結局寝つけないまま朝日が昇り、一日が始まった。
昨日の今日で状況が変わっているなんて都合のいいことなんてないのは分かりきっているけど、どうにかなってないかなって都合のいいことを考えてしまうのはどうしてか。
ほとんど眠れなかったせいでいつもより早く支度をして学園に向かう。
グラディス様がいつも何時に来ているのかなんて知らないけど、校門のところで待っていたらいつかは登校してくるだろうと待っていたら、先にマリアがやって来て捕まってしまった。
「何をしているのよ」
「昨日の今日で気になって待っていました」
そう答えるとマリアはこれみよがしに大きなため息を吐いた。
「マリアが何とかしてくれるって言ってたのは覚えてるわよ。でも、気になって寝られなくて……」
「気持ちは分からなくもないけれど、ちゃんと寝なさい」
「……気をつけるわ。それでどうなったの?」
しゅんとしつつも気になっていることを尋ねたけど、マリアの答えは冷たいものだった。
「とりあえず手紙は書いたけど、返事待ちよ」
分かっていたとはいえあたしが生殺し状態なのは変わってなさそうなマリアの顔にどうしたらと人の多い校門で頭を抱えたくなった。
「とりあえず教室に行きましょう」
「あ、でも、あたしグラディス様を待とうかと……」
「昨日の今日だから今はそっとしておいてあげる方がいいんじゃない?」
「そうかな?」
「そうよ。さ、行きましょう」
ぐいぐいマリアに背中を押されて、移動する。
グラディス様からマリアに返事が来たら謝り倒そう。許されるとは思わないけど、何とか機嫌をよくしていただければ、学園には通い続けられるかも。
その日はマリアがちょくちょく顔を出してくれたので、思考がネガティブに偏り過ぎなくてちょっとだけ気が紛れたわ。
「そういえば今日アントニー様お見かけにならなかったけど、何かあったのかしら?」
「ああ、うん。それはいいの」
「?」
どういうこと? 聞き返してもマリアは曖昧に微笑むだけで何も言わない。
これは深くつついたところで答えてくれなさそうだわ。違う話題にした方がいいかも。
「あ、そうだわ! 最近本読めてなかったじゃない? カリナも誘って読書会しない?」
「いいわね」
こんな時に呑気なことをと呆れられるかもと思ったけど、マリアは意外にもノリノリで賛成してくれたのでホッとする。
これでダメだって言われたら落ち込んでいただろうから。
「そうと決まったらカリナのところに行きましょう」
「そうね。でも、あんまり急ぐと転ぶわよ」
「大丈夫よ……あ!」
前を見ていなかったせいで人にぶつかってしまった。
「す、すみません」
マリアに注意されたばっかりに人にぶつかるだなんてついてないにも程がある。
慌てて謝ってから相手の顔を見て息を飲む。
吸い込まれてしまいそうという形容詞が似合いそうなラベンダー色の瞳は優しげで、いつまでも見つめてしまいそう。
髪の色は月光を紡いだかのような青みがかった綺麗な銀髪。顔は中性的な美貌のため、一瞬どっち? と困惑したものの、男子の制服を着ていたため、すぐに男子と気付く。
日だまりのような優しい微笑みを浮かべていた。この学園にこんなにカッコいい人がいたの? 全然知らなかったんだけど。
「大丈夫?」
「えっ、あ、はい……すみませんあたしがよそ見していたせいで」
「こっちこそごめんね。怪我はない?」
「あ、はい」
見た目通り優しい人だわ!
「そうか。私は二年のラウルス・ヘッセンだ。何かあったら私のところに来てくれ」
「は、はい」
かっこよく去って行く先輩にうっとりとした表情で見送っていたらマリアの呆れた顔が視界に入って現実に戻された。
「マリア……」
「リサあなた今……そんな場合じゃないんじゃないの?」
頭が痛いとでもいうように額を押さえるマリアに多少申し訳なく思いつつ、さっきの人について知っていることはないかと尋ねる。
「……あんたはグラディス様に謝るんでしょ」
「それは分かっているわよ。でも、グラディス様からの返事はまだないのでしょう? 現実逃避だっていうのは理解してるわ。でも、もしかしたらもうすぐ学園から追い出されるかもしれないんだし、ちょっとぐらい夢見させて!」
マリアが嫌がるのも分かる。だけど、悪い夢といい夢だったらあたしは絶対にいい夢を見ていたいのよと力説していたらマリアの顔色が悪くなってゆく。
もしかしてグラディス様でも現れたのかなっと辺りを見回してみたけど、グラディス様の姿は見当たらなかった。
それじゃああたしの言葉に頭が痛くなったのか。
色々とやってもらっているのに、肝心のあたしが恋に浮かれていたらマリアからしたら頭の痛い問題……ううん。もしかしたらこのまま縁を切られたっておかしくないかも。
目の前のマリアの姿に冷や水を浴びせられたように、さっきまでののぼせ上がったように浮かれていた気持ちはあっという間に鎮火した。
「……何かごめん」
「いえ、いいわ。……やっぱり今日はこのまま失礼するわ」
「うん。ごめんね」
マリアを巻き込んでしまっているのに、やらかしたあたしがのんきに恋愛をしようとしてるんだから怒られなかっただけでもよかったと考えるべきか、そんなこと考える間もなく嫌われてしまったと嘆くべきか。
マリアに失望されたことに落ち込みながら家に戻ってみたけれど、グラディス様に謝罪出来たのかとやきもきしていた両親が待ち構えていただけだった。
両親には進展がなかったことだけ伝える。これでマリアにまで嫌われたかもと伝えたら今度こそ天に召されてしまう。これだけは後でバレたとしても秘密にしておかなければうちの親の寿命のためにも。
落胆する二人を申し訳なく思いつつ、部屋に戻る。
今日のマリアの顔を思い返す。思いがけず訪れた初恋に舞い上がってしまって、自分の置かれた立場をちゃんと理解してなかったせいでマリアに失望されてしまった。
うん。迷惑掛けているのはあたしなのに、あんな態度していたら気分よくないわ。明日マリアに会ったら謝らなくちゃ。
グラディス様に謝れなかった。明日こそは謝れるといいんだけど、学園に来たり来なかったりするのどうしてなのかしら?
前に侯爵の命令で学園には通わなくてはいけないと言ってなかった? それなのに来たり来なかったりって何なのよ。
もしかして、あたしが断ったのがショックだったとか?
グラディス様に限ってそんなことはないんじゃないの? とか色々考えてる内に昨日寝てなかったせいか、気が付いた時にはぐっすりと眠ってしまっていた。