アリスターから指輪をもらって、リシャールは浮かれていたが、浮かれているだけで済ませるわけにはいかなかった。
リシャールの自宅の場所をスクープ雑誌の記者に漏らした人物がいる。恐らくは元マネージャーなのだろうが、その対処にも当たらなくてはいけない。
「アリスター、ストーカーをどうにかしないと、またこんなことが起きてしまうかもしれない」
アリスターから貰った指輪が大事すぎて、料理をしているときに付けていられなくて箱に一度納めたが、料理が出来上がるとまたいそいそと付けるリシャール。アリスターは眠らなかった挙句、昨日の夜から何も食べていなかったようなのだ。
「ごたごたしてたから食事をするのを忘れてしまった」
「体調不良の原因はそれじゃないの?」
「そうかもしれない」
指摘するとアリスターが恥ずかしそうにしている。一週間プレイをしなかったのはリシャールも多少は堪えていたけれど、体調を崩すほどではなかった。アリスターはSubとしての欲求が強いタイプなのかもしれない。
「アリスター、僕、この家を引っ越そうと思ってる。護衛も雇って、ストーカーも知らない場所に家を建てようと思う」
「そっちの方がいいかもしれないな。俺は遠くてもリシャールのいるところなら通うよ」
「そうじゃないよ。一緒に暮らそう?」
一緒に暮らそうと言われてアリスターは驚いているようだ。Subなのにリシャールにプロポーズするような度胸はあるのに、一緒に暮らすことは全く頭になかったのだろう。
結婚という形であれ、クレイムという形であれ、リシャールはアリスターが正式なパートナーになれば一緒に暮らすつもりだった。ただ、場所を知られているこの家は危険だということは分かっている。
家が建つまでの間ホテル暮らしにして、家が建ったら正式に引っ越そうかと考えているリシャールにアリスターが口を開く。
「首輪は嫌だけど、何かリシャールからクレイムの証は欲しい」
「首はダメなら、手首だったら?」
「手はダメなんだ。仕事柄、身に着けられない」
アリスターの仕事は警察の科学捜査班のラボの職員だ。手袋を付けての仕事も多いだろうし、手洗いも頻繁にするだろう。
「チョーカーもダメだろうし……そうだ、指輪。僕だけもらってるのは申し訳ないから、指輪は買わせてね。それ以外で……アンクレットとかどうかな?」
「指輪も付けていられないから、首にかけるようにするけど、アンクレットなら問題ないと思う」
「それならアンクレットにしよう」
指輪はアリスターの分を買う。クレイムの証としてはアンクレットを贈るということで話がまとまった。
「リシャール、指輪のサイズなんだけど、大丈夫かな?」
「ちょっと緩い感じはするけど、平気。僕、これから体重戻すから、取れなくなったら困るんだ」
「手のサイズはそんなに変わらないだろう。緩いなら、調整してくれるって店員が言ってた」
「せっかくアリスターから貰ったのに、もう外したくない」
「緩くてなくす方が嫌じゃないか」
「それはそうだけど」
左手の薬指を守るように握り締めると、アリスターに苦笑されてしまう。最初の方は笑うことのなかったアリスターが笑ってくれていると思うと、リシャールは胸が暖かくなるのを感じる。
「それじゃ、アリスターの指輪を注文しに行くときに、サイズも直してもらう」
約束したがアリスターから貰った大事な指輪を一瞬も手放したくなくて、リシャールは左手の薬指をもう片方の手で握り締めてしまった。
食事を終えると、リシャールがシャワーを浴びて、アリスターもシャワーを浴びて、ベッドに雪崩れ込む。
リシャールの手を取ったアリスターが、左手の薬指の指輪の上に口付けしてくれる。
「もう、僕が『キスして』っていう前から」
「したかったんだよ」
「僕は相当強いDomだって診断されてるのに、アリスターは僕のコマンドの間に話したり、別のことができるくらい余裕だよね?」
「俺は自分のSub性が強いかどうかなんて検査したことがない」
「検査してみた方がいいと思う」
それでずっとアリスターが抑制剤がよく効かずに苦しんでいたのだとしたら、リシャールはアリスターと長期間離れることがないように気を付けないといけないと思っていた。
Sub性が強いということは欲求も強いということだ。リシャールと離れていた一週間と少しの間でアリスターが調子を崩したのも、Sub性が強すぎるからかもしれない。
「リシャールっていうパートナーがいるんだからよくないか?」
「よくない。自分のことは知っておくべきだよ」
「病院、嫌いなんだよなぁ」
自分も医者の資格を持っているアリスターだが、病院が嫌いと言われて、いわゆる医者の医者嫌いというやつかとリシャールは思う。嫌いでもアリスターの体調のためには行ってもらわなければ困る。
「アリスターのSub性が強いなら、今回のフランス行きみたいに、長期で国を離れる場合には一緒に連れて行かなきゃいけない」
「そんなに休みは取れないよ?」
「年に一度くらいだから大丈夫じゃないかな? 後は、少し離れるときなんかは、通話でする?」
「へ? 通話で?」
目の前でコマンドを言わなければプレイができないとアリスターは信じているようだった。リシャールくらいの強いDomになるとスマートフォン越しにでもコマンドを使うことができる。その場合、Subのアリスターはコマンドに従って褒められることによって欲求を満たせるが、リシャールの方が完全には欲求を満たせないのが問題となるのだが、それはリシャールは我慢できるはずだった。
「契約書作る?」
「作りたい」
ノートパソコンを開いて、役所から出されている契約書のテンプレートをダウンロードして、リシャールはアリスターと一つ一つ取り決めをしていった。
「セーフワードは『アレキサンドライト』でいいね? なんでアレキサンドライトなの?」
「それは……リシャールの誕生石だからだよ」
「え!? 僕の誕生石知ってたの!?」
そういえば宝飾品の宣伝で誕生石特集が組まれて、リシャールはアレキサンドライトを身に着けた写真を撮ったことがあった気がする。そういうのもアリスターには知られているのだと思うと、嬉しいような恥ずかしいような気分になってくる。
「NG行為は?」
「痛いことと、汚いことは嫌だな」
「僕にしてほしいことは?」
「ずっと抱かせてほしい……リシャールはこれでいいんだよな? 男なのに、抱きたいとかないのか?」
「僕は抱かれたいってずっと言ってるよ。Domだけど抱かれたいのはおかしいって言うひともいたけど、僕は抱かれる方しか考えてなかった」
契約書の中身が埋まっていく。
アリスターとリシャールだけの契約書だ。
契約書をプリントアウトして、リシャールとアリスターはサインをした。
「婚姻届けにもサインをしないといけないね」
「クレイムしたから、これだけじゃいけないのか?」
「僕はアリスターにプロポーズされて嬉しかったの! 婚姻届けも出させてよ」
甘えるように言えばアリスターが嬉しそうな顔になる。
今日はアリスターは帰らなければいけないが、リシャールと約束して、明日の仕事が終わったら役所に一緒に契約書と婚姻届けを出しに行くことにした。
「ストーカーの件もどうにかしないといけないんだけど……」
「それは警察に任せないか?」
ストーカーの件が落着しないとアリスターとリシャールの関係もまた崩しに来られるかもしれない。ストーカーのやること程度で崩されるつもりはなかったが、不快であることは確かだったので、リシャールはストーカーをどうにかしなければ、アリスターと落ち着いて過ごせないと思っていた。