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第30話

 翌日からグラディス様のことをよく観察してみたけど、グラディス様のことはやっぱりよく分からない。


 朝は挨拶を軽くしてからそれぞれの教室に行き、お昼に一緒にランチ。


 会話は授業の内容を聞かれたり、分からないところを聞いたりする程度のささやかな物で特にときめくようなこともなく。


 午後も授業が終わって予定が合えば一緒に帰ろうと言われていたけど、今日はグラディス様に用事があるとかで馬車で帰った。


「好きになるってどうすればなるのかしら?」


 そもそも現実の人を簡単に好きになっていたら本のキャラにお熱になんかなってないんじゃないの? と考えたらダメな奴になってきたような気がするので、慌てて頭を振って思考を追い払う。


 こうなったら前にグラディス様があたしのことを好きだとかなんだとか言って来た使用人たちに聞いてみようかな。


 自分のこととして聞くのは婚約までしたんだもん無理があるよね。


 友達の話とかとして聞いてみればいいよねと二人を探してみたけど、忙しい日なのか全然見つからない。


 他の使用人たちもちょっと慌ただしくしているので、今日は聞けないかも。


 というかみんなどうしてこんなに忙しそうにしているのかしら?


 来客の予定とかあったっけ? それともあたしが忘れているだけでなにかしらイベントでもあるのか?


 考えても分からないので、考えるのを諦めて今日聞けないのなら明日以降に聞こうかしらと悩む。


「あの二人はどこに行ったのかしら?」

「あら、リサ何をしているの?」

「あ、お母様!」


 残念に思いながらも諦めきれずに、屋敷の中をうろうろしていたらお母様が部屋から出てきた。


 お母様にはグラディス様とのことで散々心労を掛けさせてしまったせいで、元々ふっくらしていた体型は今ではすっきりとされて、ここだけは不幸中の幸いだったのかな? と思っている。


 言わないけどね。言ったらまた怒られるか、呆れられるだけならいいけど、また卒倒されてしまったらと思うとそれだけは避けたい。


「今日はグラディス様は?」

「ええと……」


 使用人を探すのを一旦諦めてお母様のところに行けば、お母様は開口一番にグラディス様のお名前を出すものだからうっかり口ごもってしまう。


 実はグラディス様との婚約を家の中で一番喜んだのはお母様だ。でも、一番心配しているのもお母様でもある。


 お母様に心配をこれ以上掛けさせる訳にもいかないので、円満に婚約破棄出来ないのなら、グラディス様のことを好きになってみようと思うだなんて相談出来ないので知られないようにしなければ。


 適当に話して部屋に戻ろう。


「今日は用事があるんですって」

「そうなのね。あなたたち少しは仲良くなれそうなの?」

「ええ、いつもグラディス様に気を配っていただいているわ」

「グラディス様にだけじゃなくてあなたもグラディス様に気を使ってあげなさいよ」

「そのつもりよ。でも、何をすればいいか迷っていて……」


 あれ? 何であたしお母様に相談しているのかしら?


 グラディス様とは上手くやっているから気にしないでと言って離れればよかったのに。あたしの馬鹿。


 でも、悩んでいたのは事実だし、お母様もあたしより恋愛経験豊富でしょうから何か分かるかも。


 なら、開き直ってこのまま聞いちゃえ。


「あら、そうなのね。それなら、グラディス様の好きなことに興味を持ってみるとかはどうかしら?」

「グラディス様の好きなもの?」


 実りがなければさっさと離れましょうと思っていたけど、何かヒントを得たいと思っていたらお母様に言われた言葉に、お母様の顔をまじまじと見つめてしまった。


 あまり長居してグラディス様と上手くいっていないかもしれないってバレたくもないので、手早く切り上げようとしたのに、思わず聞き返してしまう。


「ええ、お母様もね、お父様と婚約した当初はお父様のことを好きになれるようにあれこれと頭を悩ませたものよ。懐かしいわ」


 お母様はお父様との思い出を語り出したけど、その話は何回も聞いているので適当に聞き流す。


 この後はお父様を好きになってから、お父様からも愛を返してもらえた時の喜びに結婚してからあたしが生まれるまで続くし、何度も聞かされているせいですっかりと覚えちゃったからね。


 しかも話が長いから聞き終わる頃にはいつも疲れちゃうのよね。よかったのは最初だけで、わざわざ娘にのろけないで欲しい。


 でも、ちょっとだけそこまでラブラブになれるのは羨ましいとは思う。


 あたしだって相手がグラディス様じゃなければ、お母様とお父様のような結婚をしたいと何度考えたことか。


 二人は最初は家同士の婚約だったけど、二人共お互いのことが好きになって、結局恋愛結婚みたいな形になったと聞いている。


 だから、あたしも結婚するなら恋愛結婚がいいと思っていたのに、こういう形で婚約という形になってしまって落ち込んでいた。


 でも、グラディス様のことを好きになろうとしているところだからこれからよ。これから。


 グラディス様のことを好きになれるかは分からないけど、今までのように逃げ回ってるよりはだいぶ変わったと思うから、これからよね。うん。これから頑張ればいいだけよ。


 これからグラディス様を好きになる可能性だってあるんだし、うん。あたしの気持ちが変わるようにすればいい。


 自分を納得させ、お母様の話を聞くともなしに聞いて、そういえばグラディス様の嫌いな人を聞いてみたことはあったけど、好きなものは聞いた覚えはないなと。


「そうか、お母様ありがとう!」


 グラディス様の好きなものをきっかけにもうちょっと仲良く出来ればいい。


 今日はグラディス様に用事があるから別の日に聞いてみよう。もしくはうちのディナーに誘ってみるのもいいかも。


 グラディス様がうちの料理を気に入ってくれるか分からないけど、何もしないよりはいいわよね。


 それとなく好物も聞けるし、いい案ね。


 提案してくれたお母様にお礼を言ってその場を後にする。これで使用人に話を聞きに行く手間が省けてラッキー。


 好きなものならこの間みたいに会話を詰まらせてしまうようなことはないだろうし、いいアイデアだわ。お母様に聞かれた時は焦ったけど、お母様に聞いて正解だった。


 今度改めてお母様にお礼をしなくちゃ。


 上手く行くか分からないけど、これで突破口ぐらいは見つかったよね?


 いい案をもらってニコニコしながら自室に戻ってあたしはお気に入りの本のページを捲り、あたしの胸の中にときめきを増やして行く。


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