「おはよー」
「おはよう」
学園に行けば、グラディス様と婚約する前と変わらない。
変わらない日常にグラディス様と婚約したのは悪い夢だったんじゃないかって気になってきた。
それにしても長い夢だったわ。もう悪夢なんて見なくない。これからはバラ色の夢だけ見ていたいわ。
「あれ、リザベル?」
「あ、ラウルス先輩おはようございます」
朝からカッコいいラウルス先輩に会えるだなんて、なんていい朝なのかしら。
さっきまで恐る恐る登校していたけど、ラウルス先輩の登場のお陰で憂鬱な気分が吹き飛んだ。
今日はものすごくラッキーな日になりそう! ドキドキする胸を宥めながら笑顔で挨拶をする。
「そういえば聞いたかい?」
「え? 何をですか?」
ウキウキしながら考え事をしている間に何か聞き逃してしまったかしら? と焦ったけど、先輩の表情はそうではなさそう。
はて? じゃあ、なんだろう?
あたしの知ってる話かな?
最近色々とありすぎて噂とかかなり疎くなっているんだけど、分かるかな?
「ああ、うん。昨日君たちの学年のグラディス・グランノワーズが婚約パーティーを開いたんだって。知ってる?」
「えっ?!」
どういうこと? どうしてラウルス先輩が昨日のこと知っている訳?
あ、でも、先輩も貴族だから呼ばれていたとか?
でも昨日は先輩の姿は見ていない。
というか、昨日の婚約パーティーは夢じゃなかったってことだよね。知りたくなかった。
ああ、どうか先輩にはあたしがグラディス様と婚約したことを知られませんように。
さっきまでの幸せな気分はどこへ行ってしまったのか。
いきなり天国から地獄に落とされた気分よ。
「あ、やっぱり知らなかった? 急な発表だったからね」
「あ、あの、その婚約者の名前って……」
でも、まだ信じたくなくて違う人であってくれ。あたしがグラディス様の婚約者じゃないって言って欲しくて恐る恐るラウルス先輩に聞いてみる。
「参加してなかったから私も知りたくて聞いたんだけど、リザベルも知らないのかい?」
「え、ええ。そうですね」
祈りながら聞いてみたら、ラウルス先輩は知らなかったらしい。
少しホッとしたものの、ラウルス先輩も知らないだなんて。あれが悪夢なのか、悪夢じゃないのか分からないじゃないのよ!
その辺の人を捕まえて昨日グラディス様と婚約した人を聞いてみる?
いや、でも、それであたしだったら?
せっかく悪い夢だったんじゃないかって思い始めたのに、その考えを否定されてしまったら?
せっかくあれは悪い夢だったと思い始めたのに、確認して誰かにあたしがグラディス様の婚約者だと告げられれば、また気落ちしてしまいそう。
こんなに気持ちを取り乱されてしまうと、あの時転んでしまったことが本当に悔やまれる。
あそこで転んでなきゃ今もカリナとマリアと本のキャラについて語り合っていられていたのに。
「そうか。詳しく知りたいからリザベルも何か分かったら教えて欲しい」
「えっ、あ、はい」
そう返事をすれば、ラウルス先輩はにこやかな顔をして行ってしまった。
あたしに声を掛けたのはグラディス様のことを知りたかったからってこと?
あたしに興味を持って! そうしてグラディス様を倒してあたしと物語みたいな恋をして!
「リザベルそこで何をしているんだ?」
「へ? えっ、グラディス様……」
叫ばなくてよかった。
ラウルス先輩が去って行った方角を眺めていたらグラディス様がいらっしゃってびっくりした。
「ごきげんようグラディス様……」
「おはよう。まさか僕が来るのを待っていてくれたのか?」
「いえ……はい」
別にグラディス様を待っていた訳じゃない。
そう言いたかったけど、この間グラディス様の機嫌を損ねてしまい、大騒ぎしてしまったのを思い出したから。
なので、適当に話を合わせて、適当なところで切り上げて逃げ出した方がいいかも。
「あ、そういえばグラディス様授業の方は?」
また一緒に授業を受けなきゃいけないの?
全部? それは嫌なんだけどと恐る恐る聞いてみる。
「……ダメか?」
「だ、ダメですね」
ちょっと屈んで上目遣いで聞いて来た。
グラディス様は成長期で少し男らしくなってきたけど、それでも天使のように可愛らしい美貌は健在だ。
その可愛らしい顔を最大限利用して来られて、少しぐらっとしてしまったけど、なけなしの理性を総動員してお断りさせていただく。
誰よグラディス様にこんなに可愛らしい顔を与えるだなんて! うっかり何でも言うことを聞いてしまいそうになったじゃないの!
この方はご自分の敵になった人には容赦なんてしない血も涙も……あるかもしれないけど、それでもおっかない方なんだから出来るだけ一緒にいたくなくてお断りさせてもらう。
「それならお昼は一緒にいよう」
「えっ」
前言撤回今日は厄日だ。
ラウルス先輩戻って来てあたしを助けてくれないかな?
無理か。あたしたち最近出会ったばかりでそんなに仲良くないもの。それに、もうとっくにラウルス先輩の影も形も見えないので、戻って来ることはなさそう。
近くにいた人に助けてと視線を向けたものの、その人たちは普通に校舎の中に消えて行く。
みんな薄情過ぎじゃない?
あの人たちが困ることがあっても、誰も手を差しのべないようにと念じておく。こうなったら自分でなんとかするしかない。
「婚約したのだから当たり前だろ?」
「あ、はい。そうですね」
せっかく奮起したのにあたしの勇気はあっさりとグラディス様に破壊されてしまい、あたしは頷くことしか出来なかった。
あたしの意気地なし!
どうして断れなかったのよ!
「じゃあ、お昼に」
グラディス様はあたしの返事に満足したのか、にこやかな笑みを浮かべて去って行ってしまった。
多分先生たちと授業について話し合いに行ったんだろう。
それは別にいい。でも、段々と状況が悪くなって行く現実に頭を抱えるしか出来なくなってしまった。
誰か何とかしてくれないかなぁ? あ、でも、みんな薄情なんだった。自分で何とかしなくちゃいけない。
足りない頭でどうにかこの状況をどうにかする方法を考えなくちゃ。