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第3話

「やっと来たか」

「えっ、あの……」


 放課後、いつものように集まってサロンでお茶を飲もうと思っていたのに、あたしたちがよく使うサロンには先客がいた。


 金色の髪は綺麗な天使の輪っかがあるのかってぐらいサラサラしていて、うっかり触っていいですか? と聞きたくなるが、この方はグラディス様。


 そんなことを聞いた日には、あの世行きかもしれない。 


 あたしはまだ死にたくない。なので、グラディス様に席に着くように言われた時も、静かに座って出されたお茶を大人しく飲んだ。


 カリナとマリアの二人はサロンに来てすぐに、グラディス様の姿を見て回れ右して逃げてった。


 あたしはタイミングを逃してグラディス様に捕まってしまったけど、助けに来てくれるとかなかったのかな? 薄情者たちめ!


 あたしだけ置いてかれて、泣きたいんですけど。


 後で絶対あの二人に文句言ってやらなくちゃ。


「あ、あの、どうしてここに?」


 でも、それよりもグラディス様は何故、あたしたちがよく使うサロンで待ち伏せされていたのかしら? もしかして昨日あたしたち何かしでかしちゃったとか?


 というか、昨日の今日で見つけるのはやすぎじゃない?


 泣きたくなるのを誤魔化しつつ、グラディス様に質問する。


「お茶が飲みたかったから」

「……そうですか」


 そういうことを聞きたかった訳ではない。


 サロンなんて他にもたくさんあるのに、わざわざここを選んだ理由をあたしは知りたかったの。


 でも、グラディス様にさらに聞くのは、怖くて出来る訳ない。


 あたしに出来ることなんて、頷くことぐらいでしょ。


 グラディス様に適当に相づちを打って、ぬるくなる前にお茶を飲む。


 いつも、カリナとマリアと飲む時はおいしいお茶だと思うのに、グラディス様とのお茶は全く味が分からない。


 でも、こんなところに長居はしたくないので、さっさとお茶を飲んで帰ろう。


 グラディス様をちらりと見れば、天使のような顔をして、こちらを見ていた。その視線を避けるように俯けば、カップの中の紅茶には今にも死にそうなぐらい


 あたしに何かするようには見えないけど、油断していると簡単に家を潰せるぐらいの人だからね。気を付けないと。


「あ、あの、あたしお茶を飲んだので、そろそろ……!」

「じゃあ、もう一杯飲め」

「あ、はい……」


 帰りたかったのに……。


 グラディス様に注がれたお茶は毒がないと分かっていても、飲みたくはない。


 だけど、ここで飲まなかったらどんな因縁をつけられるか分かったものじゃない。


 それは家族のためにも避けたいので、勢いよくお茶を飲んで再びお別れの挨拶をしようと口を開くよりもはやくグラディス様はお茶のお代わりを注ぐ。


 さすがに何杯も一気に飲むのはキツい。


 飲まずに帰りたいけど、さすがにそれをするのは失礼過ぎるかな。


 どうするのが正解なのか分からなくなりそう。


 これを飲んだら次は断ろう。


 渋々とお茶を飲み始めるが、既に二杯も飲んでいるから結構苦しい。コルセット緩めたい。


 家に帰ることしか考えてなくて、半分グラディス様のこと忘れていたのがいけなかったのか、グラディス様が何か言っていたみたいだったけど、まともに聞いてなかった。


「──でいいかな?」

「よろしいかと」

「じゃあ、明日11時迎えに行くから支度しておけ」

「え」


 どういうこと?


 何の話だったかちゃんと聞いてなかったから分からないけど、何か約束しちゃったってこと?


 聞き返したかったのにグラディス様は言いたいことは言ってしまったからか、さっさと行ってしまった。


 サロンに残されたのはあたし一人。


 これってもしかしなくともグラディス様と出かける約束をしてしまったということ?!


 そう問いかけたいのに、聞きたかった本人はさっさと行ってしまった。


 どうしよう今から追いかけて聞き直す?


 いや、でも、相手はグラディス様。聞きに行って機嫌を悪くされてしまえば、あたしの命はない。


 明日大人しくグラディス様と出かけよう。




◇◇◇◇◇◇




「行きたくない……行きたくない!」


 叫んだところで誰かが助けてくれる訳ではないのは分かっているけど、叫ばずにはいられないあたしの気持ちも分かってよ。


 ベッドの上でゴロゴロとのたうち回っていたけど、そろそろ準備を始めないといけない時間だわ。


 あの後、カリナとマリアの姿を探して二人の屋敷に行ってみたものの、二人は来客中とかで会うことが出来ず、置いてかれた恨みを発散出来なかったし、今日のことも相談したかったのに。


 ため息を吐いて無理やり起き上がり、使用人を呼ぶ。


 出かけるんだったら、嫌でも準備しなくちゃ。グラディス様に殺されたくはないもの。


 適当でいいからとお願いする。そういえばどこに行くんだったんだろ?


 行く場所で髪型とか服も決めたかったけど、ちゃんと聞いてなかったから何も分からないのよね。


 分かっているのは、グラディス様と出掛けるってことだけ。


 やっぱり行きたくないと、ベッドに逆戻りしたくなるけど、せっかく綺麗にしてもらったんだもの。行かなくちゃ。


 相手がグラディス様じゃないと思えば、多少なりともマシかもしれない。


「……来たか」

「!」


 部屋を出ればグラディス様が待ち構えていてびっくりした。


 普通客間じゃないの?


 何でこの人あたしの部屋知っているの? 使用人は何をしていたの? 色々聞きたいことあったけど、あたしに出来たのは頷くだけ。


「じゃあ、行くぞ」

「は、はい」


 グラディス様はあたしの姿を上から下へと眺めて満足げに頷くと歩き出した。


 置いてかれると困るので、あたしもちょっと小走りになってグラディス様の後を着いて行く。


 屋敷の外に出ると、外は雲一つないいい天気で、一緒にいるのがグラディス様じゃなければこのままピクニックに行かないかと誘ってしまうところなのに、どうしてあたしが一緒にいるのはグラディス様なんだろ。


 グラディス様ならば恐ろしくて今すぐ逃げ出してしまいたいのに。


 ため息を吐きたくなったけど、グラディス様に聞こえてしまっては、不興を買うかもしれない。それは避けたたくてため息は我慢する。


「あの、どちらに?」

「聞いてなかったのか」

「……すみません」


 馬車に乗ってすぐに問いかければ、グラディス様は片眉を器用にはね上げるので、怖くなって俯いて謝罪する。


「……まあ、いいよ。それより行くのは僕の屋敷だよ」

「え、グラディス様の屋敷……」


 びっくりして聞き直してしまえば、グラディス様はにやりと笑った。


 や、やっぱり仮病でも何でも使って逃げ出すべきだった。


 親が家がだなんて心配するよりも自分の心配していた方が何倍もよかったんじゃないかって気になってくる。


 だってグラディス様のお屋敷だよ?


 自分に突っかかって来た貴族を徹底的に追い込むような危険人物の屋敷だなんて危ないに決まってるじゃん。


 今から帰れないかとあれこれ考えるが、あっという間に我が家は遠くなってしまい、逃げるタイミングを完全に逃してしまった。


 あたしってなんてついてないんだろ。涙出て来ちゃったわ。



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