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第11話

「何だこれ」


 それは休日にやって来た。


 今日は珍しくグラディス様は用事があると言って、あたしのところには来なかったので、あたしは一人のんきにお茶をしながらグラディス様のいない贅沢な時間を楽しんでいたら、使用人が手紙を持ってきた。


 そこまではいい。だけど、白い封筒には差出人の生江は書かれてないし、封蝋には普通家紋が押されているはずなんだけど、何の模様もない。


 手紙を持って来た使用人に誰が持って来たのか尋ねても、道端で渡して欲しいと渡されという青年がよく分からなさそうな顔をして持って来たという。


「開けましょうか?」

「お願い」


 怪しさ満点の手紙を持って来た使用人を怒るべきだったんだろうけど、今日のあたしは機嫌がいいからそんなことはせずに、手紙を開けてもらう。


 これがグラディス様の相手をした後に疲れ切っているところに渡されたのなら怒っていたかもだけど、今日のあたしは本当に機嫌がいいからね。手紙の安全確認だけしてもらえれば、後は何も言わないわ。


「何が書いてあったの?」

「あ、はい。お嬢様それが、グラディス様に関する話があるから来て欲しいとのことで、場所と時間の指定があるだけで、差出人の名前は書かれていません」


 グランノワーズ侯爵家かな?


 でも、それだったら家紋の封蝋と署名がしてあるはずだし。


 使用人から手紙を受け取って手紙の内容を自分の目でも確認する。


 筆跡はどちらかと言えば、男性が書いたというよりは女性が書いたと言われた方が納得が出来る文字だわ。


 署名のし忘れ? グランノワーズ侯爵家の使用人が気付くだろうからわざとやったとか?


 だとしたら秘密裏にってこと?


 署名もなかったし、いたずらだと思いましたってことにして無視しよう。


 ただでさえグラディス様のことで頭が痛いってのに、他のことまで考えてられないんだもん。


 使用人には処分しておくように伝えて、のんびりすることに専念したけど、その幸せな時間は長くは続かなかった。


 この日以降も差出人の名前のない手紙がグラディス様のいない時間を狙ってやってくるようになった。


 最初は無視してたわよ。差出人も書いてないのだから相手にする必要がないと思ったから。


 でも、無視しても無視しても何通も届く手紙にうんざりしてきた。


「これ何通目?」

「さあ? そろそろ旦那様に相談された方がよろしいのでは?」

「それは駄目」


 お父様に言ったらグラディス様関係のことを無視していたとバレれば怒られるに決まっている。


 そんなこと絶対に嫌なので、使用人には口止めをして手紙の内容をもう一度眺める。


 内容はいつも通りのグラディス様に関する話があるから来るようにと場所と時間が指定されたもの。相変わらず差出人の名前はなし。


 ここまでくるとあたしも馬鹿じゃないから罠なんだろうなとは気付く。


 だけど、差出人に思い当たる人が思い浮かばない。


 これがグラディス様だったら思い当たる人物は沢山いるんだろうけど、元々

は教室の片隅で本を読んでいるだけの人間だったのだから、恨まれるようなことなんてしてない。


 それとも、お父様の商売敵からの嫌がらせか何かなんだろうか? わざわざ人まで雇ってこんな手紙を使って娘のあたしに何か仕掛けて来ようとしているのかも。


「これからは差出人不明の手紙は受け取らなくていいわ」


 徒歩通学だったけど、念のため馬車で通った方がいいかも。


 御者に通学の送迎も頼んでおくようにとお願いして下がらせる。多分この嫌がらせもあたしがグラディス様と一緒にいるせいで、グラディス様と仲がいいと勘違いした誰かなんだろう。


 あたしとグラディス様は全然仲良くないし、なんだったらグラディス様がどこかに行ってくれるっていうのなら小躍りしながら見送るわよ。


 まだ使用人が何か言いたげだったけど、無視する。


 もうグラディス様の話は聞きたくないんだって何度言ったら分かるのかしら?


 あたしの人生グラディス様のためにあるんじゃない。あたしの人生はあたしのためにあるんだから!


 というか、この状況グラディス様のせいでこうなっているんだから、グラディス様が解決してくれないかな?


 一回相談してみようかな。


「それが一番早いわよね」


 戻ろうとしていた使用人を呼び止めて、グラディス様のお宅に行く支度をする。


 グラディス様のお屋敷に自由に出入りしてもいいという許可はもらっているけど、今まで自分からグラディス様のお屋敷に行こうと思ったことはない。


 だけど、グラディス様の名前が入った手紙が何度も届くせいで、あたしの幸せな時間が減るのなら、天使のような悪魔でも頼って、つかの間の幸せを確保しないとね。


 あれこれと用事を言いつけたせいで、ちょっと大変そうだったけど、ちょっとの間だから我慢してちょうだい。


 外出用の服に着替えて馬車に飛び乗る。


 グラディス様のお屋敷に自分の意思で行くことなんてないだろうなって思っていたからなんだか不思議な気分だけど、ね。


 もちろん手紙差出人の名前のない手紙も忘れてないよ。


 これのせいでグラディス様のところに行かなくちゃいけなくなったんだもん。一番最初の手紙だけは捨ててしまったけど、全ての手紙は同じ内容だから問題ないでしょ。


 そんなことを考えている内にグラディス様のこじんまりとしたお屋敷に着いた。


 屋敷に着くとすぐにグラディス様が現れたので、挨拶もそこそこに件の手紙を見せる。


「この手紙に心当たりはありませんか?」

「手紙?」

「ええ、グラディス様のことで話があると書いてあるのですが、いつも差出人がなくて。グラディス様のお名前が書かれているので、グラディス様関連の方なのかと思ったのですが、違うのですか?」

「ちょっと見せてくれ」

「どうぞ」


 頷けば、グラディス様は封筒を開けて手紙を読み出した。


 その姿にグラディス様は関係なかったのかも? と思い始めたが、でも、この方の頭ならこの正体不明の差出人を見つけてくれて、どうしてこんなことをしているのかもすぐに分かるでしょ。


「これ全部同じ内容?」

「はい。最初に来た手紙は捨ててしまったのですが、それも同じです」


 今ある手紙は何かあった時に証拠になるかもと取っていただけだ。最初のは完全にいたずらだと思っていたから取ってない。


「指定された場所に行ったことは?」

「差出人の名前もなかったので行きませんでした」

「それならいい。これは僕が預かるからリザベルは気にする必要はない」


 よかった。これでこの手紙が終わる。


 グラディス様に任せておけば、全て上手く行くわ。


「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「ああ、今日はこの後」

「あ、今日はこの後買い物に行くので」

「えっ、ちょ……」


 ごめんなさいと言って、乗って来た馬車に飛び乗る。


 グラディス様がまだ何か言っていたような気がしたけど、聞こえなかったフリをしてあたしはグラディス様のお屋敷を後にした。


 これで変な手紙に頭を悩ませることもなくなるだろうし、グラディス様もあの手紙の差出人を探すのに忙しいだろうから、しばらくはあたしの周りは静かになるでしょ。



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