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9.アリスターはリシャールに尽くす

 リシャールから抱かれてもいいと言われた。

 コマンドで無理やり抱かせるような強引なことはせず、アリスターが抱いてもいいという気持ちになったら教えてほしいと言われた。


 その時点でアリスターはリシャールを抱きたいと思っていた。

 けれど抱いてしまえばこの心地いい関係が終わるのではないかと思ってしまって即答できなかった。

 その欲望があふれたかのように、リシャールに『跪け』と言われたときにアリスターはいつもよりも強い快感を覚えて、下半身を反応させてしまった。リシャールはそんなアリスターを嫌がらず、下半身に集まる熱を処理してくれた。


 抱きたいと思っていることはもう伝わっているのではないか。


 アリスターの処理をされてから、リシャールの処理を手伝おうとしたが、リシャールはアリスターをベッドに連れて行って一人でシャワーを浴びて熱を冷ましていた。

 アリスターはリシャールのSubなのだから、コマンドで命じてよかったのに、リシャールはそういうことを好まない。優しく強引でないプレイをするからこそ、アリスターもリシャールを信頼できているのだが、もっと強く求めてほしいという気持ちがないわけではない。


 アリスターは迷っていた。


 そんなときにリシャールから警察に通報が入った。


『前に家に入り込んだストーカーがマンションの前で待ち構えているんです。助けてほしい』


 リシャールの通報にアリスターは出て行く警察官に車に乗せてもらって一緒に連れて行ってもらった。


「科学捜査班は必要か?」

「もう逃げていたらすぐに逃走経路を探れるだろう?」

「それはそうだな。乗っていけ」


 ただリシャールが心配で乗せて行ってもらったマンションの駐車場でリシャールは車から降りずに避難していた。

 警察官がマンションに着いたのに気付くとストーカーは逃げて行ったが、まずアリスターはリシャールを助けに向かっていた。


「被害者の無事を確認してくる。被害者はマンションの駐車場にいると言っている」

「駐車場の場所が分かるのか?」

「前にストーカーが家に入り込んだ事件のときに、このマンションの配置は把握している」


 二度目の現場だから分かるのだと伝えてリシャールを迎えに行くと、心細かったのだろうリシャールは車の中で隠れるようにしていた。

 車のフロントガラスをノックして自分の顔を見せると、リシャールが車のドアを開けてくれる。


「来てくれてありがとう。好きだよ」

「す、好き!? い、いや、仕事中だからな」


 これからストーカーの逃走経路を探ったり、残された微物を採取したり、指紋の採取をしたりするつもりだったが、リシャールの言葉にアリスターは飛び上がってしまいそうになった。

 安心したのだろうが、好きとまで言われるとは思わなかった。


 アリスターもリシャールのことが好きなのだが、「俺もだ」と返せるわけがなく、そのまま仕事に向かったアリスターをリシャールは追いかけてきて、警察官に事情聴取を受けていた。

 仕事が終わってやっと心落ち着ける場所に帰ってきたのに、そこにストーカーがいるだなんてリシャールはどれほど疲れたことだろう。

 事情聴取が終わったリシャールがエレベーターで部屋に上がっていくのを見送って、仕事の続きをしていると、リシャールからメッセージが入っていた。


『来てくれて嬉しかった。アリスターがヒーローに見えた。ありがとう。大好きだよ』


 危機に陥ったのを助けたからそんな言葉が出たのか、それともリシャールはプレイをする相手に構わず「好き」という言葉を安売りするのか、混乱しつつ、指紋採取と微物採取を終えて、リシャールのいるマンションから科学捜査班のラボに戻るアリスターは、後ろ髪引かれていた。


 不安で疲れているであろうリシャールを癒したい。

 リシャールのSubとして、リシャールに尽くしたい。


 お仕置きや躾は好みではないが、リシャールはSubを守りたいDomであるように、アリスターはDomに尽くしたいSubだった。Subの本能の部分を刺激されて、仕事が終わるとタイムカードを押してアリスターはリシャールに連絡を入れていた。


『あんたが心配だ。今から行ってもいいか?』

『もう夕飯食べちゃったけど、何か食べるもの買ってきてくれる?』

『分かった』


 できるだけ決まった時間に食事をとっているらしいリシャールはもう食事を終えていたということなので、中華の店に行って持ち帰りのヌードルを買ってアリスターはリシャールのマンションに行った。

 リシャールは部屋で筋トレをしていた。


「思ったより元気そうだな」

「余計なこと考えたくないから、筋トレしてるのが一番落ち着くんだ」

「そうなのか。ちょっと先に食べさせてもらうぞ」

「どうぞ。僕は汗臭いだろうから、シャワーを浴びてくるよ」


 食事をしている間、リシャールも一緒にいないし、アリスターはつまらなさを感じていた。

 これまでは食事は適当で食べないこともあったし、食べてもスーパーで買ったものや店のお持ち帰りなどで、今の状況とあまり変わりはない。それでも、一度リシャールの手作りの料理を食べて、一緒に食事をする喜びを知ってしまうと、一人での食事はあまりにも味気なかった。


「彼女もフランスまでは追いかけて来られないと思うよ。フランスにいる間は安全だと思う」

「そうだろうな。フランスでは俺もコレクションの現場に行ってもいいか?」

「アリスター、僕の仕事に興味があるの?」

「実は……リシャール・モンタニエの大ファンなんだ」


 大人しく白状すると、リシャールの青い目が見開かれる。


「僕の大ファン!? アリスターが!?」

「別に、ファンだからリシャールの部屋にストーカーが来たときに仕事で来たわけじゃないし、仕事とそういうのは完全に分けてるからな」

「今はプライベートだよね? 僕が好き?」

「す、好きっていうか、テレビや雑誌でリシャールが出たら、チェックしてたし、リシャールのコレクションの映像や撮影の仕事の映像は全部録画してるけど」

「えー!? 知らなかった! 実際の僕と会ってどうだった? 幻滅しなかった?」


 幻滅しなかったという問いかけに、アリスターは身を乗り出して答えてしまう。


「幻滅どころか、やっぱり努力でその体型と外見を保っているんだって分かったし、料理も自分で作っててすごいと思ったし……逆に尊敬したよ」


 素直な感想を言えばリシャールが頬を赤くしてアリスターを抱き締めてくる。


「嬉しい。僕もアリスターのことが好きだよ」

「お、おう」


 プレイする相手にはリシャールはこんな風に「好き」を大安売りするのだろうか。「好き」と言われて心地よくはあるが、他の相手にも言っていたのではないかと思うとアリスターは胸がもやもやする。


「リシャール、今日は俺がリシャールを癒したい。してほしいことがあるか? コマンドで命じてもいいよ?」


 今日という日が大変だったからこそリシャールのためにアリスターは来たのだ。リシャールのSubとしてリシャールに尽くしたいと伝えると、少し考えてリシャールはアリスターをバスルームに押し込んだ。


「シャワーを浴びて、パジャマに着替えてきて」

「分かった」


 シャワーを浴びてパジャマに着替えて戻ると、リシャールがソファに座って長い両腕を広げる。


「『おいで』、アリスター」


 コマンドに従って腕の中に抱き込まれると、リシャールがアリスターの肩口に顔を埋めてじっとしている。おずおずと髪を撫でたら、リシャールが上目遣いにアリスターを見上げた。


「『キスをして』」


 じんと頭の芯が痺れるような感覚と共に、頬に口付けるとリシャールが唇を尖らす。


「キスって言ったら、唇にじゃない? もう一度、『キスをして』」


 促された通りに唇に口付けると、リシャールからも口付けを返される。


「大好き。僕のことを見てくれて、僕を助けに来てくれるアリスター。ありがとう」


 愛してるよ。


 その言葉はコマンド以上に甘く低く囁かれた。


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