「行きたくないわ……」
制服に着替えながらボヤいたけど、ずいぶん休んでしまった。
多分お父様は許してくださるでしょうけど、そろそろ行かないとお母様にお尻をひっぱたかれるかもしれないわ。
というか、パニックになってしまって、結局お父様たちに他の国に行きたいって言い出せなかった。
手紙も出さなかったし、もうなるようにしかならないわよね。
諦めて馬車に乗って学園に着く。混雑している時間だったからか、それなりに人が多くてホッとしてしまった。
あんなことがあったから一人でいるよりは不特定多数の人がいる場所の方がまだ安心出来るわ。
グラディス様があの子たちを追放したって聞いたけど、他にもグラディス様狙いの子たちが変な気を起こさないという保証はないかな?
あの方の敵になったら恐ろしいけど、侯爵家の権力とあの見た目でこっそりとお慕いしている人がいたっておかしくはない。
マリアなら何か知っているかもしれないけど、今日会えるかな?
会えなかったらマリアの家に行って聞きに行ってもいいよね。
「おはよう」
「へぁ!」
校舎に入ってすぐに声を掛けられると思ってなくて、びっくりして変な声を上げてしまった。
誰が声を掛けて来たのかとそちらを見れば、肩を震わせて俯いているグラディス様がいた。
「お、おはようございますグラディス様」
そりゃ学園に着けば会うだろうとは予想していたけど、まさか校舎に入ってすぐだとは思わないし、人が驚いているのを見て笑うだなんて失礼じゃない?
ちょっとムッとしつつも挨拶されたのだから、人としての最低限の礼儀だと思いながら挨拶してマリアを探しに行こうとすると、ようやく笑い終わったらしいグラディス様に止められてしまった。
「待ってくれリザベル」
「あたしお友達に用事があるんです」
「すぐに済むから」
困ったように告げればグラディス様も引かない。
どうしようかと迷っだけど、グラディス様に助けてもらったらしいし、手紙の返事もしていないのだし、これ以上失礼な態度を取り続けるのもどうかと思って頷いた。
「分かりましたわ」
「では、行こうか」
◇◇◇◇◇◇
グラディス様に連れられて来たのは、学園の敷地内にある庭園。
貴族も通う学園だからか、庭園つくりにも力を入れているため、いつもそれなりに生徒で賑わっているんだけど、今日はグラディス様が現れたせいか、閑散としていて、何だか居心地が悪い。
一緒にいるのがグラディス様じゃなくて、カリナとマリアだったら珍しいこともあるもんだと一緒に人のいない庭園を堪能していただろうと思うと、今すぐにでもこの状況から逃げ出したい。
「あ、あの、父からグラディス様が助けてくれたと聞きました。ありがとうございます」
グラディス様と一緒にいる居心地の悪さに堪えきれなくなって、思わずグラディス様に声を掛ければ、グラディス様は足を止めて振り返った。
「あの後体調を崩してお手紙も書けず申し訳ありませんでした」
「いや、体調はもういいのか?」
「あ、はい。平気です」
怒ってなさそうで安心する。
だけど、このままグラディス様と一緒に行動していたら、またあんなことが起きるかもしれないと思うと、このままの状況で居続ける訳にはいかない。
ちゃんとグラディス様に迷惑だって伝えなくちゃ。
もしかしたらグラディス様の怒りを買うかもしれないけど、あたしはもうあんな目に合いたくないからここで怒られて彼女たちみたいに学園に通えなくなったっていいや。
お父様たちだってあたしのことは大事に思ってくれているのだから、国内にいられなくなったって、諦めてくれるかもしれない。
「あの、それであたし考えたんです。彼女たちみたいな人はこれからも現れると思うんです。またあんな目に合ったらと思うと怖くて……グラディス様があたしのことを新しいおもちゃだと思っているのは分かっています。だけど、もうあんな目に合うのは嫌なんです。だから、グラディス様と一緒にいてまたああいった子たちに目をつけられたくはないので、もう関わらないでいただけませんか」
言った。
言ってやった!
「それじゃあ、あたしはこれで」
グラディス様が何か言う前に逃げる。
怒られると分かってるのにいつまでもその場に留まっている馬鹿なんていないでしょ。
帰ったらお父様にグラディス様を怒らせたかもしれないって相談というか、説明してと考えていたらあっという間に教室に着いてしまった。
中に入ろうとしたところで、あたしが用があるのはマリアだったし、呑気に教室にいたらグラディス様も同じ授業を受けているんだったと思い出す。
もう関わり合いになりたくないとはっきり告げたからグラディス様が元々選択されていた授業に戻るのかもしれないけど、そうじゃなかったらとても気まずい。
ギリギリに教室に入った方が気まずくはないかも。鞄を置いて席取りだけして教室を出る。
マリアはもう登校している時間だ。
マリアがアントニー様に捕まる前に捕まえて話をしなくちゃ。
マリアが受ける授業のある教室に行けば、今日はアントニー様はまだ来ていらっしゃらないみたいで、マリアが一人で本を読んでいるのを発見した。
やった!
今日のあたしはツイてるわ!
「マリア!」
「リサ?」
マリアに声を掛ければ、マリアは顔を上げてこちらを見て来たので、教室から連れ出して、人気のない階段近くまで移動した。
「よかった。無事だったのね」
「マリアに聞きたいことあるんだけど、無事だったって?」
あたしマリアに誘拐されたって言ってない。
お父様たちもグラディス様に話したって言っていたとだけ言ってたけど、他にも誰かに話したってこと?
それとも、あたしが誘拐されたって話は学園中に噂になっているとか?
もしそうなら違う意味で学園に通えなくなるんですけど。
「当たり前じゃない。私のところにグラディス様が来て直々にあなたのことを探してくれって頭を下げたのよ」
「あ、そうなんだ」
噂にはなってなさそうでホッとする。
でも、クグラディス様があたしを探すためにわざわざ頭を下げただなんて話相手がマリアだとしても信じられない。
誰か別の人なんじゃないの? と戸惑うあたしにマリアはあたしたちが知っているグラディス様だと懇切丁寧に教えてくれるので、信じるしかなさそうだ。
プライドの高い方なはずなのに、たかだかお気に入りのおもちゃなんかにそこまでするんだろうか?
でも、マリアが嘘をつくような性格ではないということは、あたしたちの仲なら分かりきったことだ。
そうなるとグラディス様には悪いことをしちゃったかな?
わざわざあたしなんかのためにマリアに頭を下げてまで探してくれたのに、お礼もそこそこにもう関わらないで欲しいだなんて。
あたしがそんなことされたら最初はショックを受けるだろうし、時間が経つにつれて怒りがわいて来そう。
ヤバい。
国外に逃げるだけじゃ済まなさそうな気配にマリアとの会話もそこそこに終わらせてこれからどうするか頭を悩ませることになってしまった。