勇気はいつも人々の中心にいた。
勉強は苦手だが運動は得意。性格はやや自己中心的だが、分け隔てなく誰とでも仲良くなれる。そんな彼は皆を引っ張っていくカリスマ性を持っていた。
一方で沙織は勉強はできるが運動神経は皆無。大人しい性格で、大勢でわいわいするよりも一人でいることを好んだ。そんな沙織にとって勇気は憧れの存在――――ではなく、むしろ関わりたくない存在だった。幼馴染でなければと何度思ったことか。
それなのに勇気は何かと沙織にかまってくる。しまいには「俺がいないとこいつはダメなんだ」と言って無理矢理連れて回ろうとする。おかげで沙織は女子に嫌われていた。
最初こそ沙織は勇気の誘いを断っていた。けれど、そのたびに勇気は「沙織が行かないなら俺も行かない」と言って周りからの誘いを断ろうとする。そして、なぜか沙織が睨まれることになるのだ。
そんなことを何度か繰り返しているうちに沙織は結局断らないで勇気の気が済むまで付き合う方が何倍も楽だと気づいた。
そんな勇気の
いつもと変わらず勇気は人々に囲まれている。さもそれが当たり前のように現状を受け入れている勇気を沙織は冷めた目で見つめた。――――あと少し、あと少しだけ我慢をすればきっと……。
沙織は勇気から目を逸らしてそっと溜息を吐いた。
「ユウキ様」
名前を呼ばれ勇気は顔を上げた。人垣が割れ、
沙織には馴染みがない金髪と碧眼、人々を従えるのが当たり前だという振る舞いに圧倒されて一歩後ろへと下がる。
勇気はグラビアアイドル並みのプロポーションに惹かれているようでクリスティーヌの全身に目がいっている。クリスティーヌの後ろに控えている護衛騎士の眉がぴくりと動いた。
すかさず沙織は咳ばらいをする。勇気が慌てて視線を逸らした。
「な、何か用事か?」
勇気の言動に沙織は頭を抱えたくなった。周りがざわついている。特に護衛騎士の顔が険しい。
クリスティーヌはそれを片手を上げる仕草のみで鎮めた。
「これからユウキ様の能力検査を行いますのでどうぞこちらに。ああ、サオリ様も」
ついでのように名前を呼ばれた沙織は侍女達のところまで下りついていくことにした。クリスティーヌは満足そうに笑みを深め、ユウキの腕を引いて歩き始める。ユウキが一瞬こちらを見たが、沙織は気付かないフリをした。周囲から向けられる同情的な視線も無視する。
――――――――
到着した先は騎士団の訓練所。
騎士団長のマンフレートが直々に見てくれるようだ。
勇気も沙織も言われるがまま体力測定のようなものを受けた。
一応二人は普通の大学生なのだが、その結果は驚くべきものだった。
結果を記した紙を手にマンフレートが唸る。
「ユウキ様は身体能力が非常に高いですね。戦闘訓練など受けたことがないと言っていましたが、基礎能力値だけを見ればおそらく団長レベルです」
その言葉に周囲がざわついた。言われた本人は汗を拭きながら目を輝かせている。
身体を動かしている時から自覚はあった。元々運動神経は良い方だったが今はそれどころではない。人間離れしているレベルだ。これが転移特典というやつだろうか。
その時、勇気以上に興奮した声が響いた。クリスティーヌが頬を染めて勇気を絶賛する。
「素晴らしいですわユウキ様!」
「ああ! 今の俺ならお姫様くらい片手で抱きかかえられそうだ!」
「まあ!」
満面の笑みで腕を広げる勇気に頬を染めて近づこうとするクリスティーヌ。護衛騎士が慌てて止めた。
沙織はその様子を見ながら静かに息を吐く。予想はしていたが、沙織の結果は平均以下だった。
――――――――
一休みすると、今度は魔法塔へと移動する。
扉の前で魔法塔主の使いだという少年が待っていた。グレーの髪が目を覆っていて表情が読めない。
「ご案内します」
挨拶もなく事務的な言動に沙織は違和感を覚えた。――――小学生くらいの身長にそぐわない対応だからかな。何だか……人間味がない。
転移魔法陣によって最上階へと通される。初めて目にする魔法に沙織と勇気は目を瞬かせた。浮遊感が襲ってきたのは一瞬。少年が目の前に現れた扉に手をかざすとゆっくりと開いた。
薄暗い部屋の真ん中には台が置かれ、その隣には黒のローブを纏った男の人が立っていた。
地味な格好のはずなのに目立っている。その理由は彼の頭が見事な白髪でその瞳が虹色だからだろう。
人間離れした容姿に思わず沙織は見惚れた。
「ユウキ様。サオリ様。こちらへどうぞ」
名前を呼ばれて我に返る。近づきながら記憶を辿る。
確か彼は魔法塔主でもあり魔法騎士団団長でもあるギュンター・ローゼンメラーだ。
今回も団長自ら見てくれるのだろう。――――きっとがっかりされるだろうな。そんな思いが沙織の頭を過った。
台の前に立って気づいた。台の上に石板がある。
勇気がその石板を指さして言った。
「これに手を重ねればいいのか?」
ギュンターは「ええ」と微笑んで頷いた。促されるままに勇気は石板の上に手をのせる。
その瞬間赤い光が石板から生まれ、天に昇った。その光を目で追っていた沙織は天井を見て驚く。天井には電球のようなものが敷き詰められていた。最初に中心の電球が赤く灯り、輪が広がるように次々に灯っていく。最終的に八割程の電球に赤い光が灯った。
ギュンターは天井をじっと見つめると、勇気へと視線を移した。
「ユウキ様の魔法適性は『火』。魔力量は非常に多いようですね。おそらく、この国でも三本の指に入る程かと」
「まじかよ! 俺、魔法が使えるのか?!」
「ええ。訓練すれば上級の火魔法も使えるはずです」
興奮している勇気にクリスティーヌが頬を染めて近づく。
「きっとユウキ様でしたらこの国一番の魔法騎士になれますわ! それにしても、身体能力も魔法適性もずば抜けているなんてまるで」
「さて、次はサオリ様ですね」
ギュンターがクリスティーヌの言葉を遮って沙織を呼んだ。クリスティーヌは気に食わなそうに眉根を寄せたがそれ以上は何も言わなかった。
沙織はおそるおそる言われた通りに石板に手をのせる。
瞬間、思わず目を閉じてしまう程の光が生まれた。薄目で黄金の光が天井に昇っていくのを追う。金光は天井を埋め尽くした。誰かが息を呑む音が聞こえた。
ギュンターが呟く。
「紛うことなき光適性。これは聖女様と同様、いや魔力量だけみれば歴代最強かもしれませんね」
予想していなかった結果に、沙織の口から思わず「え」と声が漏れた。
「へーこれまたテンプレってやつか? よかったな沙織」
勇気に頭を撫でられる。沙織は思わずその手を叩き落とした。勇気本人は気にしていないようだが、代わりに女性達から睨まれる。いつものことだが、不快だ。沙織は黙って視線を逸らした。
勇気は気になることがあるようで、なあなあと沙織に声をかける。
「もしかして俺らって勇者と聖女ってやつ?」
その瞬間、静寂が訪れた。
「俺なんかまずいこと言った?」
コソッと勇気が沙織に囁く。沙織は皆の顔色を伺いながら黙っていた。勇気もそれに倣って口を閉ざす。
最初に口を開いたのはギュンターだ。
「これで本日の検査は終わりです。後は自由にしていただいてかまいません」
「ユウキ様。よければ私が城内を案内致しますわ」
「お、おう頼む。あ、沙織も一緒に」
クリスティーヌに腕を引かれ連れていかれる勇気。勇気は慌てて振り返って沙織を見た。
――――余計なお世話を。
内心苛立ったが、沙織はそれを隠し笑顔を張り付けた。
「私は疲れたので結構です。部屋で休憩したいと思います」
「あら、そう。ごゆっくり。ああ、後で護衛騎士とメイドを何人か貸してあげるから彼らに城内の案内をしてもらったらいいわ」
「お気遣いありがとうございます」
沙織の反応にクリスティーヌは拍子抜けした顔で踵を返した。
クリスティーヌ達が全員出て行き、ようやく沙織は肩の力を抜いた。けれどすぐに気がつく。
――――まだ一人いた。
「サオリ様」
名前を呼ばれ振り向くとギュンターがすぐそばまできていた。思わず一歩下がる。
ギュンターは気にせずに沙織に話しかけた。
「サオリ様はおそらく近日中に教会預かりになるはずです。それまでにもう一度会えるかわかりませんので……コレを。私物で申し訳ないですが」
ギュンターが首からかけていたネックレスを外して沙織の首にかける。遠慮する間もなかった。ネックレスのトップをつまんで眺める。雫型のシンプルなもの。ただ、光の加減なのか色んな色が混じりあっているように見える。不思議な色だ。
「コレは?」
「ソレは物理攻撃・魔法攻撃どちらも防ぐアイテムです」
「え……そんな貴重なものを私に?!」
驚いた沙織は勢いよく顔を上げる。虹色の瞳と目があった。息を呑む。
ギュンターは一瞬ためらった後、言った。
「万が一の為です。……この世界はサオリ様が思っているよりも危険ですから。ユウキ様は自分の身を守ることが可能でしょうが……」
冷水をかけられたかのように一気に頭が……心が冷えていく。
『勇気に寄生する寄生虫』『お荷物係』耳馴染みのあるセリフが頭の中でリフレインする。
俯いて地面を見つめる沙織をギュンターはじっと見つめていた。
数秒後、沙織はゆっくりと顔を上げる。その顔には笑みが浮かんでいた。
「わかりました。では、遠慮なくもらっておきますね」
ギュンターは目を瞬かせ、そして同じように笑みを浮かべた。
沙織はギュンターに見送られ魔法塔を後にする。沙織の姿が見えなくなってからギュンターは先程とは全く違う笑みを浮かべた。
「『渡り人』の魔力に惹かれてお受けしましたが……想像以上に面白い。今後がとても楽しみです」
ギュンターの後ろに控えていた少年は長い前髪の隙間から薄い虹色の瞳を覗かせて溜息を吐いた。
「さっさと国王様のところに行った方がいいんじゃないの?」
「ああ、そうでした。お留守番頼みますね」
少年の頭を一撫でするとギュンターは転移魔法を展開する。ギュンターが消えた後、少年は撫でられた髪の毛に触れ、しばらくの間その場に立っていた。