけではないので、不明。ポッドの数は推定100程度ではないかと言われているが、それも定かではない。人口として計上されないうえ、個人蔵のものが多いのでこれも定かではないが、アンドロイドは恐らく3000万体程度ではないかと言われている。海外でも同じようにポッドで眠った旧人類がいるという情報はあるが、こちらと同じく数は把握されていないようだった。

「テレビも旧式なんだね」

 スライスレモンがグラスについているアイスティーをストローでくるくるかき回しながら、律歌は喫茶店に備え付けてあったテレビを見た。歴史の教科書くらいでしか見たことがない、ブラウン管というものを使用したテレビを模した大きな箱型のモニターでは、バラエティ番組が放映されている。

「ああ、もっとも現在ではブラウン管なんて生産されていないから、中身は普通の液晶なんだけどな」

 液晶もだいぶ少なくなってきたけど、と言って、古森はクリームソーダの上に乗っていたさくらんぼを律歌のアイスティーについていたスプーンに乗せる。

「いいって」

「俺、クリームソーダは好きだけどさくらんぼ苦手なんだ。食べてくれ」

「そうなの?」

 苦手なら仕方ないか、と律歌はさくらんぼの軸をつまんで口に放り込んだ。


 ――ニュース速報です。


 テレビで放映されていたお昼のバラエティの表示が急に小さくなって、画面にはニュースキャスターが大写しになった。律歌は緊張した面持ちで画面を注視する。

「律歌」

 あまり気にしている様子をみせると怪しまれる、と古森は目配せをする。

 律歌は慌てて居住まいを正すと、気を取り直して平静を装い、アイスティーを飲みながら画面を見た。


 ――昨日のポッドの中の旧人類覚醒から一夜、本日未明、旧人類によるテロ行為が発生しました。


 さすがに表情に出すなというほうが無理だった。律歌は呆然として画面を見つめている。シンは律歌の背にそっと手を添えて、小さく囁く。

「律歌さん、落ち着いて……。大きく吸って、吐いて」

 上手く息を吸えていなかったことに気づいて、律歌はゆっくりと深呼吸をした。万一周りに見られたとしても、テロ事件にショックを受けたということは何も不思議なことではない。

 今はニュースの内容を追わなければ。律歌は呼吸を整えると、ニュースキャスターの言葉に耳を傾ける。


 ――政府中枢への攻撃を仕掛けてきた旧人類と思しき男は本日9時ごろに確保、容疑については認めているようです。事件についての動機などは現在取り調べ中……。


 律歌は静かに古森に視線を移す。古森は何でもないことのようにクリームソーダを飲んでいた。ゆっくりと背を撫でていたシンの手が離れる。

「恐れていたことが現実になったみたいですね」

「本当にテロ事件が起きるだなんて……」

 古森は運ばれてきたパンケーキを小皿に取り分けると、律歌に渡した。

「蜂蜜、かけるか?」

「あ、……うん」

 今はわからないことが多すぎる、焦っても仕方ないから続報を待とうと古森は言って、蜂蜜のボトルを律歌に渡してやった。

 ナイフとフォークで小さく切って、蜂蜜をたっぷりかけて口へ運ぶ。

 少しチープな味わいの蜂蜜の香りが、口の中にまったりと広がっていくのを感じながら、律歌は深く息を吐いて目を閉じた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?