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第29話

「リザベルこれもどうだ?」

「あ、いえ……あ、あの?」


 グラディス様に婚約破棄をしてもらうために本当にわがままな女性になるべきかと迷っている内にグラディス様と会うことになって、渋々とグラディス様と会うことになったんだけど、グラディス様は沢山のプレゼントを用意してくれていてあたしが描いていたわがままな女性像が音を立てて崩れていくような気がする。


「あ、あの、このプレゼントは一体?」

「婚約したから。本当は婚約パーティーの時に渡したかったんだけど、すぐに届かない物もあったりしたからね」

「そ、そうですか……」


 あたしの背丈の倍はありそうなプレゼントの山にこれどこに置くのだろうかと今はどうでもいいことを考えてしまいたくなる。


「あ、あの……この量はさすがに多いんじゃないでしょうか?」

「そうか? それならリザベルが欲しい物だけ選んで後は送り返してくれていい」

「はぁ……」


 あたし婚約の記念にプレゼントなんて用意してなかったんだけど、グラディス様のこの姿を見ていると用意しておくべきだったかな? とちょっと焦る。


 あ、でも、プレゼントも用意してない酷い婚約者としてはいいのかな?


 グラディス様が分かりやすく怒ってくれたらいいけど、そんな気配もないせいであたし一人混乱している。


 誰かに相談に行きたいけど、ここで行ったら失礼なので我慢しているとグラディス様に促されて歩き出した。


 荷物は一旦家の中に入れて後からじっくり検分すればいいらしく、使用人たちが慌ただしく中に運び込んで行くのを横目に馬車に乗り込む。


「今日はどこに行くんですか?」

「ああ、今日は最近出来た店がリザベルの気に入りそうな感じだったからそこにしようかと思っている」

「そうなんですね」


 前みたいにグラディス様のお屋敷に向かうのかと思っていたいたからちょっとだけ驚いた。


 ああ、でも、グランノワーズ侯爵家の執事があの小さなお屋敷ではなくグランノワーズ侯爵家から通うことになったらしいからグラディス様のお屋敷と言ったらグランノワーズ侯爵に行くことになってしまう。


 あの大きなお屋敷はあたしが何度も気軽に入るには敷居が高すぎる。


 だったら他の場所を誘っていただけてよかったと思うべきよね。


「あ、あの、グラディス様って嫌いな方とかいらっしゃいますか?」


 馬車が動き出して沈黙が気まずくて口を開いたものの、今それを聞くべきタイミングというか、話題は本当にこれでよかったのかしら?


 もっと街並みについてとか天気の話題でもよかったのに、きっと嫌われたいという思いが強すぎたせいで口が滑ってしまった。


「あ、あの……」

「嫌いな奴か……それならリザベル以外」

「は? え?」


 あたし以外ってどういうこと? 意味が分からなくてグラディス様の顔をまじまじと見つめようとしたらグラディス様はすでにあたしの顔を見つめていてらしてどきりとしてしまう。


 うちの使用人たちの話を何でか知らないけど思い出してしまい、パニックになっちゃう。


 これあの二人が言っていたようにグラディス様があたしのことを好きなんじゃないかって言っていた奴かと錯覚してしまいそうでどうすればいいのか分からない。


 というか、嫌いな人の話題からどうしてこんなにじっと見つめられなくちゃいけないのか分からない。


「あ、あの……」

「着きました」


 何か話をしなくちゃと思って口を開いたものの、先に馬車が止まり、御者がドアを開いてタイミングを逃してしまった。


「降りよう」

「あ、はい」


 馬車から降りると真新しい建物。


 お店はおしゃれなカフェって感じだけど、それよりも味の方が大事よね。


 お店の中も真新しい匂いがする。


 店の中は席と席が離れていてゆったりとしている。席は半分ぐらい埋まっているけど、騒がしくは感じないのは中々いいわね。


 席に座るとすぐに店員がメニューを持って来た。


 メニューには紅茶の名前と簡単な説明文がずらりと並んでいるのを見るとここは紅茶を売り出したいのかなと思ってページを開けはおいしそうなお菓子の名前と簡単な説明がたくさん書かれていたので紅茶だけではなさそう。


 こんなに種類があるのならどれから食べようかしら。


 全ては食べられないでしょうけど、あれもこれも気になってくる。別の日にまた来ようかしら。


「決まったかい?」

「いえ、まだ」


 そうだった。グラディス様と一緒に来たのにすっかり忘れて何を食べようかと夢中になりすぎていた。


「グラディス様は何を注文されるか決められましたか?」

「ああ」


 もう決めてしまったなんてあたし一人だけ浮かれ過ぎていたわ。


 早く決めてしまいたいけど、あれもこれもおいしそうで中々決められない。


「リザベルは何で迷っているの?」

「えっと、どれもおいしそうでまだ何も……」


 婚約者ほったらかしにしていたのに、グラディス様は大して気にしてなさそうに頷いている。


「それならこの店のオススメのティラミスは?」

「そうします」


 お店のオススメなら間違いはないでしょ。


 注文を済ませておいしいお菓子を食べ終え、和やかな雰囲気のまま家まで送ってもらってから気付く。


 これってただの婚約者とのデートじゃない!


 グラディス様に嫌われようと思っていたのに、何をしてたんだろ。


 グラディス様の嫌いな人も結局分からず終いだったし、何なのよあたし以外って!


 それじゃああたしが何したって意味がないじゃないの!


 諦めてこのままグラディス様と婚約していつかは結婚する? 顔はいいし、家柄もかなりいい。


 ご本人が平民出身って言うことを除けば、結婚相手としては申し分ない方。


 問題があるとしたらあたしの家の家の格がグランノワーズ侯爵家よりかなり低いってことぐらいじゃない?


 それを理由にやっぱりあたしにはおそれ多いですと断るしかないとか?


 いや、それをするのなら婚約の話を聞かされていたあの時に言っておくべきだったはず。


 あの時の記憶が全くないのが悔しいぐらいよ。あの時にちゃんと断っておけば……ああ、自分の保身のために何でもするって口を滑らせたせいよね。


 あの時のあたし馬鹿過ぎよ。


 誰かに相談したいけど、マリアに相談すればまた馬鹿にされるでしょう。


 でも、マリア以外にグラディス様のことを詳しく知っている人はいないから誰に相談すればいいのかすら分からないわ。


 こうなったらグラディス様を好きになる努力でもしてみる?


 嫌いでいるよりもあたしだっていいかもしれない。


 だったらグラディス様のことを好きになってみた方がいいわよね。


 そうと決まったら明日からグラディス様のことを好きになれるように、グラディス様のことを観察してみよう。


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