グラディス様の体調がよくなってからと言われていたけど、中々連絡が来なくてお父様たちの方がやきもきしていた。
この間お見舞いに行っていることはあのロマンスグレーの執事からグラディス様に伝わっているはず。
それなのにまだ何もないのだからそこまでは心配する必要はないんじゃない? と半ば無理やり開き直る。
「あなた強くなったというか、かなりふてぶてしくなったわね」
「そうかしら?」
「私に迷惑が掛からなければどうでもいいわ」
マリアに呆れられられてしまったけど、怒られた訳ではないのだからいいのかな?
でも、一応気をつけておこう。
マリアからも今学園に通えているし、そこまでは怒ってないんじゃないかな? とは言われているので、お父様たちに頭を下げつつなんとか宥めすかしている内にグランノワーズ侯爵家からの連絡がやって来た。
お父様たちも今回は着いて来ると言われたんだけど、あたしがしでかしたことだし、自分で何とかさせて欲しいとお願いしてグランノワーズ侯爵家に向かった。
◇◇◇◇◇◇
今回もお見舞いに花を持って来たけど、別の物にすればよかったのかと今さらながらに後悔してきた。
グラディス様のお部屋にあった本と似たような感じのご本にしようかとも迷わなくもなかったんだけど、内容の話題をふられたとしても答えられない物を贈っても、会話も膨らまないのだから意味はないかなって。
もしくはお菓子にしようとも思ったんだけども、グラディス様は国一番のパティシエに弟子入りした方なんだもの。
そんな方に贈るだなんて無理だとうちの料理長に断られてしまって、無難にお花になってしまった。
自分で作るのもいいかもだけど、受け取ってもらえなかったらそれはそれで落ち込みそうなので、作らなくて正解だったのかも。
お花だったらお花はこの屋敷にだってたくさん飾ってある。
捨てられたとしてもこの屋敷で飾られていたお花だったかもしれないと思えるし。
この間と同じようにロマンスグレーの執事にお花を渡してグラディス様の部屋の前に案内してもらう。
「グラディス様の体調はもういいんですか?」
「ええ、明日から学園にも通われるぐらいには回復しておりますよ。さあ、着きました」
「そうなんですね。あ、ありがとうございます」
執事にお礼を言ってから深呼吸する。
あれからグラディス様にちゃんと会うのは今日が初めてだ。
この間はグラディス様は眠っていたので、会ったとは言わないからね。ドキドキしてきた。
「リザベル・シュリアンです」
「……入って」
「失礼します」
ノックをして声を掛ければ中から返事があったんだけど、グラディス様のお声に少し戸惑う。
いつものお声より低いような? これが声変わりってものなのかな? 他の男子とかは咳が出たり、声が高くなったり低くなったりとかしていたけど、グラディス様のは徐々に変わって行くのかな?
そんなことはいい。
グラディス様に謝ることがあたしにとって一番大事なんだから。
部屋に入るとグラディス様の姿を確認するより早くすぐに頭を下げる。
「この間は大変失礼しました! あの時のあたしは自分のことしか考えてなくて、グラディス様には色々と気を使っていただいたのに大変失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
一息に言い切ってやったわ。
もうこれでこの国にいられないかもしれないんだもの。やれるだけのことはしなくちゃ。
グラディス様がなんて言うのか分からなくて心臓がバクバクと音を立て、さっきからうるさい。
「……僕のことが嫌いなんじゃないの?」
「とんでもございません!」
グラディス様はかなり恐ろしい方だと思っていたからお近づきになりたくはないと思っていた。
でも、助けていただいたし、かなり強引だとは思うけれど、それでも嫌いとまでは行ってないとは思うけど、深く考えたことはなかった。
好きかと聞かれたら全力で否定するけど、嫌いという訳でもない。
なんて言うのが正解なのか分からないけど、とにかく何か言わなくちゃ。
「あ、あの、グラディス様には助けていただいたのに、あのように失礼なことを言ってしまい謝っても許されないことは分かっています。ですが、もし、グラディス様が許していただけるのなら何でもします!」
「何でも?」
「はい!」
グラディス様の問いに答えてないかもしれないけど、グラディス様が反応してくれたのであたしは勢いよく頷いた。
荷物持ちでも、使用人のように扱われたとしても仕方ないと思う。
心配そうなお父様たちの顔が脳裏に浮かぶ。
あたしのせいでお父様たちの寿命が縮まってしまったんですもの、不出来な娘ですけどこれ以上失敗しないようにとグラディス様の機嫌を取れるのだったらもう四の五の言ってなんていられないじゃないのよ。
必死に頷いているとグラディス様があたしの前に歩いてきた。
グラディス様の足音が死刑宣告に聞こえる。逃げ出してしまいたいけど、それはしちゃダメだとなんとか我慢して何を言われるのかと心臓がバクバクとうるさい。
「リザベル・シュリアン君は本当に何でもするのかい?」
「犯罪ではなければ、あたしの出来る範囲ならなんでもします」
あたしには犯罪を犯すような度胸なんてないので、先手を打たせてもらう。もし、出来たとしても挙動不審になって自滅しそうと変な評価までいただいたことのある人間だもの。
罪を犯すような真似あたしには出来る訳ないわよ。
というか、念押しなんてしないで許してくれるのかくれないのかだけでもいいから教えて欲しい。
何度も念押しされたくなくてきっぱりと答える。
「それならば、僕と婚約して欲しい」
「はい……は?」
えっ、グラディス様は今何て言ったの?
聞き間違いかと思って顔を上げれば、グラディス様の顔が目と鼻の先にあってびっくりして一歩下がる。
近い。
「今日からリザベルは僕の婚約者だ。これからよろしく」
「えっ、あの……」
少し背の高くなったグラディス様にちょっぴりびっくりしつつ、何を言われたのかと頭の中で反芻しようとしたのに、グラディス様はあたしとの距離を詰めてにこりと笑っていたけど、目は笑ってなかった。
これはじっくりと時間を掛けて仕返しするってこと?!
聞き間違いではなかったらしいと落胆するわ。念押しされるかのように言われた言葉に固まっている内に話は纏まってしまっていたのか、あたしが我を取り返した時には口約束だけじゃなく、正式に両家で婚約の取り決めが成された後だった。