衝撃のグラディス様の発言から一夜明けてもあたしの頭は混乱しっぱなしだった。
昨日は無理やりなんとか帰れたけど、今日はそうもいかないかもしれない。
今日は会う約束はしてないけれど、学園がある。
グラディス様が今日学園に来るのかは聞いてないから知らない。だけど、ご病気でもなかったのだから学園に来る可能性の方が高い。
会わない可能性もあるけど、普段と変わりようのないグラディス様を見てしまった以上油断は出来ないよね。
「……行きたくないなぁ」
ため息を吐いてぼそりと呟く。
呟いたところで行きたくない気持ちが増えるだけで、体は学園に行く支度をして家を出る。
空を見上げれば、雲一つない良い天気。
こんな日は学園をサボってピクニックにでも行きたい気分だわ。
……サボってしまおうかしら? 制服は近くのお店で違う服を買ってしまえばいいし。
そうしちゃおうかしら。今日の授業は誰かにノートを写させてもらえばいいんだし。
そうと決まれば、ワクワクしてきた。
新しく出来たパン屋でお昼を買って行こう。新しいお店はおいしいのか気になっていたからちょうどいいわ。
「どこに行くんだ?」
ウキウキしながら学園に背を向けて待ちに繰り出そうとしたところで声を掛けられて、どきりとする。
近くに生徒はいないと思っていたのに、タイミングが悪すぎる。
真面目な生徒ならサボろうとしていたのを先生にチクられるかも。いや、ワンチャン不真面目な生徒で誘えば一緒にサボってくれるかもしれない。
一応真面目な生徒だった時の言い訳を考えながら、誰が声を掛けて来たのかと振り返れば、相手はグラディス様だった。
ちくしょう! まだ真面目な生徒だった方が数百倍よかったよ!
何でグラディス様だって気付かなかったのあたし!
「……グラディス様おはようございます」
脳内で自分のことをばかすか殴りながら挨拶をすれば、グラディス様は近くのお店に凭れていたのをやめてあたしの目の前に立った。
もしかしたら学園で会うかもとは考えていたけど、朝一で会うだなんて誰が考えていただろうか。
というか、朝一でグラディス様に会うとか運がなさすぎじゃない? 何でグラディス様はこんなところにいるの? 一応侯爵家の方なのだから馬車で通学すればいいのに。
あたし? 家から学園まで近いし、わざわざ馬車を使うまでもないかなって思ってたから今まで使ってなかったけど、グラディス様とこんな風に会うんだったら、馬車で登下校してればよかったわ。
「グラディス様はどうしてこのような場所に?」
「用事があって、早めに登校して学園内を散歩していたらリザベルが歩いて来るのが見えたから待っていたんだ」
「……そうだったんですか」
あたしのせいか。あたしがちんたら歩いていたせいで、グラディス様に見つかってしまったのか。
今度から時間をずらして登校するか何かしないと、グラディス様と一緒にいる時間が増えてしまう。それだけは勘弁願いたい。
「それでどこに行くつもりだったんだ?」
「え?」
「急に振り返ってどこかに行こうとしていたように見えたが?」
「えっ、あ、あの、家に忘れ物をしたような気がして取りに戻ろうかと」
グラディス様から視線を反らせながら答える。
この方なら正直にサボるつもりだったと答えても、怒らないだろうけど、一緒にサボるとか言われても困る方だもん。
だったら適当に誤魔化して逃げた方が楽に決まっている。
「それはないと困るものなのか?」
「いえ、そういう訳ではないので、さ、さあ、学園に行きましょう。遅刻してしまいますよ」
「えっ、おい……」
グラディス様が何か言っていたけど、あたしは聞こえなかったフリをして、慌てて学園の中に入る。
グラディス様が追いかけてくるかもと近くの角に隠れて見送ってから、自分の授業のある教室に行く。
朝からグラディス様に会うだなんてついてなさすぎる。
せっかくサボろうかと思っていたのに、結局学園に来ちゃったわよ。
せめて学園の中でサボるのにいい場所がないかなって思ったけど、誰かに見つかって怒られちゃうかもと考えたら授業に出た方がいいよね。
幸いグラディス様とは被っている授業はない。
だったらお昼休みと放課後だけ気をつけたらもう会わないわよね。
教室のドアを開けたら安全だわ。
「あ、どこに行っていたんだ。一緒に行こうと」
──パタン
???
今何かいた。
どういうこと? あたし教室間違えちゃった? 教室の入り口の上を見るけど、あたしが今から受ける授業をやっている教室だった。
間違いじゃなかった。
じゃあ何でグラディス様があたしが使う教室にいるの? あたしあの方と被っている授業なんてなかったわよね?
「何しているんだ? さっさと入れ。他の生徒の邪魔になっているだろ」
どういうこと? と教室の前で混乱していたらドアが開いて、グラディス様が顔出し、あたしの手を握って中に引っ張り込まれた。
ああー! 入っちゃった。
オアシスだと思ったら地獄に足を踏み入れてしまったじゃないのよ! どうしてくれるんだと言いたいのに、文句を言いたい相手は目の前のグラディス様だ。
グラディス様相手に文句なんて言える訳がない。
教室の中を見回せば、あたしと同じ授業を受ける生徒たちがグラディス様の登場に戸惑っているのが見える。
あたしもあの位置で一緒に戸惑っていたいのに、どうしてあたしはグラディス様に捕まっているのか。
「……じゃない! グラディス様はどうしてこちらの教室にいらっしゃるんですか? そろそろ授業が始まってしまいますよ」
すぐにご自分の教室に行かれた方がいいのでは? と遠回しに伝えてみる。
顔がひきつったような気がしないでもないけど、何とか笑顔を作って聞いてみた。さっさと出て行って欲しいと願いを込めて。
「ああ、それなんだけど、僕もリザベルと同じ授業を受けることにしたから」
「え……」
どういうこと?
意味が分からなさすぎて聞き直しているのに、グラディス様はそんなあたしのことなんてお構い無しに、あたしを座らせてグラディス様はあたしの隣に座った。
どうして。どうして。こんなことになるんだったら今日は本当にサボってしまえばよかった。
泣きたい。
沢山の視線が集まる中、泣きたいのを必死に堪えて早く休み時間になるのを待った。