二回目のプレイもお互いに満たされて終わった。
上半身を露わにして触れ合っていると、どうしても性的な方向に考えが向いてしまう。
アリスターの下半身にも触れたい。
『晒せ』とコマンドを使えばアリスターが抵抗できないのはリシャールには分かっている。
それでも、最後までしないという約束と、アリスターが心地いい関係を築くのが先だとリシャールは我慢した。
アリスターに抱かれたい。
Domとしては特殊なのかもしれないが、アリスターをコマンドで導いて、一緒に快感を得たい。
そういう気持ちはあったが、軽いコマンドだけでもアリスターは満足してくれたし、リシャールもこんなに満たされたことはなかったのでこれ以上は望まなかった。
シャワーを浴び直してベッドの中で抱き締め合っていると、アリスターがリシャールの腕の中で身じろぎする。軽く触れるだけのキスをすると、アリスターがリシャールの青い目を見詰めてきた。
「これもアフターケア?」
「アフターケアに入るかな。アリスターは軽いコマンドでも慣れてないからね」
「ご褒美のキス……もっと……」
寝ぼけているのか可愛く強請られてしまって、リシャールは何回もアリスターの唇にキスをした。
翌朝はリシャールの時間に合わせてアリスターを起こした。
「ごめん、俺、休みの日は寝れるだけ寝てしまうから、起こしてもらって悪い」
「気にしなくていいよ」
大豆のパンにトマトソースを塗って、輪切りのゆで卵とコーンを散らしてチーズをのせて簡単なピザパンを作る。コーヒーを入れて食卓につくと、アリスターが緑色の目を見開いていた。
「リシャールはジムに行って体も鍛えるし、自分で食事制限して体重コントロールもするし、やっぱりすごいな」
「そうかな。これ、カフェインレスコーヒーなんだけど、苦手じゃない?」
「カフェインレスのコーヒーがあるのか」
食べ物や自分のことにあまりこだわりがないタイプのようで、アリスターはリシャールの簡単な料理でも喜んでくれる。食べることも仕事の一つだと思っているリシャールにとっては、アリスターのような人間は新鮮だった。
「美味しい。ありがとう」
「アリスターの部屋まで送ってあげられないけど、気を付けて帰ってね」
「送らなくても平気だよ。車で来てるから」
車で来ているという言葉にリシャールはその可能性を考えていなかったことを反省した。車を駐車場に止めていると駐車料金がかかる。
「アリスター、このマンション、来客用の駐車場があるんだ。次に来るときには予約を取っておくから、そっちに停めて」
「マンションの前で待ち合わせもしたし、俺の車がリシャールのマンションの来客用の駐車場にあったらまずいんじゃないか?」
「そんなことないよ。マンションの管理費用払ってるし、使えるものは使わなくちゃ」
それよりもアリスターに駐車料金を払わせているのが申し訳ない。リシャールは他と比べたことがないが多分有名モデルで高給取りに入るのだろうし、金銭感覚はアリスターとは全く違うだろう。だからこそ、アリスターに無理をして自分に付き合わせるようなことはしてほしくなかった。
「ストーカー事件のこともあるし、リシャールは警戒心を持った方がいいんじゃないか?」
「アリスターは警察関係者だよ。それにもう二回もプレイしてる。プレイしてたら相手が信頼できるかどうかはよく分かるよ。僕はアリスターを信頼してる」
はっきりと言えばアリスターは赤面して照れているようだった。
仕事に出るときにアリスターも一緒に部屋から出て、リシャールはアリスターを見送ってから自分の車で今日の撮影現場まで行った。
モデルの仕事を中心にしているが、リシャールは体を鍛える意味と表現力を出す意味で習っていたダンスも認められて、CMでダンスの仕事が来たりすることもある。
振り付けを覚えて正確に踊るリシャールに仕事相手も満足してくれたようだ。
「リシャール、今、パートナーとかいるのか?」
仕事の休憩時間にマネージャーに聞かれてリシャールは正直に答える。
「プレイする決まった相手はいるよ。まだパートナーと言えるかは分からないけど」
「それなら、その相手に次の仕事のことは伝えたか?」
「あ、まだだ」
モデルの仕事と言えば、本場はヨーロッパのパリ。そこで行われるコレクションに出るためにリシャールは一か月この国を離れる予定になっていた。
「困ったな……せっかく調子いいのに」
アリスターとのプレイのおかげでリシャールは今は満たされていて仕事もとても調子がいい。
アリスターが休めるのならばお願いして一か月フランスについてきてほしいくらいだった。
しかし、アリスターは忙しい警察の科学捜査班だ。
一か月も休むのは難しいだろう。
「連れて行きたい……。でも無理だろうな」
「リシャール、悪い癖だぞ」
「え?」
「相手に聞いてみないで自分で迷惑だと思って決めてしまうのは」
前のマネージャーが辞めさせられてから、ずっとリシャールについていてくれるマネージャーの言葉は鋭かった。リシャールはマネージャーの言葉に従うことにした。
スマートフォンを手に取ってメッセージを打つ。
『来月から一か月フランスに行かなきゃいけないんだけど、できればアリスターについてきてほしい。アリスターとプレイしてるから調子がいいのが、アリスターと離れて崩れるのが怖いんだ』
返事はなかなか来なかった。
急にこんなことを言われても困るだろうと反省して、『ごめん、なかったことにして』と送ろうとしたときに、アリスターから返事が来た。
『有休を全く使っていないのは注意されてる。一か月は無理だけど、二週間なら昨年も一昨年も長期休暇を取ってないから、休みが取れるかもしれない。先に帰ることになるだろうけど、それでよければ』
そこで返事が途切れていて、リシャールはすぐに返事を打ち返した。
『ありがとう。すごく助かるよ』
『フランス、行ったことがないんだ。休みの日にでも観光できるか?』
『できると思うよ。休みは何とかもぎ取る!』
一か月も会わなくてプレイをしなかったら欲求不満で調子を崩すとしか思わなかったから、ダメもとで言ってみたら了承されたのでリシャールはスマートフォンを握り締めてガッツポーズを取っていた。
『俺も、一か月会わないと、長子崩しそうだし』
最後にぽつりと書かれた言葉に、『僕も同じだよ』とリシャールは素直な言葉を返した。
その後で細かな日程を調整して、リシャールがフランスに行ってから一週間後にアリスターがフランスに来て、リシャールが帰る一週間前にこの国に戻ってくるという予定が立てられた。
「マクシム、ありがとう。相手にOKしてもらえた」
マネージャーのマクシム・ロベールに伝えると、マクシムは純粋にそれを喜んでくれた。
マクシムの第二の性は
Subの女性のマネージャーがリシャールのストーカーになってしまったのを考慮してマクシムはDomでもSubでもない相手として選ばれたのだ。
「どうしよう、僕、浮かれてるかも」
元から柔和な笑みを浮かべていることが多いリシャールだが、嬉しくてにやにやが止まらない状態にマクシムが目を細める。
「その相手、相当大事なんだな」
「僕はそう思ってるけど相手はどうかは分からない」
本能的にDomとSubは惹き合うものだが、特にリシャールとアリスターは相性がいい気がしてならない。そんな相手をリシャールはできれば逃したくないのだが、アリスターの方がリシャールをどう思っているのかはよく分からない。
「好きなんだな」
「好き……これが好きってこと」
マクシムに言われてリシャールは自覚する。
これまで遊び相手として付き合ってきたSubとアリスターは全く違う。
激しいプレイがなくても満足してくれるし、リシャールを外見だけでなく努力で認めてくれている。
「好き、かぁ……」
他人に対して初めて抱いた感情にリシャールは胸を押さえて戸惑っていた。