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第3話

 城内にある一室に男が三人集まって中身のない会話を繰り広げていた。騎士団長マンフレートはコーヒーカップに手を伸ばし、中が空になっていることに気づいて舌打ちをした。人払いをしているのでおかわりを頼むメイドもいない。仕方がなくカップをソーサーに戻す。


 本来なら今頃は重要な議題について話し合っているはずだった。

 それなのに!……とイライラが募ったマンフレートはソファーの肘置きを指で叩く。


「いったい、あいつはいつまで待たせるつもりだ」

「まあまあ。きっと長引いているんだよ。それよりも聞いて欲しいんだけどさ」


 ウェーブがかった金髪を指で横に弾いて妖艶に笑うのはこの国の国王バルドゥル・ワグナー。先程からバルドゥルはほぼ一人で喋り続けている。

 バルドゥルが次の話題に入る前に宰相であるベンノ・ローゼンメラーが待ったをかけた。


「まさか、まだ聞く価値もないあなたの色恋話を続けるつもりじゃありませんよね。私達はあなたのその悪癖のせいでいつも尻拭いをさせられているというのに。……あなたが国王でなければちょん切ったものを」


 最後は小声で言ったのだが、バルドゥルの耳にはしっかりと届いたようだ。

 やや内股になって口を閉ざす。そして、両手で顔を覆ってシクシクと泣き始めた。

「話題を提供しようとしただけなのにー」とわざとらしく呟くバルドゥルへ冷たい視線を向けるマンフレートとベンノ。とても国王に対する態度ではないがこの二人にとってはこれが通常運転だ。


 バルドゥル、マンフレート、ベンノ……そしてギュンターは幼馴染だ。表ではきちんと国王と臣下という立場を守っているが、他の人がいない場ではこうして身分差を取っ払っている。

 他でもないバルドゥルがそうして欲しいと国王に就く時にお願いし、三人はそれを受け入れた。


 その結果、国王としてはともかく男としては最低なバルドゥルの色恋話はいつもベンノから辛辣な言葉でばっさりと切り捨てられ、マンフレートからは無視をされ、ギュンターからはにこにこと微笑みながら右から左に聞き流されているのだ。まあ、自業自得である。


「あ、きたよ」


 バルドゥルが指差した先にはいつの間にか転移魔法陣が浮かんでいる。光とともにギュンターが現れた。


「遅い」

「すみません。少々話し込んでしまいまして」


 ギロリと睨みつけたマンフレートにギュンターは微笑んで答えた。――――相変わらず何を考えているのかわからない顔をしやがって。

 マンフレートは溜息を一つ吐いて空いているソファーに座るよう手で示した。


 ギュンターが座ったところでようやく話し合いが始まる。

 バルドゥルから視線で促されマンフレートは口を開いた。


「まずサオリ様だが……運動はいまいちのようだ。正直、子供以下の基礎能力値だった」

「……ソレまさか本人にそのまま言ってないよね? 女の子にはオブラートに包んで優しく言ってあげないとモテないよ?」


 バルドゥルが「うわーっ」という顔で尋ねる。マンフレートは顔をしかめて面倒くさそうに答えた。


「別にモテる必要は無いし、それくらいの配慮はできる」

「マンフレートは愛妻家だもんね。えーと、それでもう一人は?」

「ユウキ様の基礎能力値はすでに団長クラスだ。実戦経験がないらしいからなんとも言えんが訓練すれば化ける器は持っている」

「なるほどねえ」


 興味深げにバルドゥルは呟いた後、ギュンターに視線を移した。

 ギュンターが心得たように口を開く。


「ユウキ様は火適性があり、魔力量も多かったですね。こちらも訓練次第で化けるでしょう。そして、サオリ様ですが……彼女は光適性でした。魔力量はおそらく現聖女よりも多いかと」

「何?!」


 マンフレートとベンノが前のめりになって目を見開く。想定内だったのかバルドゥルは狼狽えることなく足を組みなおして悩み始めた。


「じゃあ、サオリ様は神殿預かりで決まりだね。ベンノ手配をよろしく」

「この後すぐにでも」

「問題はユウキ様だねえ」

「今回の能力検査だけじゃあ決められねえぞ」


 マンフレートの言葉に答えるようにバルドゥルが頷いた。


「わかってるよ。それじゃあ……とりあえず城預かりにして訓練を受けてもらおっか。ある程度使えそうになったら実戦に連れて行ってよ。実戦で使えるかどうかで決めるからさ」

「わかった」「わかりました」


 にっこりと笑って命令を下したバルドゥルに微笑み返すギュンター。マンフレートは眉根を寄せてギュンターを見た。


「バルドゥルはともかく、なんでギュンターはそんなに嬉しそうなんだよ」


 マンフレートが指摘するとギュンターは頬を染めて微笑む。


「だって……レン様は他国の人間なので調べることができませんけど、『渡り人』については調べ放題じゃないですか」


 天使のような微笑みを浮かべているが言っている内容はひどい。マンフレートは溜息を吐きながら眉間の皺を摘んだ。――――まあ気持ちはわからないでもない。

 レンについては未だに謎が多い。しかも、互いに不可侵契約を結んでいるせいでこの先もその謎は解けない可能性が高い。

 ギュンターは今までに蓄積してきたフラストレーションを『渡り人』に注ぐつもりだろう。

『渡り人』には申し訳ないが国の為になることなので止める事はできない。

 常識人枠である(つもりの)マンフレートとベンノは視線を合わせ、今日何度目になるかわからない溜息を吐いたのだった。



 ――――――――



 それはたまたまだった。

 かぐわしいバラの匂いに惹かれるようにレンは庭園へと足を踏み入れた。

 メイド達から『王城にしか咲かないと言われている貴重なバラがちょうど今見ごろをむかえている』と聞いたせいかもしれない。


 ――――確か庭園の中央にあるって言ってたよね。


 目的のバラを探して歩いていると一組の男女を見つけた。男の方は初めて見る顔だが女の方はレンが知っている人物だ。彼らから見つからない位置には護衛が数人立っている。

 レンは気配を消してそっと近づき、二人の様子をうかがった。


「これはすごいな! こんなにたくさんのバラを見るのは初めてだ! それに虹色のバラなんて今まで見たことが無い」

「このバラは魔力を含んでいる特別なバラですの。私の一番大好きな花をユウキ様にもお見せしたくて……喜んでもらえて嬉しいですわ」


 ――――『ユウキ様』? 聞いたことがない名前だ。それに黒髪黒目も珍しい。もしかして、あの人が『渡り人』なんだろうか。それにしても、あの二人……。


 勇気の腕に手を添えて身を寄せるクリスティーヌ。勇気の身長は高く、おそらく百八十センチを超えている。クリスティーヌは百六十五センチ。百七十センチのレンよりもよっぽどお似合いに見えた。


 ――――これはもしかしてもしかするのだろうか。


 はやる鼓動を抑えてレンはそっとその場から離れる。誰からも見つかることなく庭園を抜け出せてホッとする。もし、あの場で見つかっていたらと考えると……ゾッとした。


「僕は何も見てないよ~」


 城外へ向かって歩きながら小さく呟く。すれ違ったメイドから首を傾げられたが、レンは満面の笑みで「なんでもないから気にしないで!」と言ってかろやかな足取りで通り過ぎる。

 レンから話しかけられたメイドは隣にいたメイド仲間達と顔を見合わせて「何かいいことでもあったのかしら」とほほえましそうにレンの背中を見送った。

 まさか、レンが自分の婚約者クリスティーヌ『渡り人』勇気がいちゃいちゃしているところを目撃したなんて露程も思いはしなかったのである。

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