よく考えたら建国祭までそんなに日がなかった。
放課後、寄り道して落ち着いた感じのカフェに入って、グラディス様を建国祭にお誘いすれば、あっさりと承諾されて拍子抜けしてしまった。
「よろしいのですか?」
「もちろん」
もしかしたら断られてしまうかもしれないと思っていたから、本当に大丈夫なのかと思って再度尋ねてみたが、グラディス様がしっかりと頷いてくださって、聞き間違えでもなんでもないらしいと遅ればせながら悟る。
「他にお約束とかあったりしないんですか?」
「初日に城に行く以外はいつも通りに過ごす以外はしてない」
「そ、そうなんですね」
念のために三度目を尋ねれば、何とも寂しいお返事が返ってきた。
グラディス様の性格はみんな分かっているから、もしかしたら誘ってくれるような方もいらっしゃらなかったのかも?
お祭りはいつも楽しむものだと思っていたから、そうじゃないという人がいるとは思わなかった。
それだったらあたしが誘っても大丈夫だったのかな?
無理やり連れ出して後で、つまらなかったとか言われたらどうしよう。いえ、今からそれを考えてたって仕方ないわよね。
せっかくグラディス様が行く気になってくれたんだもの。
楽しんでもらえるように頑張った方が建設的だわ。でもその前にもうちょっと踏み込んでみてもいいよね。
「あの、失礼ですが、グランノワーズ侯爵様とはお祭りには行かれないのですか?」
「行かないね。あの人も僕と同じで静かな方が好きだから。初日のパーティー以外は領地に引っ込んでいるよ」
グランノワーズ侯爵様もグラディス様と同じタイプだったのね。
二人共
遠くから見たことはあったけど、面と向かってお話したこともなかったから知らなかったわ。
そういえば、婚約式の時にはさすがに顔を合わせたはずよね?
あの時かなりテンパっていたからマリアと会って話したのは覚えているけど、他の人は流れ作業のように挨拶をしていただけだから顔なんて覚えてないわ。
あの中にグランノワーズ侯爵様もいたのかな? 一応これから会う機会とか増える可能性もあるんだし、さすがに顔も覚えてないのもマズいわよね?
グラディス様に侯爵様のことを聞くのはさすがによくないよね。
帰ってから使用人に尋ねるか、自分で調べてみよう。
「あの、それではグラディス様もお祭りはお好きではないということですか?」
「いや、リザベルが行きたいのなら行く」
「ええっと……あたしは」
グラディス様に断られたら家族を誘うし、お祭りで出会えたら遊ぶ約束もしているからグラディス様と行かなくても十分楽しめそうそうだけど、婚約した訳だからそうも言っていられないよね。
それにグラディス様を誘ったのはあたしなんだし、ここで大丈夫ですとか言ったらダメよね。
「あの、グラディス様は今までお祭りに参加されたことがないということでよろしいのでしょうか?」
「グランノワーズ侯爵家に引き取られてから一度参加してみたことがあったが、どこもかしこも人だらけで面白さが分からなかったけど、リザベルと一緒なら楽しめるかもしれない」
「それならたくさん楽しみましょう」
もしかしたらグラディス様の意外な一面が見れるかもしれないし。
そうと決まればどこのお祭りに行くか決めないと。
グラディス様はどこでもいいと思っているみたいだけど、せっかく一緒に行くし、楽しいイメージがないのならお祭りが楽しい物だって印象付けた方がこれから先もいいよね。
「それじゃあ、この後うちに来てどこのお祭りに行くか決めませんか? 実はグラディス様をディナーに誘おうかと思ってたんですけど、今日とか大丈夫ですか?」
「是非伺おう」
よかった。
グラディス様の好きな物を知るためだったけど、お祭りに行くためにあれこれ話していたらもっと仲良くなれるでしょう。
早速家に戻って去年までの各地のお祭りのお話をしながら行きたい場所を話す。
グラディス様は行きたい候補地とかもないみたいだからか、さっきからあたしの話しばかり聞いていらっしゃる。
あたしの話し退屈じゃないかと思って聞いてみたんだけど、そういう訳でもなさそう?
「リザベルがあんまりにも楽しそうに話すからもっと聞いていたくなっただけだよ。続けて」
「あ、はい……あ、家が見えて来たので続きは中に入ってからにしませんか?」
「わかった」
家に帰ればすぐにグラディス様を応接室に案内して制服から普段着に着替えて戻れば、お母様がグラディス様とお話されていた。
お母様いつもあたしが友達を連れて来てもご自分の用事を優先されていたのに、相手がグラディス様だから?
「グラディス様ご無沙汰してますわ」
「シュリアン婦人、この度は急な婚約だったのにも関わらず、快く僕たちの婚約を受け入れてくれてありがとうございます」
中に入って行って二人の話を中断させるべきなんだろうけど、聞こえて来た会話にぴたりと動きを止めて聞き耳をたてる。
もしかしたらグラディス様があたしと婚約した理由が分かるかもと思ったからだ。
面と向かって聞く勇気はないけど、チャンスがあるなら聞いてみたかったことだ。
耳を澄ませて二人の会話に耳を傾ける。
「いいのよ。それより本当にうちの子でよかったのかしら? グラディス様のような方ならば他家の令嬢でもよろしかったのではないのでしょうか?」
うわっお母様ったら直球で聞きに行ったわね。
あたしも知りたかったけど、あんなに直球で行くなんて。もしかして、あたしが聞いてることお母様にはバレているとか?
でも、ドアは閉まっているし、どうやって気付いたの? お母様にバレてるんだったらここでひっそりと盗み聞きしていたって意味ないような。でも、まだ聞いていたいような気もする。
「婦人それは違います。僕は貴族の令嬢なら誰でもいいんではなく、リザベルだから婚約したのです。……リザベルは覚えてないでしょうが、実は僕たち小さい頃出会っているんですよ」
えっ? いつ?
思わず声に出してしまいそうだったけど、我慢してそのまま聞き耳をたて続けた。
「あの頃僕はまだグランノワーズ侯爵家とは何の関係もなくその日暮らしをしていた。時たま通りがかった旅人が気まぐれでパンか何かくれたらいい方だったんじゃないかな。まあ、それでも僕は死ぬのならそれでもいいと思っていた。だけど、リザベルはそんな僕に食べ物をくれただけじゃなく、一緒に行こうと言ってくれたんです」
グラディス様のお話は続いていたけど、あたし今まで孤児に会った記憶なんてない。
グラディス様が言っていることは本当なんだろうかな?
あたしは覚えてないだろうって言ってるけど、本当に記憶にないよ。
その後、お母様とグラディス様はいくつかやり取りをしていたけど、あたしが遅いと言い出したので、慌てて部屋に入って誤魔化すのに必死で、お祭りのこととかディナーのことまで頭が回らなかったのが悪かったのか、お祭りの行き先は全く決まらなかったため、また今度家にお招きして決めることになった。