グラディス様のお屋敷は、森の中にひっそりと佇んでいる小ぢんまりとしたお屋敷だった。
「ここが、グラディス様のお屋敷ですか?」
「僕しか住んでないからね」
通いの使用人がいるものの、誰かいた方が安心なのでは? と考えるけど、よそのお宅のことをあれこれというのもどうかと思い、口をつぐんだ。
それにグラディス様は元々庶民だったのだから、あたしたちとは考えが違ったとしてもおかしくはない。
「こっちだよ」
「お邪魔します」
屋敷の中はシンプルだった。家具も最小限しかなく、壁には何にも掛かっていない。
グラディス様のお部屋には、ベッドと壁一面の本棚にソファーセットと大きなクローゼットが一つしかない。この部屋も必要最低限の物があればいいと言いたげなお部屋。
貴族らしくないけど、グラディス様らしいとは思う。
これはグラディス様の趣味なのか、それとも通いの使用人しかいないからなのか分からないけど、わざわざ聞くのもと思って聞かなかった。
そうして客室に通されると思ったのに、何故か通されたのはグラディス様のお部屋。
あたしの部屋は小物が多いから、掃除が大変だといううちの使用人たちが見たら掃除が楽そうだと喜びそうね。
壁は白でカーテンは青。それ以外は物らしい物は全くない。お花ぐらい飾ればいいのにと思うけど、グラディス様がお花が嫌いかもしれないので、黙っておく。
というか、普通は客室に案内するものでは? もしかしてあたしここで消されるの?
グラディス様ならそれぐらい簡単に出来そうだけどさ、わざわざ自宅でする?
血とか肉とか片付けるの大変だと思うからやらないとは思うけど、相手はグラディス様だから分からない。
というか、そこまで嫌われるようなことはしていないと思うんだけど。あたしが何したっていうのよ。ただ三人一緒にスッ転んだだけじゃないの。泣きたい。
あの時転んでしまったのがあたしの運の尽きだったのかも。
お父様お母様先立つ娘をお許しください。
「座って」
「はい」
グラディス様に座るように言われて座る。一応視界には入っていたお菓子とティーセットはキラキラしていて、こんな状況じゃなければ食べてみたくなる。
でも、毒が入っていたらどうしようと考えている間にグラディス様がお茶を淹れてくれた。
あたしが迷っている間にグラディス様にティーカップを目の前に置かれて、やっぱり飲まないって選択肢はないよねとがっかりする。
渋々とカップを持ち上げればお茶のいい匂い。その香りにホッと一息つくものの、一緒にお茶しているグラディス様の顔が視界に入り、全くくつろげない。
グラディス様は一体どうしてあたしなんかを誘ったのか。そして、このお茶は飲んでも大丈夫なのかしら?
あのヒロインちゃんと一緒にお茶にでも行けばよかったのに。あたしはその情報を聞いて後でカリナとマリアとどんな会話をしていたんだろと、ああでもないこうでもないと盛り上がれたのに。
グラディス様とお茶しているのあたしなんだもん。全くもってつまらないわ。
とりあえず、脳内でだけどあたしの姿をあのピンク髪の可愛いヒロインちゃんと交換してみる。
地味なあたしの薄茶の髪じゃなくて、ピンクの髪ならいるだけで華やかだし、グラディス様の向かい側に座っても見劣りしないと思うんだけどなぁ。グラディス様も見た目だけは天使みたいなのに、性格はかなりキツいのか。
本当にどうしてあたしがお呼ばれしてしまったのか。あ、このお茶意外とおいしい。
「あの……いくつか質問してもいいですか?」
「どうぞ」
お茶を飲んでリラックスしたからだろうか。毒も入ってなさそうだし、グラディス様に声を掛けようかという気になってきた。
何から聞こうか。
「じゃあ、あの、どうして今日は誘ってくださったんですか?」
あのヒロインちゃんを誘うならまだしも、どうしてあたしを選んだのか教えて欲しい。
本当だったら今日もお気に入りの小説を読んで不遇な推しの運命について考え
「……気になる?」
「はい」
「そうだな。あの中で一番面白い顔をしていたから」
「は?」
面白い? あたしが?
ククと笑うグラディス様に意地が悪い人だとムッとする。
その様子にグラディス様はまた笑い出す。
帰ろうかな。
気のないお茶会でも一応は一時間か二時間ぐらいは心がけてはいるが、来てすぐに帰りたくなったのは初めて。
どうやって帰ろうかしら?
今まではグラディス様の機嫌を損ねないようにと、気を使っていたのだけれど、うら若き乙女の顔を一番面白かっただなんて失礼なことを考えていらっしゃるような方とお話するのは苦痛で仕方ない。
もう家が没落するとか両親には申し訳ないけど、そんなこと頭から吹っ飛ぶぐらい失礼なんじゃないの?
あたしもうこんな人と一緒にいたくない。
やっぱり現実には優しい男性なんている訳がないんだ。
「あの、あたしそろそろ……」
「ああ、そうだ。この後、王立庭園に行こう。今季節の花が見頃なんだ」
「へ? 花?」
いや、あたしはもう帰りたいんだ。勝手にこの後の予定まで決めないで欲しい。それともあたしが覚えてないだけで、この間約束したのかしら?
全然思い出せないわ。
帰ってお気に入りの当て馬キャラを見てキャッキャウフフして癒されたいの。
あたしは上から目線の人は嫌いなんだってば!
「……いいですね」
そう思うのに、口から出るのは同意する言葉。
口元はひきつってしまったけど、グラディス様は気にしてないのか、お茶を飲み干してさっさと行こうとする。
いや、待ってよ。あたしまだ一口しか飲んでないんですが。
せめてこのおいしそうなお菓子だけでもと急いでケーキを口にすれば、今度は吹き出すだなんて可愛いものではなく、大笑いされてしまった。
恥ずかしかったけど、せっかくのおいしそうなお菓子を目の前にして食べらない方が嫌なんですもの。
笑いたければ笑えばいい。あたしは目の前のお菓子を詰め込めるだけ詰め込んでやるんだから!
勢いよく食べたせいか、味はあんまり分からないなかったし、何故か分からないけど、グラディス様に気に入られてしまったらしく、この後もちょくちょく誘われるようになってしまった。
どうして。
誰か助けてよと辺りを見回すものの、だれもグラディス様と関わり合いになりたくないのか、あたしの周りからも人が減ってしまった。
カミラとマリアも忙しいのか、あまり会えなくなってしまったし、たまに見かける二人はどことなくげっそりしていて
それだけだったらよかったんだけど、お父様とお母様はこの際だからグラディス様とグラディス様を養子にしたグランノワーズ侯爵家との繋がりを得るようにとまで言われてしまった。
グラディス様一人暮らしだから、グランノワーズ侯爵家には行かないからあたしには無理だとはっきりとお断りさせていただいた。
お父様たちは何か文句をおっしゃられていたけれど、娘の助けを無視するような親に協力なんかしたくないわ。