アリスターが甘えてくれるようになった。
バスルームで髪を洗ってあげたら、物凄く喜んで、結婚しているのにプロポーズまでされてしまった。そんなに感激するのならば毎日でも洗ってあげたい気持ちになった。
最初のころの緊張感は薄れて、仕事の話もしてくれるようになった。
警察の科学捜査班のラボ職員で、警察官で医者という職業上、Domの容疑者を相手にしなければいけない場面もあったようだが、アリスターはSub性が強いのでDomのコマンドにも負けなかったようだ。それどころか、グレアのようなオーラまで出ていたという。
それに関してはリシャールが念入りにアリスターにマーキングしていたのでそのせいかとも思うのだが、強くて凛々しいアリスターにリシャールは惚れ直した。
リシャールがアイスクリームが好きだと聞いてから、アリスターは果汁のゼリーを凍らせてシャーベット状にしたものを作って冷凍庫に入れておいてくれるようになった。
「ゼラチンは体にいいし、これ一つで五十キロカロリーもないから、一日一個くらいならリシャールも食べられるんじゃないか」
「それくらいのカロリーなら、ジムで少し多めに鍛えればいいから平気かな。ありがとう、アリスター」
普通のアイスクリームを毎日は食べられないが、アリスターの作ったシャーベットならば毎日食べられる。小さなカップに入れられて凍ったシャーベット状のゼリーをリシャールは大事にスプーンで削って食べた。
最近のアリスターは朝食も作ってくれるし、冷凍庫にはゼリーを凍らせてシャーベットを作ってくれるし、家事分担をしてくれるようになった。
結婚して一緒に暮らすようになったら家事の分担も考えなければいけないと思っていたが、リシャールができないときにはアリスターがして、アリスターができないときにはリシャールがして、非常に心地よく生活ができていた。
「家事のことなんだけど……」
「気付いた方、やりたい方がやればよくないか? 俺はリシャールのためなら何でもしたい」
「昨日もバスルーム掃除してくれたのアリスターでしょ? 排水溝まで綺麗にしてくれて」
「ああいうのは俺は慣れてるんだ。排水溝は仕事で毎日手を突っ込んでるようなものだし」
排水溝に残る証拠もしっかりと採取しなければいけないのがアリスターの仕事だ。分かっているが、排水溝までピカピカのキッチンとバスルームを見るとリシャールはアリスターに感謝して拝むしかない。
排水溝に手を突っ込むのが仕事で慣れているからと言って、いつもさせていたら申し訳ないとは思うのだが、リシャールが手を出すまでもなくキッチンもバスルームも排水溝はいつもピカピカだった。
「多分、俺は掃除が好きなんだと思う」
「僕は料理が好きかな」
「洗濯は必要ならばする」
「僕も洗濯は必要ならする」
家事の分担をしなくても自然とお互いがやっていて、できないときには補い合う方法でどうにかなりそうだった。
「リシャール、覚悟してくれ」
「え? 何を?」
「俺はこういう仕事をしてて、こういう性格だから、もし浮気したら徹底的に証拠を集めるし、隠せないからな」
真剣に言われてリシャールは目を丸くしてしまった。
「浮気なんてするわけないよ。アリスター以外と抱き合いたいとか全く思わないし、キスもアリスター以外とは考えられない」
撮影で必要ならばキスシーンっぽい演出は引き受けるが、実際にキスをするつもりはない。
そこまで言えばアリスターも納得したようだった。
「俺は嫉妬深くて独占欲が強いんだ」
「僕もそうだよ」
「リシャールの過去の相手にもものすごく嫉妬してる」
そんなことを言われてもリシャールは嬉しいだけだった。
「僕の過去の相手なんて、みんな最悪だったよ。相性がよくなかったし、僕のコマンドを怖いって言ったり、抱いた後で抱かれる方がよかったって言われたり……」
「俺はそんなことは言わない。リシャールは最高だ。リシャールを抱くことができて幸せだ」
「ほら、僕にとってはアリスターが最高の男なんだよ」
もうこれ以上はない。
抱き着いてアリスターの耳に囁くと、アリスターの耳が赤くなるのが分かった。
「リシャール、煽らないでくれ」
「煽ってるつもりはないんだけど」
「顔と体も最高なのに、声までいいって、天はリシャールにどれだけ与えてるんだ」
「性格と料理の腕もいいと自負してるんだけど」
「その通りだよ! リシャールは最高だよ!」
自棄になったように言われてリシャールは苦笑してしまう。アリスターがリシャールを最高と思ってくれているように、リシャールもアリスターを最高と思っている。
「アリスターは優しいし、格好いいし、金髪が綺麗だし、緑の目も凛々しいし、掃除を嫌がらずにしてくれるし、料理も上手になってきたし、僕のこと守ってくれるし……アリスターこそ、どれだけいい男なの?」
悪戯っぽく微笑んで問いかけると、抱き締められて口付けられる。
そのままベッドに雪崩れ込みたかったが、明日も仕事なので自重しなければいけない。新婚なのだから甘い
フランスにアリスターを連れて行ったこと自体はお互いの気持ちも確認できたし、後悔していないが、長期休みが取れないというのは少し困る。
「アリスターの誕生日の翌日は休んでよね」
「分かってるよ」
近付いているアリスターの誕生日をリシャールは盛大に祝うつもりだった。
リシャールとアリスターは誕生月がひと月しか離れていない。
リシャールが二十九歳になった翌月にアリスターも二十九歳になる。
アリスターの誕生日にはリシャールはこの日くらいは構わないかと思って、シフォンケーキを焼いた。料理はつなぎを最小限にしたハンバーグとサラダとスープと大豆のパンだった。
つなぎがほとんど入っていないハンバーグは肉の味がしっかりして美味しかった。
リシャールの誕生日に飲まなかったスパークリングワインを開けて、二人で飲んで、夕食を食べ終わるとシフォンケーキを出して来たらアリスターの目が輝いた。
「ケーキだ。いいのか?」
「今日くらいはいいかなと思って。アリスターの誕生日を手作りのケーキでお祝いしたかったんだ」
本当は綺麗にデコレーションされているケーキの方がよかったかもしれないが、カロリー的にも、リシャールが作れる範囲でも、シフォンケーキが限度だった。
アリスターにはホイップクリームを添えて、リシャールはそのままのシフォンケーキを紅茶と一緒に味わった。
ふわふわのシフォンケーキにアリスターは感激していた。
「俺のための誕生日ケーキだ」
「アリスターがケーキで誕生日を祝われたことがなかったって聞いて、絶対にケーキを作ろうと思っていたんだ。アリスター、誕生日おめでとう」
「ありがとう、リシャール」
緑の目をきらきらと輝かせてシフォンケーキを食べて、紅茶を飲むアリスターはとても可愛かった。
リシャールはアリスターの笑顔を何枚もスマートフォンで写真に撮って、その一枚をスマートフォンの壁紙にした。
「俺のはツーショットなのに、リシャールは俺だけの写真を壁紙にするのか?」
「だって、僕の顔とか見たくないよ」
雑誌でもネットでもリシャールの写真は溢れている。自分の顔をスマートフォンを開いてまで見るのはリシャールには耐えがたかった。アリスターの笑顔ならばどれだけでも見ていられる。
「リシャールはこんなに格好いいのに」
「アリスター、僕の前で僕の写真とか、見ないでね? 妬いちゃうから」
アリスターにとってリシャール以外は性的な対象にならないと分かっているが、リシャールの写真であれども、アリスターが見ていたら妬かない自信はない。それを告げると、「リシャールなのに!?」とアリスターは不満そうだった。
「僕でも嫌なの」
写真ではなく実物がいるときには実物に構ってほしい。
甘えた声を出すと、アリスターが降参の意を込めて緩く両手を掲げた。