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18.盗撮

 コレクションは大成功だった。

 マダムのデザインはそれを着たモデルと共に非常に評価されて、拍手喝さいの中でリシャールは舞台を降りた。

 体重を減らして体型をマダムの理想に近付けるのも、舞台袖での早着替えも大変だったが、リシャールはやり遂げた喜びに胸がいっぱいになっていた。

 コレクションのぎりぎり一週間前までアリスターがいてくれたのも間違いなくリシャールの絶好調に拍車をかけていた。アリスターとのプレイでリシャールは完全に満たされて、舞台の上に立つことができた。


「リシャール、最高だったわ。色香が滴るようないい男だったわよ。これなら、十八歳のときのリシャールを塗り替えて、今度からそのままのあなたのデザインができそう」


 感激してマダムから抱き締められて、リシャールは心から誇らしかった。

 コレクションの映像はテレビを通して世界中に配信されるだろう。きっとアリスターも見てくれる。観光もできなかったし、高級レストランも拒まれてしまって、アリスターに格好いいところが全然見せられなかったと悔いているリシャールだったが、それを全部取り戻すだけのできだったと胸を張って言えそうだった。


 コレクションが終わると慌ただしく祖国に帰ったが、リシャールは帰る飛行機の中でもずっとアリスターのことを考えていた。


 首輪はきっとお好みではないだろうアリスターにどうすればクレイムを申し込めるか。

 もうリシャールにとってパートナーと言えばアリスターしか浮かばなかった。アリスターとのプレイは最高で体も心も満たされた。アリスターに抱かれるのも快感しかなかった。

 リシャールの方がDomなのだから主導権がリシャールにあるのは仕方がないのだが、それでもアリスターは自分のしたいことは口にしてくれていたし、リシャールもそれに添うようにプレイを進められたと思う。


 Dom性が強いので普通のSubだと従わせてしまって、プレイの後で文句を言われることもあった。


「本当は自分の方が抱かれたかったのに」


 無理やりさせたつもりはないし、そう言ってくれれば違う相手とプレイすることを勧めてもよかったのに、全てが終わった後で告白されると正直リシャールも堪えるものがあった。

 優しいコマンドしか使っていないのに、「怖い」と言われることもあった。そういうときにはプレイを中断してアフターケアをするのだが、それではリシャールも相手も満たされない。


 リシャールを満たしてくれるのはアリスターだけなのかもしれないと思い始めたからこそ、正式なパートナー契約であるクレイムを考え始めたのだが、アリスターは答えてくれるだろうか。


 どれだけ「好き」「大好き」「愛してる」と言ってもアリスターが応えてくれたことはない。アリスターにとってリシャールは遊び相手にしか過ぎないのだろうか。


 嫌な考えが浮かびそうになって、リシャールは頭を振ってそれを追い払い、アリスターにメッセージを打っていた。


『そっちの時間の夕方には帰れそうなんだ。久しぶりに会いたい』


 一週間しか離れていないのに、アリスターに会いたくてたまらなくなっている。リシャールのメッセージに、アリスターからもメッセージが返ってくる。


『俺も会いたい。でも、帰ってすぐで疲れてるんじゃないか?』

『部屋が荷物で溢れててもいいなら、うちに来て』


 海外出張の後は休みがもらえるので、リシャールはしばらく仕事がない。アリスターに会えば我慢できなくなって、抱いてほしいと思うだろうし、アリスターを抱き締めたいとも思うだろう。


『早上がりして、空港に迎えに行くよ』


 嬉しいメッセージにリシャールはスマートフォンを握り締めて飛行機の中で悶えていた。


 飛行機から降りると、便を伝えていたアリスターが空港で待っていてくれた。大きなスーツケースを持ってアリスターの元に駆け寄ると、アリスターがスーツケースを自然に持ってくれる。


「重いから僕が持つよ」

「疲れてるだろ。俺にさせてくれ」


 優しいアリスターに甘えて、荷物をアリスターの車に積み込んで、車の助手席の乗せてもらった。アリスターはリシャールの目を見て、軽くリシャールに口付ける。


「お帰り」

「ただいま」


 アリスターの元に帰ってきたのだと安心していると、アリスターがリシャールに意外なことを言ってきた。


「リシャールの目、色が変わるの、気付いてるか?」

「え? 僕の目は青だけど……」

「俺とプレイしてるとき、紫色になってる」

「嘘!? 僕の目、おかしいの?」


 驚いたリシャールにアリスターが説明してくれる。


「リシャールの目は青だろう? それに興奮すると毛細血管が広がって、血の色の赤が混じるんだ。それで、紫に見えるんだと思う」

「誰にもそんなこと言われたことなかった」


 これまでにプレイした相手、誰もそんなことに気付いていなかった。アリスターは本当にリシャールのことをよく見ていてくれる。胸がじんわりと暖かくなるリシャールに、アリスターは笑う。


「そういうタイプの目を持ってる人間がいるって、医学部で習ったよ。実物を見たのは初めてだったけど」

「僕も指摘されたのは初めて」

「リシャールは温厚だから怒ったりすることがなかったんだろう。それで今まで気付かれなかったんだと思うよ」

「アリスターとプレイするときだけ、僕は目の色が変わるくらい興奮してるわけだ」


 口にするとものすごく大胆なことを言ってしまったようで、リシャールは照れて顔が熱くなるのを感じた。


「そういえば、コレクションの映像、見たよ。最高だった」

「ありがとう」

「あのためにリシャールは頑張ってたんだなって感動した」


 そこまで褒められると面はゆいが、リシャールは嬉しくもあった。

 マンションの前に着くと、来客用の駐車場に車を停めてアリスターが荷物を降ろしてくれる。スーツケースを押しながらマンションの前まで来たところでリシャールは何か光るものが視界の端に入ってきたのに気付いた。

 そちらを見ると、人影が動いて逃げようとしているのが分かる。


 スクープ記者に撮られた。


 経験がないわけではないが、一瞬で状況を理解したリシャールは、自分の大きな体で僅かに小柄なアリスターを隠すように壁に押し付けていた。

 何事か理解していないアリスターが驚いている。


「リシャール、どうした?」

「多分、撮られた。アリスター、ごめん、今日は帰って。事務所に連絡して、記事が広まらないように手配してもらう」

「撮られたって……?」

「スクープ雑誌の記者だよ。僕とアリスターの関係をあることないこと書かれるかもしれない」


 世界的に有名なモデルだという自覚はあった。それなのに、初めての恋に浮かれてアリスターを守ることが疎かになっていた。

 反省しつつ、アリスターを隠しながら車まで送ったリシャールに、車に乗り込むアリスターが不安そうな顔をしている。


「リシャール、また連絡くれるよな?」

「すぐに連絡する。愛してる、アリスター。君を守りたいんだ」


 リシャールが今日帰ることも、リシャールの自宅の場所も、知っているものは一部だけだ。誰が情報を漏らしたかなんて予測が付く。

 リシャールには、執着してストーカーになった元マネージャーがいるのだ。


「スクープ記事を握り潰すのに時間がかかるかもしれない。でも、絶対に守るから。お願い、僕を信じて待っていて、アリスター」

「リシャール、俺は……」

「僕を信じて」

「リシャール……」


 何か言いたそうにしているアリスターの言葉をしっかりと聞いておきたかったが、時間がなかった。スクープ記事は明日にでも雑誌やインターネットにばらまかれるかもしれない。

 それより先に事務所を通してリシャールがアリスターを守らなければいけない。


 リシャールのプライバシーなんてあってないようなものだが、アリスターは違う。一般人なのだ。第二の性ダイナミクスのことで職場に知られたくない様子でもあるし、リシャールとの関係が広まってしまえば、アリスターにファンのヘイトが向く可能性もあった。

 本人が温厚だからと言ってファンまでがそうだとは限らない。過激なファンにアリスターが傷付けられるようなことがあってはならない。


 何よりも、アリスターは警察の科学捜査班のラボ所属だ。警察官ということを知られるのもあまりよろしくないかもしれない。


 アリスターを帰してから、部屋に戻ってリシャールはマネージャーのマクシムに連絡した。

 マクシムも帰国してすぐのはずだが、話を聞いてすぐに動いてくれた。


 スーツケースを開けることなく事務所に出向いて、リシャールはマクシムと一緒に事務所のお偉いさんに話を通した。


「僕に関して何を書かれても構いません。ただ、相手は一般人なんです。事務所からきちんと声明を出してほしいんです」

「その相手のことは本気なんですか?」

「本気です。だから、正直に気持ちを書きます」


 スクープ記事が広まる前に、事務所から声明を出しておいた方がいい。

 その判断から、リシャールは事務所を通して自分の言葉で声明を出した。


『私、リシャール・モンタニエは、現在お付き合いをしている方がいます。その方は一般人で、名前も姿も公表するつもりはありません。ただ、私たちは真剣に交際しています。リシャール・モンタニエをいつも応援してくださっている方々には感謝しています。私がいいコンディションで仕事ができるのも、付き合っている方のおかげです。その方に関しての詮索、及び、取材は一切お断りします。これからもリシャール・モンタニエは何も変わりません。いい仕事をして応援してくださる方々に胸を張って生きていけるように努力するのみです。どうか私とお付き合いしている方のことはご理解ください』


 マネージャーのマクシムにもチェックしてもらって、声明をインターネットを通じて公開するころには朝の三時になっていた。

 その時間からアリスターにメッセージを入れるのも迷惑だろうと思って、部屋に戻ると、時差ボケもあって眠気が襲ってくる。


 事務所のお偉いさんはリシャールとアリスターの写真が出回らないようにしてくれると言っていたが、リシャールはこれで終わりとは思わなかった。


 リシャールの情報を誰かが漏らしている。

 それがリシャールのことをよく知る元マネージャーである確率は高い。


 また盗撮されても事務所に記事を握り潰してもらえばいいのだが、それでも何回も続けばアリスターも疲弊してくるのではないだろうか。

 早くアリスターとクレイムして、正式なパートナーとしてしまいたい。

 そうすれば、離れていくファンもいるだろうが、リシャールにとってはアリスターがかけがえのない相手なのだと分かってもらえる。

 顔も情報も出すつもりはないが、アリスターのことは正式なパートナーとしてリシャールがクレイムしたということは広まるだろう。


 でも、アリスターがクレイムを拒んだら?


 リシャールだけがアリスターを想っていて、アリスターは職場での扱いを変えられたくなくて、リシャールの方が切られてしまったらどうすればいいのだろう。


 疲れと時差ボケと眠気で遠のく意識の中、手に握ったスマートフォンがメッセージの通知音を上げていたが、リシャールはそれを確認できなかった。


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