ストーカーになった元マネージャーは、警察官を刺したという罪状で裁かれて刑務所に入れられることになっている。アリスターは警察官を刺すというのが罪状を重くするということが分かっていて、わざと拘束の手を緩めて隙を見せていたのだが、そういうことは言わなければ分からないのでリシャールも黙っていた。
裁判所に出頭するのも、アリスターは警察官で、警察の科学捜査班のラボの職員なので慣れているようで、どういう状況で刺されたかなど詳しく述べていた。
その凛々しい姿にリシャールはアリスターに惚れ直した。
最初に会ったときから格好いい男性だとは思っていた。
プレイのときには可愛いとか愛しいとかそういう感情でいっぱいになってしまうが、リシャールが困難に陥ったときには駆け付けてくれて、リシャールを助けてくれる頼りになる夫だ。
アリスターから上司に紹介したいと言われて、リシャールは喜んで了承した。
あまりプライベートなことに踏み込ませてくれないアリスターがリシャールを仕事の関係者に会わせてくれる。警察官として、警察の科学捜査班のラボの職員として、アリスターは危険を伴う仕事をしているので、伴侶であるリシャールも狙われかねない。そのときのためだと分かっているが、アリスターの上司に会えるということはリシャールを浮かれさせた。
警察の科学捜査班のラボから少し離れたカフェで待ち合わせをして、リシャールはアリスターと上司が来るのを待つ。
アリスターは中年のがっしりとした体格の男性と共にやってきた。
「初めまして、アリスターのラボのチームリーダーをしているロドルフォ・パーチです」
「アリスターの夫のリシャール・モンタニエです」
握手をすると、ロドルフォがリシャールの正面の席に座って、アリスターがリシャールの隣りに腰かける。
「ストーカー被害に遭っていた、モデルのリシャール・モンタニエさんで間違いないですよね」
「その件に関しては、アリスターに助けられました。今も、裁判でアリスターが証言してくれています」
「ソウルくんは若手の中でも相当腕のいい職員で、警察官としても、医者としても有能なんですよ」
「そうだと思ってます。アリスターがそばにいてくれて僕もとても頼りになると思っています」
理解ある上司のようなので、リシャールも安心して話すことができた。
褒められてアリスターは照れている様子である。
「何かお困りの際にはいつでも声を掛けてください。ソウルくんと夫夫喧嘩したときにでも」
「それはないと思います。喧嘩をしても、僕もアリスターも大人です。ちゃんと話し合って解決できると思っています」
「あの……ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。ソウルくんの伴侶を知ることができて安心した」
お礼を言っているアリスターにロドルフォは微笑みながら答えていた。
そのままアリスターもリシャールも仕事に戻らなければいけなかったが、帰ったら二人の時間が待っているのかと思うと、仕事が終わるのが待ち遠しいくらいだった。
決められた衣装を着て撮影に臨んでいると、撮影が終わったらケーキが用意されていた。
リシャールは他人から貰ったものに手を付けないのだが、気持ちだけはありがたくいただく。
極彩色のケーキには『リシャールお誕生日おめでとう』の文字があって、本当に自分の誕生日が来たのだと実感できた。
「ケーキは食べられないけど、写真だけ写してもいい?」
「どうぞどうぞ」
スタッフにお礼を言って写真を写させてもらってリシャールはふと思い出した。
小さなころに大好きだったこと。
その当時のマネージャーがストーカーになってしまったので嫌な思い出の中に仕舞われてしまっていたが、実のところ悪くない思い出もあったのだ。アリスターがストーカーを刑務所に入れてくれて、リシャールを守ってくれるおかげで嫌な思い出の中にいい思い出を見つけ出すことができた。
帰りに店に寄って買い物をして、買ったものを冷凍庫に入れてリシャールはアリスターの帰りを待っていた。
アリスターは仕事を早めに終わらせて帰ってきてくれて、誕生日のディナーを作ってくれている。料理をするようになってからは自分の作ったものしか口にできなくなったが、アリスターが作ってくれるならば安心して食べることができる。
どんな料理であろうと、アリスターが作ってくれたものならばリシャールは感謝して食べるつもりだった。
鶏胸肉のオーブン焼きと夏野菜のゼリー寄せとパン。きらきらと輝く夏野菜のゼリー寄せにリシャールは目を奪われた。
「こんなもの作れたの!?」
「ゼラチンは肌にも関節にもいいし、見た目も綺麗だろう? ネットで調べたらレシピが出てきたんで仕込んでいたんだ」
「綺麗。食べるのもったいない」
「リシャールのために作ったんだ。食べてくれよ」
シャンパンを開けて細いグラスに注ぐアリスターに、リシャールは心からお礼を言った。
「最高の誕生日だよ。ありがとう」
「リシャールの方が俺より先に二十九歳になるなんて、ちょっと悔しいけど、俺もすぐに追いつくから」
「アリスターの誕生日には僕がご馳走を作るよ」
食べるのがもったいない夏野菜のゼリー寄せは写真を撮って保存しておいて、フォークで掬って食べると冷たくて野菜の歯ごたえが心地よくてとても美味しい。
「アリスターは料理も才能があった」
「リシャールの教え方がいいんだよ」
「とても美味しいよ。ありがとう」
夏野菜のゼリー寄席を食べて、鶏胸肉のオーブン焼きもパンと一緒に食べてしまうと、リシャールはシャンパングラスを傾けて気泡が上がる薄い色のシャンパンをうっとりと見つめていた。
アリスターの誕生日は約一か月後だ。
そのころには夏も真っ盛りになっている。
これだけリシャールを喜ばせてくれたアリスターにどんなお礼をしよう。
シャンパンを味わいながらリシャールは考えていた。
ディナーを食べ終わると、リシャールは椅子から立ち上がって冷凍庫の中に入れておいたものを取り出した。
それはアイスクリームケーキだった。
ケーキを見てアリスターが驚いている。
「甘いものは食べないんじゃなかったのか? 食べてもいいのか?」
「アリスターと暮らすようになって、ストーカーになった元マネージャーとの日々を冷静に思い出せるようになってきたんだ。小さいころ、僕が仕事を嫌がると、元マネージャーはアイスクリームを買ってきてくれた。アイスクリームを食べると、僕は機嫌を直して仕事に向かえた。僕はアイスクリームが好きだったんだと思う」
好きだったアイスクリームのことも元マネージャーがストーカーになったせいで忘れていた。思い出させてくれたのはアリスターの存在だった。
アイスクリームケーキをお皿の上に置くと、アリスターがデザートスプーンを持ってきてくれる。
「本当はリシャールの誕生日にケーキを一緒に食べたかったんだ。俺、誕生日にケーキを食べるなんてしたことがなくて、リシャールもそうだったんじゃないかと思って、過去を取り返してあげたかった」
「アリスターがそんなことを思ってくれていただなんて。僕もアリスターとアイスクリームが食べたかった。アイスクリームケーキにしてよかった」
溶けるのでアイスクリームケーキを先に食べてしまうと、リシャールはアリスターと自分のために紅茶を入れた。シャンパンは一本飲みつくしていたが、まだ冷蔵庫にはスパークリングワインがある。それでも、スパークリングワインよりも紅茶を飲みたい気分だったのだ。
「アリスターが褒めてくれる僕の紅茶だよ?」
「リシャールの紅茶は世界一美味しい。愛情がこもってるからかな」
「アリスターへの愛はたっぷり込めてるよ」
笑いながら話して、紅茶を二人で飲む。紅茶を飲むにしてはもう汗ばむ季節になっていたが、ペントハウスは空調管理がされていて、気にならなかった。
「アリスター、今日は僕を満足させてくれるよね?」
「もちろん、そのつもりだよ」
「愛してる、アリスター」
「俺も愛してる、リシャール」
口付けをしてそのままベッドに雪崩れ込みたかったが、リシャールもアリスターもまだシャワーを浴びていなかった。
ぐっと我慢して順番にシャワーを浴びて、ベッドにもつれ込むころには、リシャールもアリスターも限界だった。
「もうだめ。アリスター、『来て』?」
「煽らないでくれ、リシャール。優しくしたいんだ」
「乱暴でもいい。僕を『抱いて』」
コマンドを使ってしまうのはそれだけリシャールが焦れているからかもしれない。
アリスターも強いSubなので耐えようとしていたが、リシャールは噛み付くように口付けてその理性を崩した。