「……どうしてこうなるのよ」
「何でもするって言っちゃったからじゃない?」
マリアの返事に頭を抱えそうになるが、せっかく整えてもらった髪が台無しになってしまう。使用人たちの努力を無駄にするのはしのびなくて我慢してため息を吐くだけに留めるけど、気分は落ち込んだまま浮上してこない。
今はあたしのどこまでも沈んでいく気持ちとは裏腹に、パーティー会場は盛況。
誰かあたしをここから連れ出して欲しいんだけど、都合よく現れてくれるヒーローのような方はいらっしゃらないのかしら?
いない?
辺りを見回してみたけど、誰もあたしの視線に気付いてくれない。
何でパーティー? と思うでしょ? あたしもおんなじこと思っているわ。でもね、信じられないことにこのパーティーはあたしとグラディス様の婚約を祝して開かれたもの。
一応あたしは主役の一人なんだけどマリアを見つけた瞬間、マリアの腕を掴んで人気の少ないところまで行き、マリアにお膳立てしてもらってからついさっきまでのことを相談したのに、マリアの返事は冷たいもの。
確かに何でもするって言ったけど、あたしとしては荷物持ちとか、パシりぐらいで最悪国外追放とか思っていたのに、何がどうして婚約って話が出てくる訳?
おかしいでしょ。
聞かされた当初は何を言われていたのか理解出来なくて、何も言えなかったけれど、ようやく考えられるようになってきた今、やっぱりあれはおかしいんじゃないかって思いに至った。
相談したかったマリアは興味なさそうにあたしの話を聞いてる。
この分じゃいつまで相談に乗ってくれるか分からない。あたし一人じゃ上手い考えなんて思い浮かばないのに!
「もしかして、あたしを油断させてから落とす作戦とか?」
そうじゃないとおかしい。
盛大に婚約しておいて後で破棄してあたしのことを笑うのかもしれない。
だとしたらさっさとネタバラししてあたしを笑い者にすればいいのに! 何で今ネタバラししてくれない訳!?
あたしを油断させようとか考えているとか?
「考え過ぎじゃない? グラディス様ならわざわざそんな回りくどいことなんてするような方じゃないのはリサだって分かっているでしょう」
「それは、そうね……」
あの方なら自分の敵になるような人は徹底的に潰しに掛かるような方だから。あたしのことを潰したかったらこんな風に時間を掛けてなんてしないでしょうけど。
マリアの言うことは一理ある。
でも、そうなるとグラディス様の目的が分からない。
あたしなんかと婚約しなくとも、グラディス様ならもっと身分の上の方と婚約した方がいいはず。
もしかして平民出身を気にしてらっしゃるとか? あのグラディス様が?
ご自分の身分を馬鹿にしてきた貴族の令息を追い出すような方が?
その考えは無理があるでしょ。でも、他にそれらしい理由も思い浮かばない。
「……じゃあ他に何か目的があるとか?」
「さあ? グラディス様に聞いてみたら?」
「無理。あたしにそんな勇気がある訳がないでしょ」
勇気があるんだったらこんなところでうじうじなんてしてないで、もうとっくに聞いているわよ。マリアに相談するよりもグラディス様に直接どうしてって聞きに行っているわ。
「それもそうね。じゃあ、今度グラディス様に聞けそうになったら聞いてみなさい。それより、カリナも来ているんでしょ?」
「……招待客リストに入っていたから来ているはずよ」
いきなり変わった話題に慌てる。これ以上は相談に乗ってくれないってこと?
もう少し相談に乗って欲しかったけど、マリアはカリナを探しに行ってしまった。
薄情者! 自分は最近アントニー様と離れられたからといって、友人のピンチを放って行ってしまうなんて!
内心でマリアを罵ったけど、そんなのマリアには聞こえてないので、あたしの恨みは届かずマリアが戻ってくることはなかった。
「戻りたくないなぁ……」
戻ったらしなくもない笑みを浮かべて、お祝いの言葉を聞かないといけなくなる。
あたしにとってこの婚約は嬉しいものじゃない。それなのに沢山の人からお祝いの言葉をもらっている内に嬉しくないと暴れたくなってくるんですもの。
このまま逃げちゃだめかしら?
こういう時助けてくれるヒーローがいてくれたらいいのに、あたしにはそういうヒーローがいてくれないのはどうしてなのかと泣きたくなる。
これがグラディス様の作戦だとしたらあたしにはかなりのダメージ入っちゃっているわよ。
だからそろそろネタバラしをして欲しいんだけど、とグラディス様の姿を探せば、グラディス様は来賓のおじさん貴族と何事か楽しそうに歓談していて、あたしのことなんて気付いてなさそうだった。
これじゃあ、いつネタバラしされるのか分からない。
ネタバラしされないのなら、変わりに連れ出してくれるヒーローはと辺りを見回してみるものの、みんな楽しそうに歓談していてあたしの視線には気付いてなさそうだった。
マリアの言う通りグラディス様と話した方がいいのだろうけど、そのタイミングもなさそうね。
「どうしようかしら」
あ、マリアとカリナが合流したみたいだわ。
あたしも今日のパーティーの主役が自分じゃなれば、あっちで二人と楽しくパーティーに参加していたでしょうね。
そう思うとどうしてこうなってしまったのかしら?
マリアの言う通りあの時何でもするだなんて言わなければよかったわ。
ため息を一つ吐いてパーティーの輪の中に戻る。
来賓の挨拶を適当に笑顔で聞き流し、顔がひきつって来た頃にようやくパーティーがお開きになった。
くたくたになったけど、グラディス様と話をしなくちゃと探し回ったのに、グラディス様は既に帰ってしまったのか姿は見えず話を出来なかった。
あたしはネタバラしをして欲しかったのに、どうして何も言ってくれないのか。
明日以降にネタバラされるのを期待してみる?
婚約したからといって学園が休みになる訳でもない。
あ、でも、グラディス様と婚約したからこの国に残ることが出来たし、学園にも通い続けられるんだからいいこともあるのか。
明日から学園でのあたしの立ち位置がどうなるかは分からないけど、そんなに悪くはならないと信じたい。
うんうん唸っていたけど、考えるのをやめて