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第17話

 教会の中でもひときわ特別な場所。『祈りの間』。この時間入室できるのは聖女だけ……とされている。その場でアメリアは一人、いつものように祈りを捧げていた。


 アメリアが祈りを捧げているのは女神カリス。

 いつも通り民の安寧を願いながら……気づけば個人的な願いを思い浮かべていた。


 確かに、勇気のおかげで魔物からの被害は劇的に減った。今まで不敵な態度を取っていた国も大人しくなった。それもこれもみな勇気のおかげ……。

 だが、勇気の横暴な振る舞いは味方や守らなければならない者達にも影響を及ぼした。レンが(仮)勇者だった頃は『勇者』は尊敬や感謝を抱かれる存在だったのに、今では『勇者』は畏怖を抱かれる存在になっている。

 街では、「勇者がきた」と知らせが入れば、「女子供は家の中に避難するように」とまで言われているらしい。

「勇者様にこんな気持ちを抱くなんて……」と教会に懺悔をしにくる者達もいるくらいだ。


 ――――どうか、どうか……早く。手遅れになる前に。


 その切実な願いが届いたのか……どこからかカタンと音が聞こえてきた。

 アメリアは慌てて目を開く。そして、警戒しながら音の出所を探った。


 音が聞こえてきたのはカリス像の土台付近。その後ろで何やら物音がしたような気がする。警戒を怠らずアメリアは、すり足で少しずつ移動した。

 土台の後ろ、そこには以前アメリアが沙織に教えた抜け穴がある。

 まさか、と逸る鼓動。大人一人分なんとか通れる穴から、ひょっこりと沙織が顔を出した。


 ――――ああ、神様! カリス様!


 思わずアメリアは両手を組みカリス像を拝んだ。

 次いで、沙織と視線が合う。お互いの顔に笑みが浮かび、駆け寄ろうとして慌ててレンが待ったをかけた。そして、シーッと唇の前で人差し指を立てる。

 二人はすぐに理解し、頷く。


 騒ぎたてればさすがに神官たちが無理矢理にでも入ってくるかもしれない。

 二人は中央に静かに集まり、小声で話し出した。


「サオリ」

「アメリア」

「「久しぶり」」


 女二人が抱きしめあうのをレンは黙って見ている。女心に疎いとはいえ、感動的な再会を邪魔する程空気が読めないわけではない。


 アメリアは沙織との再会を堪能した後、そっと離れ、レンを見て固まった。

 レンは何故そんな反応なのかと首を傾げる。先にその理由に気づいたのは沙織だ。


「成長期」


 と一言。その一言でレンは理解した。


「あー。すごいでしょ。成長期きた」


 そう言って、アメリアを覗き込むレン。そのおかげでアメリアの首はいつもの位置で落ち着く。アメリアはむっと顔を顰めた。

 以前はまだ首に優しい身長だったのに、今のレンは首に優しくない身長になっている。


「なんだかムカつくわね。もしかして、だから聖剣を手放したの?」

「まさかっ。でも、ラッキーだったよ」


 ヘヘッと笑うレン。沙織はアメリアとレンの会話を聞いて瞬きをした。どうして、成長期の話から聖剣の話に繋がるのかわからなかったのだ。


 レンとしては別に説明せずともよかったのだが、アメリアは沙織を仲間外れにはしたくないらしい。視線で説明してあげろと促してくる。仕方なくレンは口を開いた。


「あの聖剣が僕の成長を止めていたみたいなんだ。それで、聖剣を手放した途端に僕の成長期がきた。……ちなみに、聖女にも同じような仕組みがあるよ」


 レンはどうせなら自分のことも話しなよとアメリアに視線を向けた。アメリアはグッと眉根を寄せながら口を開いた。


「聖女は『聖女』になった瞬間、成長が止まるの。だから、こう見えて私はバルドゥルよりも年上なんだよ。ちなみに、聖女じゃなくなれば私もレンと同じように歳をとるはず。前任の聖女もそうだったから」


 沙織は驚きの事実に、目を見開いて固まった。

 ――――え、ってことはアメリアって本当は何歳なの?! もしかして私が一番年下?!


 沙織の反応を見て、アメリアは勢いよく沙織に頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「え?! なにが?!」


 アメリアは沙織を見上げる。その顔には罪悪感が滲んでいた。

「聖女になったら年を取らなくなるってこと黙っていてごめんなさい。渡り人のサオリだって聖女になる可能性は十分あるんだから他人事ですまないのに」


 沙織はその一言で気づいた。

「そっか、私も同じようになる可能性があるのか」


 勇気が勇者になったように、沙織だって聖女になる可能性はある。そして、不老になる可能性も。

 前世では夢物語のように言われていた『不老』。永遠の若さに憧れている人はいたけれど……実際に不老になると考えたら……それは本当に嬉しいことなのだろうか。と、沙織はぼんやりと考えた。


 そんな沙織を見て、アメリアが慌ててつけ加える。

「だ、大丈夫! サオリはまだ聖女として覚醒しているわけではないし、なりたくないなら覚醒しないように気をつければいいから! そうしたら、皆と同じように生きる事もできるから」


 その言葉でハッとなる。

 沙織はアメリアの顔をじっと見つめた。

「アメリアは……後悔したの? 聖女になったことを。不老になったことを」


 つい、するりと質問が口から飛び出した。あまりにも直球な質問だったと慌てて謝ろうとしたが、アメリアが衝撃を受けたような顔で固まっていたので口を閉ざした。


 しばらくして、アメリアは乾いた笑みを浮かべながら言った。


「私には……言えないわ」

「……どうして?」

「私は『聖女』だから。この世界で聖女になるっていうのはとても名誉なことなの。……私が聖女になった時、両親も、妹も、弟も、友人も皆喜んでくれたわ。めでたい、すごい、すばらしい、って。私自身も最初はそんな自分が誇らしいと思っていた。……皆が私を置いて逝ってしまうまでは。聖女じゃない『私』を知る人が誰もいなくなった時、私は一気に孤独感に襲われたの。誰かに『私』の話を聞いてほしくてたまらなかった。それで、夫である前王国王を頼ろうとして……知ってしまった。国王にとって私は本当にただのお飾りの王妃でしかなくて、国王にとっての家族は側室と子供彼らだけだということを。私に残っているのは『聖女』だけだった。だから、今更そんなこと……言えないの」


 アメリアの吐き出した独白は沙織の胸を痛ませた。正直なところ、沙織にはアメリアの気持ちがわからない。沙織は家族や友人との絆を感じたこともなければ、誰かに慕われるような特別な立場になったこともない。ただ、孤独を味わったことはある。

 でも、その時の気持ちは沙織だけのものだ。そして、アメリアが味わった孤独もアメリアだけのもの。

 だから、沙織はただ黙ってアメリアをきつく抱きしめた。微かに嗚咽が聞こえてきたが気づかないフリをする。


「やっぱり、人に特別な力なんて持たせるものじゃないんだよ」


 空気を読まないレンの一言。驚きでアメリアの涙も引っ込んだ。

 アメリアが沙織から離れてレンを見ると、レンはじっとカリス像を見つめていた。

 その横顔はいつもと変わらない。

 だからこそ、その言葉の意味が気になった。


「レンはいったい何を知っているの? それに、あの聖剣は本当に聖剣なの?」


 以前、レンが持っていた時は、あの剣は確かに聖剣だった。でも、今はまるで別物のようになっている。

 勇気があの剣を振るう時、レンのように瞳が金色に光らないのが何よりの証拠。

 一応アメリアの中である程度の仮説は立っているが確証はない。

 レンはカリス像からアメリアに視線を移す。その表情は珍しく『無』だった。


「あの聖剣は間違いなく勇者が使っていた聖剣だよ。僕は……あの聖剣から記憶を間違いない」

「記憶を?」

「そう、魔王を倒した時の記憶を」


 勇者が聖剣を魔王に突き立てたその時、魔王の中から大量の魔が放出された。

 このままでは世界が終わる、そう直感した勇者は無意識に聖剣に願った。

 聖剣の中に魔を取り込みたいと、そして聖剣はその勇者の願いに応えた。


 無事、魔を取り込んだ聖剣。けれど、浄化する程の力はなかった。

 聖女がその時点で気づき、浄化をすればよかったのだろうが、あいにく聖女はそのことに気づかなかった。

 取り込まれた魔は大人しく聖剣の奥底で眠った。そうすれば気づかれないと判断したのだろう。


 それから、数年が経ち、勇者は聖剣を手放した。

 魔王がいなくなった平和な世界で剣を振り続けることよりも、愛する人と同じように生きて老いて逝くことを望んだからだ。


 そして、次に聖剣を手にしたのは冒険者になったばかりの若者だった。彼は勇者に憧れ、彼のような強者になりたいと思っていた。

 そんな若者の欲望に奥底で眠っていた魔が応えた。

 幸運だったのは、彼自身が小心者だったことだ。


 ただ勇者のように強い魔物を倒して、人を救うことに憧れただけの若者。

 それでも、大きすぎる力は周りを巻き込みいくつかの町を消してしまった。

 力を持て余した彼は、自分自身を恐れ、完全に狂う前にと聖剣を持って教会に逃げ込んだ。


 そして、魔剣になりかけていた聖剣は聖女の手によって浄化され、元の聖剣へと戻った。

 けれど、それでも魔王の呪いともいえる魔を完全に取り除くことはできなかった。

 聖剣はそのまま教会に預けられ、誰の手にも渡らないようにした……はずだった。


 聖剣はやはり聖剣だったのだ。

 次代の勇者が覚醒した時、その手には聖剣が握られていた。教会にあるはずの聖剣が。


「な、なによそれ! ってことはやっぱりレンが勇者なんじゃない!」

「いや、でも、僕魔法なんて一つも使えないんだよ?! 聖剣の記憶によると歴代の勇者は皆魔法が使えていたし」

「いやいやいやいや、それで自分は勇者じゃないって思っていたってこと?!」

「だって、聖女だって皆光魔法が使えるじゃないか?!」

「それはそうだけど、聖女と勇者は違うでしょ! 勇者の場合は聖剣選んだ人物が勇者ってことなんじゃないの?!」

「ぇえ?! そんなまさか! が真の勇者なんだよっ」

「だから、それをあんたはできるんでしょうがっ!」


 嫌そうな表情を浮かべて必死に首を横に振るレンに苛立ちを隠せないアメリア。

 沙織はアメリアを落ち着かせながらレンに尋ねた。


「レン。足手まといになった私が言うことじゃないけど……どうして、そんな危険な聖剣を勇気に渡しちゃったの?」


 つい、非難めいた視線を向ける。


「っ、ユウキ様なら正しく扱えると思ったんだよ。渡り人だし、すごい魔法を使えていたし、僕なんかよりもよっぽど勇者ぽかったから」


 罪悪感があるのだろう。レンがしょんぼりした顔で言う。

 沙織は何とも言えない顔になった。

 確かに、レンと勇気を二人並べてどちらが勇者っぽいかと聞かれれば、大半の人が勇気だと言うだろう……ということは何となくわかってしまう。

 けれど、勇気と長年一緒にいて、色んな経験を積んできた沙織にはわかるのだ。勇気ほど勇者に向いていない者はいないと。


 沙織は溜息を吐いた。


「とりあえず、アメリアが立てた作戦というのを聞かせて」


 アメリアがどこか疲れた表情でコクリと頷いた。

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