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4.初めてのプレイ

 本格的にプレイを始める前に、リシャールはやはり打ち明けなければいけないことがあった。

 それは自分の性嗜好についてだ。

 抱きたい、抱かれたいは、プレイにおいて重要な点であるし、最後までしないにしても、DomとSubのプレイには信頼感がなければ成立しない。

 最悪の場合には、プレイの後に幸福感や快感ではなく、疲労感や虚脱感しか残らない、Subドロップをアリスターが起こす可能性があった。疲労や虚脱感だけならいいのだが、動悸や冷や汗、吐き気や失神のような脳貧血に似た症状が出ることもあるというので危険だった。Subドロップはプレイの後にアフターケアがしっかりしていない場合や、強い威嚇のオーラを浴びたときなどにSubが起こしやすいのだ。

 アリスターは強い抑制剤を使っている。抑制剤は長期に使うほど効きが悪くなって強いものになってくる。それだけプレイをしていなかった期間が長いのだろう。

 それならば特にアリスターからの信頼を得ることはリシャールにとっては大事なことだった。


「最後までしない約束だけど、一応説明しておくね。僕はDomだけど抱かれたい方なんだ」

「本当に?」


 リシャールの言葉にアリスターの緑色の目が見開かれる。緑色の目の人間は嫉妬深いと言われているが、アリスターもそうなのだろうか。そんなことを考えつつ、リシャールは答える。


「本当だよ。それが嫌なら、プレイはなしにしてもらってもいい」

「い、いや、俺は……」


 顔を上げたアリスターが何か言うのを躊躇っているようで、リシャールはアリスターの喉を撫でて囁く。


「どうしたの? 『教えて』?」

「俺は、Subなのに抱きたい方だから……」

「え!?」


 これまで体の関係があったSubはリシャールが抱いてほしいと言えばコマンドに従わせているだけになりそうで確認して、抱くのもできるSubを選んでいたが、アリスターは抱きたい方だと言っている。


「抱かれたい方って言っても、今日は最後までしない約束だし、君が抱きたい方って言っても、僕を抱けるかどうかは別だしね」

「抱けるし、抱きたいと思う」


 ぽつりと零されたアリスターの言葉に思わぬ熱が入っていてリシャールは戸惑ってしまった。


「もちろん、今日はそういうことは期待してない。それに、あんたがDomだろう?」


 プレイ中に主導権があるのはDomであるリシャールの方だ。それでも性の不一致ということはなさそうなのでリシャールは安心していた。喉を擽るとアリスターが逃げようとする。


「ダメだよ。僕の膝に『おいで』」


 コマンドで誘導するとふらりとアリスターがリシャールの膝の上に座ってくる。正面から抱き締めて耳元に囁きかける。


「『いい子』だね。アリスター、可愛い」

「俺は、可愛くなんか……。俺が可愛かったら、あんたはものすごく格好いいじゃないか」

「外見に対する称賛はよくもらうけど、この顔も身長も遺伝でしかないからな」


 遺伝子がよかったからリシャールはこの顔と身長になった。それに関して誉め言葉をもらっても、あまり嬉しくないのは確かだった。


「努力してるんだろう?」

「え?」

「自分で料理を作ったり、バスルームを見たけどスキンケア用品がたくさんあった。ウォーキングのために体を鍛えてるんだろうし、自分で努力してその美しさを保ってるんじゃないのか?」


 その言葉は素朴だっただけにリシャールの胸に強く響いた。

 仕事場でもファンも、リシャールの表面的な美しさしか見ていないと思っていたのだ。それがアリスターはリシャールの努力を分かったうえでリシャールを格好いいと言って来る。


「どうしよう……深みにはまりそうだ」

「リシャール?」

「君は知的で聡明で、状況でものを判断できる力がある」

「それは、科学捜査班で鍛えられてるからな」

「アリスター、『いい子』。可愛いね」


 抱き締めて耳元で囁くとアリスターの体が膝の上でびくびくと震える。甘く軽いコマンドですら、アリスターの体には響いているようだ。

 髪を撫でると、アリスターの首筋を跡が残らない程度に吸い上げる。


「全部脱ぐと理性が持たなくなりそうだから、上だけ『脱いで』」

「あ……」


 コマンドに従って、アリスターが覚束ない指でシャツのボタンを外していく。ぱさりとシャツがフローリングの床の上に落ちて、アリスターの上半身が露わになった。

 白い体は警察組織に所属しているだけあって、それなりに鍛え上げられている。


「あ、あの、俺、高校時代同級生のDomに無理やり抱かれそうになって……」


 それ以来プレイが怖くてしていないと説明するアリスターにリシャールは驚いていた。

 DomにとってもSubにとっても、プレイをするというのは自然な欲求だ。それが満たされないとなると体調を崩してしまうこともある。


「僕は君を無理やり抱いたりしない。抱いたりできない、が本当だけど」

「リシャール……信じてるからシャツを脱いだんだ」


 でも、少し怖い。

 小さな呟きにリシャールはアリスターを包み込むように抱き締める。肩口に顔を埋めると、同じシャンプーとボディーソープなのにアリスターは甘い香りがした。


「アリスター、僕が君を守るよ」

「リシャール」

「君には快感だけ味わってほしい」


 抱き上げてアリスターを寝室に連れて行ったリシャールは、ベッドの前でアリスターを降ろして、自分がベッドに横になって両腕を広げた。


「『おいで』」


 優しいコマンドにアリスターがリシャールの腕の中に納まる。

 しっかりと抱き締めてから、リシャールもアリスターを膝に乗せたままでシャツを脱いで上半身を晒した。


「キスは? 嫌じゃない?」

「い、やじゃない」


 答えるアリスターの頬に手を添えてリシャールは顔中に口付けを降らせる。ちゅっと唇に口付けると、アリスターの体が強張った気がした。


「大丈夫、怖いことはしないよ。気持ちいいことだけしよう」

「あんたの声……頭がくらくらする」

「怖くない?」

「怖くない」


 一つ一つ丁寧に問いかけて、アリスターの体にリシャールは口付けを落としていく。


「君も『触れて』?」


 コマンドで言えば、おずおずとアリスターの手がリシャールの上半身に這う。首筋を撫でられて、胸に手が下りていくのを、リシャールは心地よく受け止める。

 アリスターの手が鍛え上げられたリシャールの胸に触れ、揉んでいる。


「『上手』だね。とても『いい子』だよ」

「リシャール、もっと」

「欲しがりだなぁ。そういうところも可愛いけど」


 ちゅっと耳朶に口付けて、リシャールはアリスターの体を深く抱き締めた。


 最後までは当然しなかった。

 じゃれ合う程度のプレイでもリシャールは満たされた気分だった。

 プレイの後でシャワーを浴びたアリスターを膝の上に抱いてリシャールはアフターケアを行った。


 アフターケアはDomの義務であり、それなしのプレイはあり得ないのだ。

 激しいプレイをしたわけではないので、アフターケアもしっかりと抱き締めて、髪を撫でて甘く誉め言葉を囁くくらいで済んだのだが、その後に帰り支度を始めるアリスターの手をリシャールはつい掴んでしまった。


「泊って行かないの?」

「え?」


 思わず口から出てしまった言葉に、リシャール自身も驚いてしまう。


「明日も仕事だし……同じ格好で出勤するわけにはいかないから」

「そうか。次は?」

「次?」


 今回のプレイはリシャールにとっては悪くないものだった。むしろ、何もしていないのに満たされる心地よいものだった。

 もっともっとアリスターを甘やかしたい。アリスターがリシャールに依存してドロドロになるまでプレイができるようになりたい。そして、いつか彼に抱かれたい。


 見た目の美しさだけでなく、リシャールの努力や積み重ねを見て自分を美しいと言ってくれたアリスターにいつか抱かれたい。

 そのためには、まずは次の約束を取り付けることだった。


「次があるのか?」

「アリスターは嫌なことがあった? 僕はいいプレイだったと思うんだけどな。よければ、継続してできないかな?」


 アリスターにもリシャールにも今は固定されたパートナーはいない。

 そのことを口に出すと、アリスターが戸惑っているのが分かる。


「こういうのって、どれくらいの頻度でするものなんだ?」

「ひとによるけど、僕は毎日でもいいよ。これくらいのプレイなら、アリスターの負担にもならなかったでしょう?」

「ま、毎日は無理だ。仕事がある」

「それなら、アリスターが都合がいいときに連絡して」


 待ってる。

 そう言えば、アリスターは小さく頷いた。


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