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第28話

「そうだ婚約破棄してもらうように仕向ければいいんだ!」


 ない頭を振り絞って考えついた案はそんな発想だった。


 あたしからは婚約破棄出来ない立場なんだから、グラディス様からあたしに愛想を尽かしてもらい、破棄してもらえればいいんじゃない?


 あたしには数多の小説で見た悪役のキャラのようにあくどいことは無理だけどわがままな婚約者になっていたらその内グラディス様からこんなわがまま女なんて無理だって言って破棄してくれるかもしれないじゃない。


 そうと決めたらあたしはわがままな女になることを決めた。


 でも、わがままな女って何をするのが正解なんだろ?


 沢山物を買わせるとか? それぐらいしか思い浮かばないんだけど、世の中のわがままな女性って他に何をしているんだろ? 考えたけど、思い浮かばないので、家にいる使用人たちに聞いてみよう。


「ねえ、わがままな人ってどんな行動するの?」


 わがままな女性の行動がお金を使う以外で分からなかったので、近くで掃除をしていた女性の使用人たちに聞いてみた。


 本当はわがままな女性に振り回された男性が近くにいてくれたらよかったんだけど、あたしのまわりではそんな話聞いたことはなかったもんだから、残念ながら多分そういった女性に引っかかった人はいないんでしょうね。


 参考にしたかったのに、残念だわ。


「……どうしたんですか急に」

「そうですよ。お嬢様がそんなこと言い出すなんて。何か変な物でも食べたんですか?」

「そんな訳ないでしょ。ただ気になっただけよ」


 あたしがそんなこと聞くのはそんなに変なことな訳? 二人は顔を見合せて医者を呼ぶべきかと失礼なことを話し合っているので、大丈夫だから教えて欲しいとお願いする。


 それなのに、心配そうに二人で医者を呼びに行こうとするので、慌てて引き留める。


 あたしは至って健康なのに医者を呼ばれたって時間の無駄よ。そんなことよりあたしにグラディス様にフられるためにいい知恵を授けてちょうだいよ。


 二人の態度に少しだけムカついたけど、でも、それよりも聞きたい欲求の方が強いので早く教えて欲しいと期待を込めて目の前の使用人二人を見つめる。


「ええっと、わがままな女性ですよね。高価な物を買わせるだけ買わせてポイ捨てするとか?」

「わざと難癖つけるとか?」

「難癖? どんな風に?」


 ようやく答えてくれた二人の返事に首を傾げる。


 高価な物はあたしだって思ったわよ。ついでにうちで買わせれば、家にもお金も入るしとか考えたんだけど、家にあるものをもらって嬉しいかな? って思ったら別にいらないかなって思い直したから。


 どうせならうちで扱ってないものを買ってもらおうかなって思っても、あたしの欲しい物なんてロマンス小説ぐらいしかない。


 でも、グラディス様にあたしの趣味は知られたくないのでこれも却下。


 という訳であたしは難癖をつけるというのに興味を持った。


「そうですね……」

「お嬢様は知らなくてもいいと思いますよ。グラディス様ならお嬢様の言うことならなんでも叶えてくれると思いますし」

「は?」


 何を言っているの?


「そうですね。グラディス様がお嬢様を見つけて戻っていらした時は旦那様にもお嬢様を渡さずにベッドまで運んでいらしたし」

「お嬢様が目を覚ますまでいるって言ってらしたんですけど、安静にするべきだとお医者様に止められてなければ、お嬢様の体調がよくなるまでいらっしゃっていたんじゃないですか?」

「あり得そう! グラディス様のお嬢様を見つめる瞳いつもとっても優しくて見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうぐらいで」


 どういうこと?


 二人の言っていることが理解出来なくて首を傾げるが、二人はあたしそっちのけで楽しそうにくっちゃべっている。


 グラディス様が助けてくれたのは知っていたけど、そこまで手厚く観てもらったなんて知らなかった。


 というか、優しい瞳って何?


 そりゃグラディス様の見た目は天使のように可愛らしいけど、そういうのじゃないの?


 そう聞きたいのに、二人はあたしの戸惑いをよそに自分たちの話に夢中になっている。


「ああいうの見てたら恋しちゃくなってきちゃった」

「分かる。今度の休みの日に出会い探しに行かない?」

「いいわねそれ」


 きゃっきゃとはしゃぐ二人に、もうあたしの声は届いてなさそう。


 他の人たちに聞いてみようかなと他の使用人たちに声を掛けたものの、女の使用人たちはみんな似たり寄ったりなことしか言わないし、男の使用人たちへそう言う女性に出くわしたことはないと断られてしまった。


「お嬢様、そういうわがままも最初は可愛いかもしれませんが、最後は誰からも見向きもされない可哀想な人間として扱われるだけですよ。お嬢様はそういう人間になりたいんですか?」

「そういう訳じゃないけど……」


 庭師のトムじいに聞きに行ったらそんなことを言われて口ごもる。


「じゃあ、やめておくんだな」

「……トムじいそういう人と付き合ったことあるの?」

「いや、身内にそういう奴がかなりいただけだ。まだ恋人の方がマシだったな。身内は中々縁が切れないから」

「そ、そうなの」


 詳しく聞いてみたかったけど、忌々しげに呟くトムじいに聞くのは失礼な気がしてこれ以上は聞くに聞けなかった。


 でも、かなり気になるわ。


 トムじいの顔はもう聞くなとでも言いたげで、一体何があったのかと興味津々になりそうだったけど、無理に聞き出してトムじいに嫌われたくはないので諦めて帰る。


 トムじいの話も一理ある。だけど、それだとグラディス様のことそのままになってしまう。


「あたしがわがままになりたいのはグラディス様相手だけなんだけど、それでもやっちゃダメなのかしら?」


 トムじいのところから帰る道すがらそんなことを呟いてみたけど、その問いに答えてくれる人はいなかった。


 これは自分で考えろってことなのかしら?


 でも、あたし一人で考えたところでロクな考えなんて浮かばないし、前途多難すぎじゃない?


 果たして世の中の意に沿わない婚約をさせられた時に婚約破棄までこぎつけられる人は一体どれぐらいいるのかしらね?


 知っている人がいたら教えて欲しいぐらいだわ。


 でも、そんな人がいたら噂になっているでしょうから、多分いらっしゃらないのでしょうね。



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