シンが淹れてくれたカフェオレを飲みながら、律歌は部屋を見回す。
白い壁、一面だけ、カーテンがかかっている。その直交する壁に、映像が映し出された。
「ニュース……」
シンが手元のボタンを操作すると、ニュース番組が映し出される。
――各地で、『ポッド』の中の旧人類が覚醒したとの情報が入っています。
がたん、と律歌が立ち上がる。
「わ、私のことだ……」
映像を見ていると、割れた博物館のポッド、美術館のポッド、大学のポッドが映し出される。さすがに個人蔵のものは政府も追えていないので、これがすべてではないという旨をキャスターが伝える。ポッドの正確な総数がわからないと報道しているあたり、律歌が眠っていたポッドについては、把握されていないと考えてよさそうだ。
街は緊迫した雰囲気に包まれているようだった。
スクリーンの中でコメンテーターが神妙な顔で語る。
「いやあ、しかし、培養液とは書かれていましたが、もはや保存液と思われていたのに、あのポッドから目覚める人がいるだなんて」
「中央博物館のポッドが割れたことから始まった旧人類の覚醒ですが、どのように……」
音が遠くに聞こえて、律歌は怯えたような顔でシンを見た。
「目覚めたのは律歌さんだけではない……ポッドの解除システムが一斉に起動したということですね」
「多分……ねえ、どうしよう……」
ニュースで話している専門家の声が断片的に入る。
研究対象を
保護
観察
いや、危険分子の捕縛
見かけた方は――。
「……」
シンが焼いてくれたトーストが喉を通らない。律歌は頭の中にうまく入ってこない言葉をつぎはぎして整理していく。
昨日の古森の話でも、このニュースの中でも旧人類は研究対象だということは明確だった。それが目覚めた今、保護するべきと唱えるもの、危険分子がいる可能性があるとして捕縛すべきと考えるものがいるということ――。言い方が違うだけで、どちらにしても旧人類とみられる者は研究機関に連れていかれるべきという論調だった。
リビングの自動ドアが開いて、古森が駆け込んでくる。
「ニュース、見たか」
シンと律歌、どちらにも問うように言う。
「ええ、各地のポッドの話ですね」
「うん。……律歌」
古森は、トーストに手を付けないで呆然としている律歌に目を向ける。
「律歌!」
目の色を失って、固まってしまっている律歌の肩を掴んで軽く揺すった。
「大丈夫だから、俺たちが必ず君を守る」
ハッとした律歌が顔を上げる。そして、古森の言葉に首を振った。
「私は研究対象なんでしょう、守るって……」
「確かに昨日は研究対象だと言った。けれど、バンドを切って君は一人のヒトとして今ここにいるだろ!?」
声を荒げた古森に、律歌は瞳から大粒の涙をこぼす。
「あっ……悪い、怖がらせるつもりじゃ、あの、怒ってるんじゃないんだ」
律歌の肩から手をはなしてわたわたと両手をさ迷わせる古森に、シンは小さくため息をつく。
「シン」
助けてくれ、というような古森の視線に、シンはそっと歩み寄った。
「律歌さん、まずあなたは『人』であるという認識を持ってください。標本でも、研究対象でもない。今ここに目覚めただけの、『人』です」
律歌はシンの穏やかな声に耳を傾けて、呼吸を整えるように長く息を吐く。その背を、シンの大きな手がさすった。
「それから、教授。あなたはコミュニケーションに大いに難あり。ことを急がないで、ゆっくり物事を伝えるべきです。せっかくのあなたの真心が一つも伝わらなくなる」
「あ、ああ……」
一呼吸おいて、古森は話し始めた。
「律歌、君が入っていたポッドだが、あれは政府管理のものではないから公にはなっていない。俺が個人で密かに所有していたものだから、周りにも知れていない」
律歌は怪訝そうに顔をしかめる。
「そんなこと言ったって、あなた研究職でしょ? 周りに知れてないなんてこと……」
古森は気まずそうに視線を逸らした。シンが補足する。
「教授がぼっちであることがこんなところで役に立つなんて」
「い、いうないうな! ぼっちじゃなくて一人を好んでいただけだ」
こんな時でもボケとツッコミをやっている二人に、律歌は怯えている自分がなんだかばかばかしくなってきた。もとより目覚めるかもわからずに眠りについたこの身、もう死んだも同じだったかもしれない。一人ぼっちで目覚めてしまった行き場のない命、それならばこの命、ここにいる『へんたい』に預けるのも、まあ致し方ないかもしれない。
「つまりは古森教授って友達がいなくて部下もシンだけでぼっちだったが故に私が入ってたポッドも公になってなくて、それで私を守り通せるって言ってくれてるのね?」
シンは大きく頷く。
「はい、その通りです」
「いや、だからぼっちじゃないって!」
「守ってくれるのはありがたいけど、研究機関に私を渡した方が教授のためになるんじゃないの? ぼっちも解消されるかもしれないし、あなたの権威も」
そこまで言いかけた律歌を、古森は遮る。
「そんなに震えているのに? 不安に身を縮こめているような子を研究機関に引き渡して無機質な機械につなげて暴こうなんて、そこまで俺は非情じゃないよ」
そういわれて、まだ自分の身体の震えがおさまっていないことに律歌は初めて気づいた。そして、古森から視線を逸らす。
「別に……」
今更怖くもないし。と言おうとした唇が震える。眠ったその時で精神年齢も、身体年齢も止まっているのだから無理もない。
「そういうの良いから。律歌、俺たちを少しで良いから信じてほしい」
古森はそういうが、なぜここまで自分に協力してくれる姿勢をみせるのか律歌にはわからなかった。戸惑いながら、尋ねる。
「信じたいけど、わからないのよ、なんで私を助けようとするの」
「それは……」