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第5話


 グラディス様のお屋敷に行った日はせっかくのお菓子を堪能出来なかったから、今日は一人で食べに来た。


 カリナとマリアは今日も忙しいのか、挨拶もそこそこにどこかに行ってしまって捕まらなかった。


 あの日見つかってしまった時から、あたしたちの運命が変わってしまったような気がしなくもない。


 なんで、あの時のあたしたちはすっ転んでしまったんだろ。あのまま見つからずに、趣味を堪能していたら今も三人でお茶を飲みながらカップリングどうなるかと話し合えていたと思うと残念でならない。


 せめてあたし一人でも趣味を堪能しようと思っても、いきなりグラディス様が現れるせいで全然堪能出来ない。


 というか、あの人なんであたしの行動把握してるんだろ?


 どっかであたしのこと監視してるとか?


 ここもバレてたりしないよね? キョロキョロと辺りを確認する。


 とりあえず店内にはグラディス様の姿は見えない。お店の外も見える範囲には居なさそうでホッとして、ケーキと紅茶を頼む。


 ケーキは季節限定のタルトと、定番のチョコケーキとそれから新作のラズベリーのたっぷり載ったチーズケーキ。 


 ちょっと頼み過ぎたかなと思わなくもなかったけど、最近はストレス過多だったからここらでストレス発散したかったのよ。


 グラディス様の相手はもうヤダ。いつも通り妄想でキャーキャー言っていたいのよ。


 グラディス様は何であたしなんかを相手にするんだろ。面白いって言うのなら隣のクラスのマイケルの方がよっぽど面白いじゃない。


 この間なんか変なお面をつけて学園の噴水に飛び込んだ後に、先生に怒られるとか言い出し、学園中を走り回ってる間にいつの間にか半裸になって、先生たちを引き連れて走り回って、最後はどこからか入ってきた犬にお尻を噛まれて保健室送りになっていた。


 あれは高位貴族の方たちですら大笑いしていたのだから。


 グラディス様はあたしじゃなくてマイケルの方へ行った方がよっぽど面白いものを見れると思うのだけれど……。


 それとも、自分じゃ気付かなかっただけで、あたしもマイケルみたいな変人枠なの?


 それだと嫌過ぎるんだけど。


「お待たせしました」


 店員さんが運んで来てくれたケーキはどれもこれもおいしそうで、さっきまで地の底まで落ち込んでいた気分はどっか行ってしまった。


「おいしそう! いただきます!」


 ウキウキしながらケーキにフォークを刺したところでふと顔に影が落ちて何だと顔を上げる。


「こんなところで一人寂しくお茶していて寂しくないのか?」

「……ごきげんようグラディス様」


 やっぱりどっかであたしの行動を見張っているんだ。


 突然現れたグラディス様にげんなりしていると、グラディス様は断りもなくあたしの向こう側に腰を降ろし、飲み物だけ注文している。


 その姿にどうしたらグラディス様を穏便に追いやることが出来るのかと考えるが、あたしの残念な頭ではグラディス様に掴み掛かることぐらいしか思い浮かばない。


 それだとあたしの立場が悪くなる。


 カミラとマリアに相談出来たらいい案が浮かんだかもしれないのに、どうして二人はいつまでも忙しいのか。


 もしかして、グラディス様が何かしてるとか?


 ……この人だったら本当に何かしてたっておかしくない。


 だけど、本人にそれを聞くのは恐ろしくて出来やしない。


 あたしに出来ることなんて、グラディス様におべっかを使うぐらいか、こっそりとねめつけるぐらいしか出来やしない。


 どうしてこの人は行く先々であたしにまとわりついてくるんだろ?


「その本は? 君が読むの?」

「へ? あ、はい……」


 まずい。


 今手元にある二冊はあたしの特にお気に入りの当て馬が出てくる本だ。


 一冊はヒロインを庇って亡くなってしまうけど、この作品のヒーローの性格がクソ過ぎて当て馬が亡くなってしまったことが惜しすぎる。


 そして、当て馬のキャラの聖人っぷりにすっかり惚れ込んだのよね。


 でも、ヒーローキャラは嫌いだから読むのは当て馬が出るシーンだけにしているし、当て馬が亡くなるシーンでは涙なしには読むことが出来ないからそこだけは、家で読むだけにしているけど、外で読みたいぐらいに最近は疲れていた。


 別に本を外で読む人はいる。あたしだってするし、している人もそれなりに見たこともある。


 だけど、あたしはこのヒーローがクソだと思った。そして、グラディス様は俺様系だ。


 こんな本を読んでヒーローのキャラが好きだと勘違いされたくはない。


 なので、グラディス様がこの本に興味を持たないように誘導しなければ。


「あ、あの、グラディス様はどうしてここに?」

「お茶をしに来たんだ」


 他にもお店はあったでしょうが!


 文句を言いたかったのに、口から出るのは適当な言葉のみ。


 これじゃあ、グラディス様に迷惑しているってことが伝わらないじゃないのよ! 頭を抱えて唸りたいところだけど、下級貴族とはいえ、そんなみっともないこと出来るわけないじゃないの!


 グラディス様をボコボコにしたい気持ちをどうにか押し留めたあたしを誰か褒めて欲しい。


「それが好きなのか?」

「ええっと、友達に借りた本を返す前にもう一度読んでおこうと思っただけです」


 とっさに上手い言い訳が出た!


 これだったら、あたしはそんなに興味がないとグラディス様に印象付けられるはずだし、友達がいるって分かるでしょ。


 あたしはぼっちなんかじゃないわ!


 むしろ、グラディス様こそ周りに恐れられているほどぼっちじゃないの!


 グラディス様が誰かといるところを見るだなんて、誰かを脅すところぐらいなんじゃない?


 あれ? あたしってハタから見たら脅されている?


「リザベル?」

「何ですか?」


 辺りを確認して、あたしたちに注目が集まってないかと、そわそわしていたらグラディス様に名前を呼ばれてハッとする。


 そうだった。


 周りの視線より今はこの人をどうやって追っ払うかだ。


 あたしは一人ゆっくり本を読みたかったけど、グラディス様が行く先々で現れるのなら、家で読むしかなくなっちゃう。


 あ、でも、この人家にも勝手に来るんだった。


 もうどこも安心して読書を堪能出来なくなっちゃうじゃないの。


 やっぱりグラディス様から逃げた方が安全よね。でも、安全な場所ってどこかしら? 国外?


 外国語なんてあたしに出来る訳ないから却下。


 他に現実的な案は──あたしじゃいい案が浮かばないわ。


 どうしたらいい案が浮かぶのかな? あたしじゃ無理なら誰かに相談したいところだけど、いつでもどこでもグラディス様が現れる状況じゃ、誰にも相談出来ないよね。


 ため息を吐きたいけど、グラディス様のことで悩んでいるのに、本人の前でため息を吐く訳にはいかないので、とりあえず笑顔を作っておく。


「変な顔だな」

「こういう顔なんです」


 失礼な人だわ。勝手にやって来ては言いたい放題言いやがって。あたしはこの顔で十数年生きて来たし、この顔であと何十年と生きていかないといけないのに何だこいつは。


 グラディス様がただの平民だったら失礼極まりないと、護衛に痛めつけてもらえただろうか、悲しいかなグラディス様はあたしより身分が上の貴族だし、機嫌を損ねたら普通の貴族でもあっという間に没落させてしまえるぐらい頭のキレる方だ。


 あたしに出来ることなんてまるでない。


 泣きたくなるのを堪えながら笑顔を作るのが精一杯よ。


 本を読むのを諦め、せめてケーキだけでも堪能して帰ろう。


「この間もケーキを食べていたけど、好きなのか?」

「ええ、そうですね」


 誰かさんのせいでストレスが溜まるので、食に逃げているだけとも取れなくはないけど、元々甘い物は好きだ。


 ただ、甘い物を食べ過ぎるとすぐにドレスが合わなくなってしまうから、いつも程々にしないと怒られてしまう。


 でも、最近はグラディス様の相手をしなくちゃいけないのだから、許して欲しい。


 この方の相手はとっても疲れるのよ。


「それなら、僕が作ったら食べに来るか?」

「ご冗談でしょう」


 グラディス様の趣味がお菓子作りだなんて聞いたことがない。


 というか、この方がお菓子を嗜むというだけでもびっくりしたのに、お菓子作りまでするだなんて、晴天の霹靂じゃないの。


 国中の人たちがひっくり返るわよ。


「……やってみないと分からないだろう。来い。僕の腕前を見せてやる」

「えぇー!」


 いや、本当に結構ですって。


 何度も断ったのに、結局グラディス様に無理やり家に連れて行かれてしまった。


 というか、グラディス様のお屋敷にはお菓子作りの材料とかあるのかな? と思ったのに、使用人が用意していたのか、お菓子作りに必要な道具とか材料まで未使用の状態であった。


「ほら、あるだろう?」

「全て新品に見えるのですが」

「新品同様に綺麗に使っているからな」


 威張るグラディス様に疑いの目を向けてしまうのはなんでなんだろ。道具はそうかもしれないけど、食材は違うでしょ。


 不安しかないんだけど。


 あたしもハラハラしながら見守ることになること一時間。


 キッチンがぐちゃぐちゃになっていくのを恐怖にひきつりながら見守っていると、あることに気付いた。


 あれってあたし食べさせられるの?


 えっ、嫌なんですけど。


 さっきグラディス様って砂糖と塩間違えていたし、バターとチーズも違ったよね? 生地もちゃんと混ざってなくてダマになっていたし、果物切る時も力加減を間違えてぐちゃってなっていた。それに、小麦粉とかもいい加減に入れていた。


 せめてお菓子作りの本とか見てくれたらよかったのに、グラディス様は作りなれているとか言って見ようともしなかった。


 あれを食べさせられたら絶対にお腹壊しちゃう。


 何でグラディス様はお菓子を作ろうと思われたのかしら?


 完成する前に用事があると言って失礼させてもらおうかしら?


 あ、でも、この人何故かあたしのスケジュールまで把握してたりするのよね。


 スケジュールとは違う予定を無理やり入れても今日みたいに現れるし、やっぱりどこかで監視されているのかも。


 となると、グラディス様だけじゃなくて周辺の人間まで気にしなくちゃいけなくなるってこと?


 うへっ面倒くさ。


 思わず顔をしかめそうになったけど、目の前にグラディス様がいるのに、そんな顔をしていたら何か言われるかもしれない。


 それに、想像の監視よりも目の前のグラディス様だ。


 今からクッキーを焼くらしいけど、オーブンの余熱をしてない。


 絶対生焼けになるであろうクッキーもどきからソッと目を反らし、どうやってここから逃げ出そうかと考える。


 お腹が痛くなってきた? 医者を呼ばれるかも。それだったら体調崩したから家で寝てますの方が普通よね。


 それじゃあ、


 よし、そうしよう。


「あ、あの、あたし……」

「後は焼けるのを待つだけだな。ここで待つのも暇だろうから僕の部屋で本でも読んでいよう」

「い、いえ、あたし、あの」

「? なんだ急に」

「あたし友達に借りた本を返しに行かないとなんで!」

「あっ! おい!」


 そのまま走って逃げた。


 グラディス様が何か言っていたような気がしなくもなかったけれど、あたしは自分の身が可愛いんだから仕方ないよね。


 グラディス様はあのおいしくなさそうなクッキーを食べてお腹壊しちゃえばいいんだ。


 後が怖いような気がしなくもないけど、それよりも自分の身が可愛過ぎたのだからあたしは悪くない!

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